俺と始まりのトラック
暗闇というのはこういうことをいうのだと、俺はそのとき初めて知った。
例え目を瞑っても、必ず光を感じていたし、深夜であれど人工にしろ自然にしろ、光源はどこにだって存在する。
暗幕で世界を閉ざしても、空気の流れが、匂いが、擬似的な視覚となって周囲を認識させていた。
なのに、今居るここには、それがない。
自分が居ると確かにわかるのに、感覚が一切機能しない。
ついで来るのは恐怖。
肉体の感覚がないのに、精神の感覚は鋭敏に機能しているのか、発狂しそうな幻痛が自己そのものを蝕んだ。
その痛みが肉体のそれであれば、自分は歓喜すらしただろう。
声を出そうにも、その感覚すら生まれない。
もしかしたら認識できないだけで大声を上げているのかもしれないが、聴覚が死んでいる今、それを自覚することはできない。
音がほしい。光がほしい。触感が欲しい。
何か感覚が得られるのなら、痛みでも――
瞬間――ぱぁん、と、何かがはじけるイメージ。
思い出す。最後の瞬間を。
目の前で道路に飛び出す見知らぬ少女。
思わず飛び出した俺。
少女を突き飛ばし安堵する自分を照らす、『光』
視界が真っ白になるほどの、今の自分が望んでいるはずの『光』
『光』
『光』
『光』
「ああああああああああああああああああ!!」
『悲鳴』を上げ、そして世界が裏返った。
視界が戻る――自分に激突するトラックがある
嗅覚が戻る――鉄と錆の香りがある。
聴覚が戻る――大きなクラクションと、少女の悲鳴
味覚が戻る――自らの血か、独特の錆付いた不味さ
触覚が戻――
「ぐあああぎゃあぎぃぃぃぃぃぃぃ!!」
死が戻る。
あの一瞬の痛みが、記憶という形で自分を貫いていく。
そうだ、そうだ、そうだ!
思い出した!思い出したんだ!
自分は、あのとき、トラックに!そして俺は死ん――
「おっと、シリアスはそこまでだ!」
「ぎゃあああああ……あ?」
死の瞬間をフラッシュバック中の俺に、なんだかいろいろと台無しな台詞が聞こえてきたのだった。
異世界転生のゲートはトラックが王道です。