戦士と蒼魔道士
新年明けましておめでとうございます。
マナの森の最深部には、この森の最大勢力『森の番人』が守る魔方陣の心臓部たる古びた洋館が立っている。
豊潤な魔力を受け、それ自体も魔力を宿した魔木に囲まれ、夜の間だけ花を咲かす特異な植物が妖艶に咲き乱れている。
ここまでの道中からすれば掛け離れ過ぎている庭園の様相に、クリスは今日だけで何度目か解らなくなってしまった血潮の冷める音を確かに聞いた。
この森の中でその空間がどれ程の異常なのかが判ってしまったからだ。
蒼魔道士の実力は遥か雲上とすら思えた、その体術レベルは歴戦の戦士ですら舌を巻くであろう。
クリスは己の槍も構えず呆けてばかりいた。
ここに来るまでの事が、瞼に焼き付き離れない。
ガオンッ!
轟雷を全身に纏わせ、右腕の一撃と共にソレを敵の心臓へ正確に叩き込む蒼魔道士。
魔術と技術の複合技法、その名も『合成術』。
現在、その殆どが失伝している為『遺失技術』の一つに数えられている。
雷撃と衝撃に耐性の無い生命体は、その一撃が急所へ叩き込まれた時点で敗北しか残されていない。
静寂に包まれていた森が本来の姿をさらけ出し、恐ろしい生存競争を勝ち抜いた屈強な猛者たちが襲い掛かる。
猛毒を持つ大蛇が、驚異的な質量からなる突進力を誇る猛牛が、身軽さと俊敏さを活かし樹上から奇襲を仕掛ける猿が。
そのどれもがクリスには手に負えない、出会えば即死既定の相手であった。
それは弱者には生き残る事を許さぬ森からの洗礼。
『お前の生きる場所は此処には無いのだと』
言語を持たぬ筈の彼等はそう主張していた。
しかし、その猛攻の真っ只中でも一線を画する実力者が蒼魔道士であった。
一体全体どれ程の修練を積んだのか!
己が文字通り死力を尽くしてランサービートルに放った三連突など霞んで見える。
気負った様子も無く、実に軽々と蒼魔道士は森の住人を葬り去っていく。
その手際、一流どころか超一流と呼ぶに相応しい。
クリスは目の前にいる圧倒的強者に嫉妬するより先に憧憬し、同時に畏敬の念を抱いた。
それは、まるで小さな子供が物語に出て来る勇者に憧れるように。
自信を喪失し、慢心は砕かれ、身につけた技はモンスターに敵わなかった。
無力だった………
物心ついた時より習い、振るい続けた槍はモンスターに傷一つつけられず。
悔しかったのだ………
目頭が熱を持ち視界が歪む。吐息は焔の如く咽を焼いた。肺は焦げ、呼吸もままならない。
苦しい………
早鐘のように鳴る鼓動が鼓膜に響く。
苦しい。
胸の奥に巻き起こった感情の嵐は止まる事を知らない。
くる、しい………
もはや、言葉すらまともに出てこない。
ボロボロと大粒の涙が頬を伝う。
そうだ、わたしは………
思い立った時には、既に行動に移していた。
「お願いです、私を鍛えて下さい! 蒼魔道士殿!」
そこには土下座する敗北者の姿が、あった。