一蹴
戦闘体制に移った途端、胸元のブックホルダーに納められた魔導書が自動的に脳裏へ情報を伝えて来る。
――対象の外見特徴より、吸血蛭の上位種『角矢蛭』と推察。
クロスボウや弓の矢に似た形状の硬質化した頭部をしているだけで無く、その攻撃手段も似通う。
胴を発条の様に捩り、その反発力で獲物へと襲い掛かる。
その速さたるや、正に矢の如し。
体表面より分泌される体液には麻痺を引き起こす効果がある為、自分の手が届かない箇所に突き刺さった場合の末路は無惨なものとなるだろう。
何故なら獲物の体内に潜り込み生き血を啜り。肥大した質量に比例して増殖する能力を持っているからだ。
――敵、個体名を『悪食の角矢蛭』と変更。
危険魔物頁番号0025に記録されています。
遭遇次第、即時殲滅を推奨。
「一つ階位の劣る刺蛭ならまだマシだったのだがな」
思考の高速化により、雷の閃く一瞬にも匹敵する刹那の間に、対象の詳細情報を理解し、最も最適な対策を練り上げる。
面倒な相手だ、と呟くとアゼルは思いきり肺に空気を送り込んでいく。
視線をボルトリーチに固定したまま、アゼルにしか見えない薄水色に染まる攻撃可能範囲へ納まるのを待つ。
ギチギチギチッ
アゼルの不穏な空気を察したのか、無造作にはいずりながら接近していた無数のボルトリーチは、一斉に体を捩ると動かぬアゼルの体躯を血に染めようと飛び掛かる。
ビュバァ。と、空気を裂く音をさせながら瞬く間に彼我の距離を縮める。
それは狩の達人が放つ弓技『乱射』を複数人で行ったような、または熟練の弓兵達が戦場で一斉射をしたかの様に。
常人ならなすすべ無く、骸に成り果てるだろう絶望の光景を見て。
しかし、アゼルは。
せせら笑った。
嵌まった、と。
――蒼魔法『石化息吹』起動。
それは、息吹と呼ぶには強暴過ぎていた。
大気でできた巨人が、豪腕を振り抜いたと説明したほうが、まだ説得力があった。
衝撃は同心円状のひずみを空間に描き、空中へ飛び出したボルトリーチを残らず殴り付けていった。
だが、それだけでは終わらない。
これは呪詛の篭められた死の息吹、最悪の状態異常『石化』が、その生命に完全な止めを刺す。
地に落ちはじめたボルトリーチの群は、既に『ボルトリーチだったモノ』に変わり果てていた。
矢の形をした、石。
それが次々と落下の衝撃で砕け散ってゆく。
その数、優に百を越えていた。
――対象の殲滅を確認しました、今回の戦闘を記録します。
最新情報を更新。
学習『ラーニング』完了。
「学ぶ程の事など、何処にあったんだか」
相変わらず、この魔導書はよく解らない。
まあ、今更気にしても意味は無いか。
気を取り直して再び森の勢力調査へと戻る為、樹木を駆け上がり、枝から枝へと跳び回る。
そのアゼルの胸元で、蒼の魔導書にほのかな蒼い光りが燈った。
それは、ほんの僅かな時間であった為、アゼルはそのことを知りもしなかった。
ここ迄でオープニングが終了。
一年以上続けててどんだけ牛歩なんだか。