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プロローグ1 太郎と朱魅

2011年9月作の小説です。

 

それは存在した。


 何も無い空間で。

 


 それは考える。


 何かをしなければいけないと。



 そいつは作り上げた。


 まあるく大きなものを。



 そいつは腕を広げる。


 目の前に宇宙が広がった。



 彼は笑った。


 楽しい世界が良いと。








 ついにこの日が来た。ようやく憧れの高校、その校門の前に僕は立った。


 やや古ぼけてはいるが、貫禄のある校舎と丁寧に世話をされている校庭。

 そして、今この学校は僕と同じ新入生達で賑わいを見せている。


 ここは私立大谷高校。名門と呼ばれる歴史のある学校だ。もちろん、偏差値もそれに見合うように高い。

 

 この学校に入るために、頭がさほど良くない僕は苦労をした。中学校では部活を諦めて勉強したくらいだ。

 塾にも毎日のように通った結果、・・・・この春、めでたく入学となったって・・・事だ。うれしい・・・。

 

 僕にとっては感動的な入学式も終わり、教室に入りホームルームを受ける。


 クラスメート達は初対面ということでよそよそしく会釈をしたり、苦笑い、愛想笑いをしたりしながら単発の会話をしている。

 

 初日と言う事で、今日の所はこんなものだろう。

 明日からは楽しげな会話も生まれ、仲良くなっていくに違いない。


 僕はまさに、胸躍るといった感じで教室を後にした。


 本日は入学式のみで、2年生以上の生徒は休みのはずだ。しかし、校庭ではその上級生達がクラブ活動の勧誘のためのブースを中庭のあちらこちらで開いている。

 

 僕は中学生の時は勉強のために諦めた部活動だったが、今回は大学受験があるとはいえ諦める気は無い。

 だってそれならいつ楽しめばいいのかって話になる。

 もちろん勉強をおろそかにする気はないが、これからは学校を楽しみ、部活を楽しみ、友達を作り、・・・あわよくば彼女も・・・なんて・・・ね。

 

 先輩達が大声で勧誘してくるのを僕は愛想笑いでやりすごす。

 

 野球部、サッカー部、バスケ部などのメジャーどころから、柔道部、剣道部、なぎなた部などの格闘系もある。

 この大谷高校はクラブ活動にも力を入れていることで有名で、そんな多種多様の運動部から、文化部の種類も多岐に渡っている。

 

 演劇部、吹奏楽部、茶華道に、天文学部や化学部、・・・鉄道研究部や同人部? ・・・まであるようだ。

 最後の方なんて普通『サークル』程度の認定だろうけど、この学校では正式に『部』として認められているようだ。

 

 とは言え・・・・。


(いまひとつピンと来るものがないなぁ・・・)


 もちろん、先輩達に聞こえてはいけないので頭の中の声だ。僕は中学生のときには部活をやっていないので、このあたりの感覚は小学生から急に高校生になったようなものだ。部活と言うものがいまひとつ良く分からない。


 まず、運動部か文化部かだ。運動部なら、花形の野球部やサッカー部なんてのはどうだろうか? いや、僕は運動が特別苦手と言うわけでも無いのだが、・・・どうも似合っていない気がする。自分が一生懸命バットを振ったり、ボールを蹴ったりする姿が・・・いまひとつ想像出来ないのだ。


なぜなら、それは僕が地味だからだ。身長は程ほどの170cm。体はどっちかって言うと細身の体重55kg。髪型も地味なセンター分けで色ももちろん真っ黒。イメチェンというのは好きではなく、おそらく高校三年間ずっとこのままだと思う。


そんな僕が、野球やサッカーと言った、早い話が『漫画』によく登場するこのスポーツの出演者になるという姿が・・・想像できないって訳なんだ。


(なら・・・文化部?)


 僕は先ほど少し見ただけで通り過ぎた文化部が集まっているスペースに戻り、ブースから少し距離をとって歩きながら軽く視線を投げる。


演技や演奏を必要とするクラブはダメだ。そっち方面の才能の無さは、小学校のときの文化祭や中学校のときの音楽発表会で十分分かっている。いや、もう一生分の恥をかいたはずだからこれ以上やる必要は無い。


なら、文化部でも地味系の天文学部や化学部・・・。しかし、興味が無い。だからといって、残ったオタクっぽいクラブを選べば、高校生活を楽しむための部活のはずなのに・・・アキバ系とのレッテルを貼られて本末転倒になりかねない。


「ピンとくる部がないのだなっ?」


(・・・えっ?)


 今度は僕が言ったのではない。自分でもつい独り言のように声を出してしまったかと思ったが、僕の後ろに人の気配を感じる。その人物が放った・・・声だ。たぶん・・・。


 振り返ると、腰に手を当てながら不敵に笑っている女の子が立っていた。

 自分でも言っててよく分からない。言葉にすると、なぜかこの子は『どうだといわんばかりに笑っている』といった感じで僕を見て笑っているのだ。


「ならついて来い!」


 ついて来い? って言ったけど、この人は僕の手を掴んでずんずんと前を歩いて行く。


 厳密に言うと、強制だ。どこかの部の人が僕を入部させようとしているのだろうか。僕は間違いなく、そんな逸材では無い事を保証するけど・・・。


「待ってくださいよ・・・。何の部の先輩ですか? それを聞かない事には入りようが・・・」


 僕のその言葉にも彼女は振り返らない。毛先を内側に軽く巻いたロングヘアのその人は、僕より10cm以上は背が低い。女子では平均的、いや若干小柄だと言えるが、スタイルは平均よりもぐっと細いだろう。


力は大して無さそうだから簡単に振りほどけると思うけど・・・もちろん僕にはそんな事をする勇気など無い。職員室の前に着くとようやく手を離してもらえ、女の子は正面から僕を見た。


「今は何の部でもない。それに私は一年だ。先輩ではないぞ」


「はぁ・・・。一年?」


 彼女は、前髪をわざと厚めに残してカットしている、全体的にすごくお洒落な髪型だ・・・。

 僕の昭和を彷彿させるセンター分けとは格段の違いである・・・。


「新しい部を申請したいんだ。だが、先ほど最低二名の部員が必要だと言われた! そこで私が部長、お前が副部長だ」


「・・・・え、・・・えぇっ!」


 彼女が何を言っているか分からなかった。僕が、少しこの子に見とれていたのを差し引いても・・・やはり言っている事がおかしい。クラブに勧誘されたのを通り越して、いきなり副部長だって? どうして僕が? 入学して一日目、ただ中庭を歩いていただけなのに?


 彼女は今風の髪型に加え、端麗な顔立ちをしている。しかし、それに似合わず言動はぶっきらぼうで唐突だ。


「副部長にどんな部かも伝えていないのは良くないな。これが、その部だ!」


 彼女は「フッフッフ」と声を出しているが、目は笑っていなく怖い。突き出された紙には、


[名称 トレハン部 部長 大空朱魅(しゅみ)]


 と、描かれている。大空・・・朱魅さん。その名前は僕の脳にすぐさま格納された。美人半分、要注意人物半分ってとこでだ。


「トレハン部? トレジャーハンティング部? って・・・具体的に何をする部なんですか?」


「それは下に書いてあるだろう?」


「書いてます・・・が・・・」


 その紙の下半分は真っ黒に塗られている。厳密には、辞書の文字よりも遥かに小さい字でびっしりと埋められているのだ。もう、米粒にも書けるサイズの文字とも言える。


「簡単に言うとだな! 財宝とまでは行かなくても、お金を稼ぎたい思っているのだ! それを目指した部なのだ!」


「・・・ええっ! お金? アルバイトとかするって事ですか?」


「アルバイトをしたら高校生活が楽しめないだろ! だから、学校の中でお金を稼ぎたい訳なのだ!」


「学校の中で? そんな部、認めてもらえるんですかね?」


「全部紙に書いておいた。全てを読む、読まないは学校の責任だ!」


「な・・・なるほど・・・」


 相変わらず目が笑っていない笑顔を向けている彼女に対して僕は相槌を打つ。しかしこのやり方・・・どこぞの悪徳業者のような・・・? それよりも! 僕はこの部に入部すると言った覚えは無い! 頃合いを見計らって退却せねば! 高校生活で楽しみの一つとしていたクラブ活動を・・・こんな怪しい部にささげる訳にはいかない!


「副部長、田中太郎・・・っと」


「・・・えっ!」


 気がついた時には、彼女に手を添えられて、僕の手は名前を書き込んだ後だった。


「ご苦労。それじゃ、提出してくる!」


「えぇぇぇ! そんなのありですかっ! ・・・って言うか、どうして僕の名前を知っていたんですかぁ?」


「勘だっ!」


「平凡な名前だからってそれは無いでしょっ!」


 彼女はいい香りを残して職員室に入った。僕はなぜか男の本能なのか、深呼吸をしてしまう。


「はっ! 何やってんだ僕は・・・。・・・僕の高校生活・・・どうなるんだろ・・・」




 この瞬間、学校どころか宇宙にまで名が轟く、天下御免の部活動『トレハン部』が誕生した。





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