苦悩の始まりの日
少し時間が空きましたね、お待たせ致しました。
クリスは目覚めるとしばしの間、自分の居る場所が解らなかった。
程なくして、昨夜自分が九死に一生を得ると同時に、得難き師に出会えた事に漸く思い至る。
(そうだ、そうだった………?! 待て、何故こんなにも明るい?)
森の中ではあれほど暗かったというのに室内は陽光に包まれている。
窓の外に浮かぶ太陽は中天に差し掛かる頃だろうか。
寝過ごした事に思考が追い付くと、全身に冷水を浴びせ掛けられたように眠気は吹き飛んでいた。
カシミールの武人が、師事を受ける者が、師匠よりも後で起きるなど失礼極まりない事である。
泥の様にこびりついた疲労を震える体で無理矢理起こすと、立てかけていた愛槍を引っつかみ跳ねる様に居間へ駆け出す。
そこに居るであろう、師匠の元へ。
(何故だ!? 何故、寒気が止まらん!?)
嫌な予感がする。
生命を脅かすような類いの危機ではない!
しかし、自分にとって良くない別の何かが、直ぐそこまで迫って来ているという予感が、アゼルにはあった。
長き経験を積んで危険察知を越え、昇華した予知にも近いアゼルの勘が訴えていた。
(何だ! 何が起きている!)
その原因がまさか、昨夜結果的に命を救った相手だとは想像を超えた彼方であろう。 もし、その事に気が付いたとしても事態を回避するのは遅すぎた。
ダタタンッと階段を駆け降りる音、次いで乱暴に開かれた扉の奥を見た。
見てしまった。
(コイツかぁぁぁあ!)
瞬間、理解する。
同時に後悔する、こういう可能性を考慮しなかった自分を心中で罵る。
「寝坊してしまい申し訳ありま」
「服を着ろォオオオ!」
『命の保証はなるべくする』
それは食と住の提供も含んだ上での事でもある。
つまりは衣類までは関与しない、という事だ。
確かに、確かにアゼルにも見落としがあったのだろう。
生活習慣や倫理、価値観等にはいちいち口を挟むつもりは無かった。
だが、価値観の違いが戦争まで発展することも、珍しく無い。
ならばこれはアゼルの失敗なのだろう。
「だから隠せと言っている!」
「隠すというのは疚しい事があるからだと教わりました! 私が命を救って戴いた師匠に何を隠すと言うのでしょうか! 否、何も有りません」
「そうでは無い!」
「では、何も問題はありませんね」
問題だらけだ、と喉元まで出かかった言葉を飲み込む。
先程から話は平行線を辿るばかり、別角度から切り込まなければ問題は解決しない。
「気温も低い、そのままでは風邪をひくだろう。君の自業自得で看病なんてお断りだぞ」
「ご安心を、ここ数年病気知らずの健康体です!」
ビシィ!
笑顔でサムズアップをしてくるクリス。
(頭痛がしてきた………)
ぴくぴくと頬が痙攣する。
「………では、君は裸で外に出るつもりかね?」
「外套から下着まで洗ってしまいまして。乾くまで室内干しにしております」
『この弟子、阿呆だ』アゼルは半ば確信する。
翌日以降に雨が降る可能性も全く考慮していなかったのだろうか。
「それならコレを貸すからさっさと干してこい」
自分の着ていたローブをクリスの顔面に投げ付けると、台所へと移動する。
昼の仕度が遅くなったせいで、手を抜く事になりそうだ。
(やれやれ、無駄な時間を………?!)
今度は寒気よりも酷い怖気に背筋が震え上がった。
(またか? またなのか!?)
そっと居間を覗き込む。 クリスはローブの臭いを嗅いで頬を朱に染めていた。
見なかった事にした。
(知らない、私は知らない。何も見ていない、おかしな事は何も無かった)
初めての弟子が、変態だなんて。
やってしまった………
しかし当初の予定を変える訳にもいかんし。
しかし視点解りにくいかも知れん、書き方が上手くいかないな。