蒼魔道士考える
真面目な作品だったのに!
『蒼魔道士』アゼルは僅かに顔を歪めた。
実のところ、彼は目の前の冒険者を助けるつもりは無かった。
ランサービートルを仕留めたのは、その角が研究素材に必要だった為であり、結果的に助けた形になっただけである。
そして目の前に居る弱者を見捨てる程アゼルは冷血でも無ければ、足手まといと切り捨てるほど弱くも無かった。
そのまま放置すれば、夜が明ける前に冒険者は容易く命を落とすだろう。
それは、少々無責任ではないだろうか?
故にアゼルは屋敷に招待した、一時の身の安全を保障しようと考えていた。
ところが予想外の事態が起こった。屋敷を目前に冒険者は懇願してきたのだ。
『私を鍛えて下さい!』と。
真剣に、真摯に、その様は無下に扱うのが心苦しくなる程、純粋に強くなりたいという思いを見ず知らずの相手にぶつけている。
確かに、強くなる為に誰かに師事するのは間違っていない。
腕に自信を持つから無茶をし、頑固になっていく。
自分の非を認めるのは中々に難しい。
言い換えれば、身の程を知る事。
それが冒険者という危険に挑む者達に共通する長生きの秘訣でもあった。
だが、自分には槍の心得などは無い。
(どうするか………)
普通は断るべきだろう、自分には何の利益も無い。だからと言って容易に断るのも躊躇われる。
目の前に居る武人がそう簡単に退くだろうか?
夜が明けるまで此処から梃子でも動きそうも無い。
森から放り出したところでもう一度入って来る勢いだ。私の事を悪戯に吹聴されても困る。
対価としては安いかもしれないが、この森での体験を話さないように契約すれば平穏は守れるか。
そもそも自分が素手であるのは一目瞭然、槍の手ほどきをして欲しいのではなく『鍛練』の相手だろう。
アゼルは自分がこの冒険者を鍛えるのを前向きに検討していた事に己自身が驚いていた。
が、その理由にも直ぐに思い当たった。
単純に、アゼルも今の生活に飽きていたのだ。
己の研究も行詰まり、打開策の見つからない日々を送る今を。
少し気分転換をしてみるのも良いかも知れない。と、そこまで考えたところで一つ失念していた事があった。
何ということだろうか。自己紹介すら未だ済ませていなかったのである。
「顔を、あげてくれないか。私は、まだ君の名前すら知らない。私の名はアゼル。君がこれより師と仰ぐことになる者だ」
その言葉を聞くやいなや、頭を下げ続けていた冒険者は弾ける様に顔を挙げた。その表情は歓喜の色に染まり、感涙に咽び泣きながら名を名乗る。
「クリス……… クリスティーナと、申します」
びしり と硬直するアゼル。背筋に嫌な汗が流れる。愕然と、意識せず口の端しから呟きが零れた。
「………おんな?」
それは囁きにも等しい小さな声だったが、確かに聞こえたのだろう。
クリスと名乗った冒険者は不安げに訪ねた。
「そう、ですが……… 女では、だめでしょうか?」
「い、いや………すまない、そんなことは無いが」
蒼魔道士アゼル。
とある理由により。
女性恐怖症である。
お気づきでしょうか?
一度も性別について触れていなかった事。
いちいち『冒険者』と書いてあった事に違和感を感じなかったら、上手く書けてたのかな。