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蒼魔道士と戦士の契約

 穏やかな光りが、部屋の隅まで優しく照らしていた。

 光源は親指の先程度の大きさの魔光石と呼ばれる代物。

 魔力を蓄え光りを放つ性質を持った鉱物だ。

 大木を縦に割ったようなテーブルの上には、木製のスプーンと空になったスープ皿。

 クリスは茶の入ったコップを両手でゆっくりと口元に運ぶと、じんわりと臓腑から伝わる熱を溜息とともに吐き出した。


 対面に座るアゼルはそれを見届けてから話しを切り出す。


「落ち着いたかね?」


「はい。久しぶりに、まともな食事をさせて頂きました」


 確かにクリスの顔色は随分と良くなっていた。

 先程までは煤けたような、燃え尽きる寸前の火種といった表情は一応の回復を遂げていた。

 アゼルは完全に回復した訳ではないと念のため釘を刺す。


「しかし、無茶をしたものだね。駆け出しの冒険者が単身でこの『マナの森』に挑むなんて……… 親から貰った命を何だと思って居るのかね?」


 クリスは苦渋に満ちた面持ちで唸った。


「今では浅はかだったと思っています。明らかに実力不足でした」


 知らずうちに、手にしたコップに力が篭る。

 思い浮かべるのは、あの脅威の昆虫。

 必殺の一撃をたやすく逸らした螺旋角。 次の瞬間には己の心臓を穿つだろうという、明確な死の予感。


「時期としても最悪だ、冬が明けて間もない。モンスターの大半が冬眠から醒めたばかりだ。最も数の多い昆虫族が共食いで減ってなかったら、即日命を落としていただろう。縄張り争いに巻き込まれていたら骨も残らない。そんな中で、三日もよく生き残ったよ」


 本来、森の住人達はアゼルに挑まない。負けるのが解っているからだ。

 だが冬眠で飢えていた事と弱者のクリスが傍にいた事、この二つの要素と勢力拡大を狙ったものが絡み、結果。


「今夜だけで森の勢力図はかなり書き変わるだろう……… 私の調査が終るまで、屋敷周辺から出歩かないように」



「………ご迷惑を、おかけします」


 クリスは先程までの高揚とした気分はとうに何処かに吹き飛んでいた。

 改めて自分の置かれていた状況を説明されてみれば、どれ程愚か者だったかよく解る。

 クリスは森に迷い込んだ鴨だったのだ。

 葱を槍に持ち替えただけだ。


「謝罪はいい。命持つ者には等しく責任がある、私には君の命を救った責任がある。それだけだよ」


 責任、ただそれだけ。

そう、それだけの筈だ。


「本題へ移ろう」


 手を打ち説教はここまでと切り替える。

 アゼルは足元から灰色の布に包まれた物をテーブルの上に置く。

 ゴトリッとかなりの重量を感じさせる音がする。 客間の清掃を済ませた後、物置から引っ張り出してきた物だ。

 布に覆われたソレへと僅かに魔力を流し起動させる。


「言っておくが、私は人に物を教えるのは初めてであり、君を鍛えると言ったが槍術の心得は無い。

 指南で上がるのは純粋な身体能力や技量となるだろう。

 後は、今の君では敵わないモンスターとの戦闘経験を積み重ねる事が出来ると言ったところだ。

 瀕死になる可能性もあるし四肢のどれかを欠損する可能性も出て来るだろう。その位ならば治せるが、即死は無理だ。

 命の保証はなるべくするが、流石に目の届かない場所では助ける事は出来ない。

 君が支払う対価は『私が教えた知識』と『この森で経験した事を一切口外しない』事。

 以上の事に異が無いならば」


 バッと布を取り去る。

 現れたのは黄金色に輝く天秤。

 支柱の頂点に獣の頭蓋骨を被ったナニカが座し、両手を模した梃子は細長く、指が受け皿を支える鎖を摘んでいる。

 土台には小振りながら宝石がちりばめられている。

 美しい筈なのに、その異様な存在感に思わずクリスは顔を引き攣らせる。


「これは名も忘れ去られた魔道具だ、効果は決して契約を違えさせない。

 魂にまで食い込み行動を縛る………」


 情報は正確に、言葉にしたならば一方的な破棄も出来ない。


 一拍置き、言葉を紡ぐ。



「それでもいいならば、受け皿に手を乗せて宣言したまえ。一言、『契約に異義無し』と」


 しかし、クリスは迷わなかった。


「契約に異義無し!」


「よかろう。『ここに契約は成立した!』」



 安全の為、最善を尽くした筈のこれが。

 アゼルが犯した最大の失敗だった。

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