異名持ち
お待たせ致しました。
私からのクリスマスプレゼントです、メリークリスマス。
ついでに微妙にグロ注意。
深緑の中で僅かに覗く切り取られた青空の下。
クリスは昨晩から水に浸していた自分の旅装を屋敷裏で干していた。
体力の回復の為に味覚を破壊するような味の暴力と言う代償を支払ったが、効果は確かに高かった。
疲労で震え、力の入らなかった体が嘘の様に軽い。
しかし、肉体に負担が掛かっていたのは事実であり。本格的に指南を始めるのは後日と通達された。
借り物のローブを汚す訳にも行かない上、自分は突然の来訪者だ、食料の問題もあろう。
いろいろと準備が必要なのは当たり前だ。
肝心の師匠は森の勢力調査へ向かった。
洗濯物を干したら何もすることが無くなってしまったクリスは。何をしたらいいのかと首を捻った。
自分から鍛練を抜いたら何もすることが無い事に多少のショックを受け、しばしの間、呆然とする。
やがて、玄関に座り込むと師匠が帰って来るまでの間、死んだ魚のような眼をして扉を見つめていた。
クリスが力無く座り込んでいた頃、アゼルは樹海を猛然と突き進んでいた。
枝から枝へ跳び、幹を蹴り上がる。
植物による天然の迷路は長年住み慣れた彼には庭同然だ。
休み無く跳び回るアゼルは唐突に、視界に写ったものを見て足を止めた。
樹上から跳び降り、よく観察する。
それは、まだ辛うじて人の形を保っていた。
質の悪そうなレザーアーマーを身につけ、鞘に納められたままのダガーは抵抗する間もなく仕留められた事を物語る。
身なりからして盗賊の類。こういった輩は徒党を組む傾向が強い、探せばまだ死体があるかもしれない。
まあ、そうそう生き残りがいるとは思えん。昨夜の騒動で大概片付けられているだろう。
俯せの遺体を足先でひっくり返す。
多少、時間が経過しているが。せいぜいが半日、つまりは昨晩の犠牲者だろう。
調度、眉間の位置に親指の半分程度の直径をした穿孔痕が見受けられる。
此処から悩髄を啜られ死に致り、内部から直接血液をねこそぎに吸い出されたのだろう。
他の部位を残したのは捕食者の胃袋が未発達が故。 モンスターが食べ残す、なんて事は普通しない。
だからこそ『出来なかった』と推測する。
そいつの正体を、アゼルは経験して知っていた。
その恐ろしさ、悍ましさを知っていた。
本来は動物の血液のみを啜る、この森では比較的脅威度の低い生物。
蛭だ。それも『異名』持ち。
「………あの弟子は疫病神の類いか?」
恐らく冠した異名は『悪食』だろう。
その異名に関する逸話は多くは無いが決して少ない訳では無い。
『悪食』を冠したモンスターの共通点として、それまで主食としていた食料以外のモノを積極的に摂取する傾向が強い。
肉食だったモンスターが一変して草食になり、広大な荒れ地を作る原因となったり。
また、ある場所では草食が肉食や雑食に変わる等。
環境の変化に対し、適応しようとした生存本能が肉体を作り替える。
進化とは違った。変化、あるいは変異。
それが、世界各地の極限地帯にすら生き残るモンスター達の一番の強みである。
アゼルが『悪食の蛭』の行方を探そうと死体から一歩、踏み出した。
その時だ。
モゾリ、と死体の腹部がうごめいた。 咄嗟にその場から跳び退く、距離にしておおよそ大股八歩分を瞬時にあける。
自身の戦闘における最適な距離だ。
「まだ、内部に潜んで居たか。捜す手間が省けた」
感ずかれた事を察知したのか、隠そうともせず盛んにうごめき出す死体の腹部から、ブチブチと肉の裂ける音が連続する。
そして、一際大きいブチィッという音と同時に。
褐色の体に灰色の縦縞模様をした蛭が、怒涛の洪水となって溢れ出した。