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空想の世界

              1



「ただいま」

パタン、と音をたて玄関のドアをゆっくりしめる。

お母さんたちに気付かれないようにしなきゃ。時計なんて僕が持ってたらそんなの没収されて、怒られる上にそれまでの経緯を話さないといけなくなるに違いない。そんなこと話したらジュースの件でも二重に怒られてしまう。

でも正直、後者の方はどうでもよかった。この時計さえ守ることが出来れば。

「おかえり、少し遅かったわねー」

「うん。今日はいつもより疲れたんだ」

「とっくにお昼ご飯出来てるわよ?冷めちゃうからはやく食べちゃいなさい」

そういうとお母さんはぱたぱたとキッチンの奥へと戻っていった。それをしばらく見たあと、僕は小さく息をつき部屋に直行した。カバンをベットのうえに放り投げ机の前にあるイスに座り、左手を天井に向かって掲げる。僕の机は窓の正面にある。今は昼で、その窓からは夏の太陽からの光がこれでもかというくらい差し込んでいる。その光は一直線に時計を照らしていた、ような気がした。それくらいその時計が光を反射していたのだ。直視できないくらいに。

「ちょっと待っててね。すぐだから」

僕は語りかけるように言いながら、左手から時計を愛しいものをなでるように優しく取り外すと机の引き出しの中にそぅっと置いた。ぼくはダイニングに行くまでの短い距離を何度も振り返った。食事中も時計のことが気になってメニューがなんだったのかも、味もあまり覚えていない。自分でも知らないうちに

「落ち着きがないわね。どうしたのよ庵」

と言われるくらいそわそわしていたらしい。その時の僕は早く部屋に戻りたい、でもその気持ちでご飯がはやく食べられないから部屋にもはやく戻ることが出来ないというような状態だった。

「ごちそうさま」

やっとのことで食事をし終わると、一目散に部屋に戻っていった。

机の中から取り出し、見つめながら愛でる。腕につけては重みを実感し、夢ではないことを確認させられては一人微笑む。

あぁなんて楽しいんだろう。もう絶対にこれは誰にも渡さない。これは僕のものだ。

“これは自分のものなんだ”

そう思うと笑わずにはいられなかった。この日の差す窓を全開にして声を大にして叫びたい。

これは僕が拾ったんだ。綺麗だろう?羨ましい?

自慢したくて仕様がなかった。でもその気持ちを抑えて我慢した。

「誰にもバレないようにしないと。バレたらその人も欲しくなるに決まってる。そしたらいつ盗られるか分からないからね」

そう呟くとベットの上にダイブした。ボフッ、と布団が僕の体重で沈む音がする。その上でころころと何度も寝返りを打って、いろんな角度から見てみる。どの角度でもやっぱり異様なくらいにきらきらと反射して、他のものとは違った魅力を醸し出している。

「綺麗だなぁ・・・」

そう言うのと同時に瞼がだんだん重くなっていくのを感じた。

「あ・・・眠くなってきた。時計どうし・・・よぅ」

スースーと寝息をたて、あっという間に寝てしまった。きっともしタイムを計っていたら世界一なんじゃないかなというくらい30秒もかからずに深い眠りについた。

そしてその顔ははもう二度と起きないのではないかというくらい、幸せそうな笑みを浮かべていた。



「・・・おりクン、(いおり)クン。庵!」

「はい!」

大きな声に驚きながらも思わず礼儀正しく返事をしてしまった。この結構真面目な性格が初めて、なんだか悲しく感じたときだった。

「おやおや。威勢が良くて何よりです」

声が聞こえてやっと我にかえった。そして辺りを見回す。

「これは・・・?」

一面闇の世界が広がっていた。光が一つもない。360度どこにも。もちろん上にも下にも。

「僕は一体何処にいるの?えぇと、確か寝ちゃってたはずなんだけど。もしかして夢とか!そうだ、これはきっと夢だ」

「ご名答」

先程の声がまた聞こえる。声は確かに聞こえているはずなのにどこから聞こえているのか分からない。何も見えないから方向感覚がなくなってしまっているのだろうか。あ、意外に僕って冷静かも。

「ここはあなたの夢・・・まぁ考えていることというか空想しているところの一部を借りている、というのが正しいかもしれませんね」

「あなたは?管理人みたいなもの?」

「そんなところですかねぇ。人々の空想の世界を移動して生きているのですから」

「それって誰の頭の中にもいけるの」

「行こうと思えばいけますよ。でもやっぱ、ねぇ?行きたくない世界というものもありますから」

「ふぅーん・・・ところであなたはどこから話しているんですか」

僕はそう質問したがなかなか答えが返ってこない。自分の最後の声だけが頭の中に残って響いている。そりゃそうか。だって今僕は自分の頭の中にいるみたいなものだしね。

そんなことを考えていると突然向こうの方にぽぅっと赤い光が現れた。

「うわっ」

小さくかすかな光も真っ暗な闇に慣れてしまっていた僕には眩しく、あの夏の太陽を直視しているような感覚だった。その光にも目が慣れてきた頃にはもうすぐそこまで光がきていた。一緒にコツコツと靴のかかとが地面にあたる音が聞こえる。なんだか機械的なくらいに同じリズムで歩いている。

距離が1mまできたところで足音はぴたりと止まり、光も少し左右に揺れて移動を止めた。

「はじめまして。Clematis(クレマチス)と申します」

「花の名前じゃなかったっけそれ」

「よくご存知ですねぇ」

「まぁね。お婆ちゃんが好きだから、花。確か花言葉は“旅人の喜び”じゃなかったかな?」

「本当に詳しいんですね。まだ小さいのに感心します」

そういうとクレマチスと名乗る男はぱちぱちと手を叩いた。同時にゆらゆら光が揺れた。

「でもなんでそんな名前なの?旅人の喜びぃ、なんて」

僕がそう言うと、クレマチスはフフフッと微笑んだ。というよりは微笑んだような気がしただけだが。でも絶対笑ったよ、うん。

そして微笑みが顔から消えると(正確にはやっぱり消えた感じがしただけなのだが)話しだした。

「私は名前の通り旅人の喜びで出来ているのです。ですから旅人が消えてしまうことはもちろん、その旅人が喜びや楽しさ、幸せを感じなくなってしまえば私は存在できない。存在する意味もないのです。そして・・・」

「大変だね・・・そして?」

「そして今。その旅人は庵クン、あなたなのです」

「ふぅーん・・・え?」

「ですから、あなたが旅人なんです」

「なんでっ!」

「なんでって。だってあなたはあの時計を持っているではないですか」

「あーっ、時計のこと忘れてたぁ!!」

僕はすっかりこの世界に夢中になってしまっていて、あれだけ執着していた時計のことも忘れてしまっていた。でもこれは僕の頭の中の一部なのだから仕方ないと言えば仕方のないのかもしれないけれど。

時計のことを思い出し少々慌ただしくなった僕にコホン、とクレチマスは咳払いをした。それから続きを話し始めた。

「あの時計は旅人の印。そのため少し普通の時計とは違ったはずですけど」

「そーいえば変わったデザインだなぁと思ってたよ。あとなんか異様にキラキラしてた」

「それです。あの時計には人を惹き付ける魅力があるのです。だからあなたもあれほどに大切にしていたのでしょう」

「そっか・・・って、みてたの?」

「見てるも何も、言ったでしょう?私は空想の世界で生きている。そして今の旅人はあなただ、と。私はあなたが旅人となったとき・・・つまりあなたが時計を腕にはめた時からあなたの頭のなかにいるのですから、あなたが見ているものが見えるのは当然です」

「なんか嫌だな」

「そんなこと言わないで下さい」

そういうと泣いたまねをするようにうぅっ、と小さくうなった。意外に面白い人だなと思いながらもふと疑問に思ったことを聞いてみた。

「僕の頭の中にいるってことは僕の考えていることは何でもお見通しってこと?」

「もちろん。学校のことや家のこと、勉強、両親にご兄弟、友人。それに庵クンの好きな・・・」

そこまでいうとクレマチスは話すことを止めた。そして不思議そうに首を右側にかしげ、こちらを見ている。それから黙って見ている僕に

「なぜ止めないのです?言っちゃってもいいんですか」

と言ってきた。

「だって別に言っても僕の頭の中なんだから他の人に聞こえるわけでもないし」

「なるほど。庵クンは頭がいいのですね」

「えー。まぁ悪くはないけど・・・別に普通でしょう」

「でも前の旅人の方は慌てて『わぁーーーー!!』とアホみたいに叫んでましたけどね」

「うーん。それはそれで普通の反応なのかもしれないね」

なんか自分で言うのもなんだけど僕、普段より頭が冴えてるというか冷静というか、ホントになんだか・・・うーん、なんて言ったら良いんだろ?えーっと、とにかくいい感じ。

「それはここが庵クンの頭の中だからじゃないですか?」

「うわぁー。心の中まで読めるの」

「心の中と言っても結局は頭で考えてることですから。口に出さなくてもあなたの考えてることはまるわかりですよ」

「それも嫌だなぁ。でもそれなら僕は喋らなくても良いんじゃない?」

「それはダメですよ」

「どうして」

「だって寂しいじゃないですか。私が」

「そんなの知らないよ・・・」

「とりあえずあなたが寝てる間や説明のときくらいはちゃんと喋って下さい」

「説明?」

僕がそういうとクレマチスははっと息をのんだ。こいつ・・・本来の目的忘れてたな。多分そのためにいるんだろうに。

「すっかり忘れてました、申し訳ございません。では遅くなりましたが説明していきたいと思います」

「ちょっと待って。その前に僕からはクレマチスの顔見えないんだけど」

「・・・見たいですか?」

「だって気になるじゃないか」

「仕様がないですね。では」

そう言うとパチンとクレチマスが指を鳴らす音が聞こえた。するとあの唯一の頼りだった光が大きく左右に揺れ始めた。だがそれもすぐに元に戻っていく。そして動きがピタリと止まったと思うと、打ち上げ花火のように突然パンッと軽快な音をたてながら四方八方に飛び散っていった。その飛び散った先に次々とロウソクのゆらゆらした炎のような光がついていく。最後に真上の光がついたときにはもう、クレマチスの全身が見えるようになっていた。

「・・・」

驚いた。声がカッコ良かったからきっと見た目も格好いいんだろうなと思っていた。そしたら本当に格好いい人がいた。どちらかというと中性的な顔で、男の人の美人って感じ。髪は真っ黒なのに目は金色に輝いていた。まるで夜中、月光りに目を発光させている黒猫のようだった。実際着ている服も真っ黒だ。黒い(どちらかと言えば薄い感じの)シャツにタイトなパンツはゴツいハイカットのブーツにインしてあった。あと、シャツの上にはこれまた黒いボンチョのようなあったかそうな(今の時期はすっごい暑そうな)ものを羽織っていた。

しかし、僕が驚いていたのはそんなところではない。正直そこも少しビックリしたけれど。

「クレチマス・・・一体君何歳(いくつ)なの?」

「私にもわかりません。でもあなたより年上なのは確実です」

僕は自分の目を疑った。そのくらいクレマチスは若かった。確かに僕よりは年上だ。それでも僕が10歳だから・・・。

「中学生くらい?」

クレマチスはうーんと手を顎にやり、考えた仕草をした。そして

「多分そのくらいですかねぇ。でも人間じゃないようなものですからわかりませんけどね」

そう答えると突然、真面目な顔になった。

「質問はその辺にしといて。説明はじめますよ」

また忘れてしまうから。

そう小さい声で呟いたのを僕は聞き逃さなかったが、とりあえずつっこまないでおいた。

結構鈍臭いのかなと思った。口には出さなかったけど思っていることは読まれてしまうので、クレチマスには聞こえていたかもしれない。とりあえず僕は深呼吸して心の準備をした。クレチマスの言う、説明の言葉を一言も聞き逃してしまわないように。


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