表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1


とうとうこの日がやってきた。


この三日間、どれだけ俺が楽しみに待っていたか


「俺に、兄貴ができる…!」


一人で呟いて、拳を握り締める。


…まぁ、正確に言えば「兄貴がいた」だけど…



「俺に兄貴がいる…!?」


時はさかのぼること約三日。


「えぇ…海外に行っててね。言わなくてごめんなさい」


母さんは少し申し訳なさそうに笑って、俺にそう告げた


別に言わなかったことに関しては何も感じない。


やっぱり言いだしにくかったんだろうってことは、中学生の俺でも想像がつく


…それはさておき。


「でもね…光、お兄ちゃん…」


「兄貴かぁ…」


母さんが何かを言いかけた気もしたが、その時の俺には聞きかえす余裕なんてなかった


兄、兄貴…


きっと俺よりずっと背も高くて、男らしいんだ


脳内にまだ見ぬ兄貴の姿を思い描く。


兄弟がいたらしてみたかったこと…


バカなこと言い合ったり、


くだらないことでケンカもしてみたいな。


いろいろと理想が浮かんできて、ただただ楽しみだった


―――そして今日、その兄貴が俺の家にくる!


いや、よく考えてみたらここは兄貴の家でもあるんだから「帰ってくる」んだよな


とすると出迎えは「おかえり」か?


俺が緊張しながら考えごとをしていると、いきなり肩を叩かれた


「…!」

驚いて振り返る。


「光、緊張してる?」


母さんだった


ったく、ビビらせんなよ…


「…悪いかよ」


「別にぃ」


照れる俺を見てニヤニヤと笑う。


それがまた恥ずかしくて視線を合わせられなかった


「ただ…光は会うの、初めてなんだなぁって思って」


その後小さく「お兄ちゃんに…」と呟いて、母さんは去っていく


「…そうだよ…」


俺は今中ニで、兄貴が三学年上らしいから…


兄貴は高ニか。


兄貴は俺が小学校低学年の頃に海外に行ったらしい


…けど、おかしいな…



俺には兄貴の記憶が全くない。


「小学校低学年」なら、


少しぐらい思い出があったっていいはずじゃないのか?


頑張って特によくない記憶力を働かせてみる。


たしかあの頃は、よく年上の女の子と遊んでた気が…


するような、しないような…


駄目だ。やっぱ俺、記憶力ない。


俺は一人、玄関で頭を抱える


どうしても思い出せない


何でだ?



いろいろ考えているうちに何だか面倒くさくなってきて、諦めが入る


まぁ、直接会えば分かるだろ


思い直して時計を見る


今日は日曜。


時は午後三時前。


…もうすぐ約束の時間だ


兄貴は父さんが今泊まっている下宿まで迎えに行き、そこからこの家にくる、と母さんが言っていた


そういえば俺、外泊なんて小学校の修学旅行以来してないな…と、どうでもいいことを考えていた時だ。


ピンポーン


玄関のチャイムが鳴る。


“きた!”


俺は勢いよく伏せていた顔を上げ、戸の方を見た


ゆっくりと、間をためるように戸が開く


そこにいたのは…


ショートカットでサラサラの髪、


モデルのように小さな顔に可愛らしい顔立ち、


爽やかにリボンのあしらわれたブラウスに合わせた、短めのジーパンから伸びるすらっと長い足、


身長もきっと俺より高い。


一瞬、空気が凍る


いや…見とれるほど可愛いけど、どちら様?


困惑する俺。


彼女はただ、そんな俺をじっと見ている


…そんな見られても困るんだけど。


「…いや、あの…」


俺が「誰ですか?」と続けるより早く、彼女の後ろから父さんが顔を出した


「…!」


待てよ?


父さんは『兄貴』を迎えに行ったんだろ?


父さんが彼女の肩を抱く


その父さんと一緒にいるってことは、


もしかして―――!?


「あら。おかえり、お兄ちゃん」


いつの間にか横にいた母さんの一言で、俺の仮説は真実へと決定付けられた


「光、兄さんの薫だぞ」


父さんがいつも通り、陽気に笑う。


「あ、お兄ちゃんこれ光よ。久しぶりよね」


母さんが『お兄ちゃん』に俺の紹介をする


俺はこの時どんな顔をしていたのか分からない。


だけど恐らく、ものすごく間抜けな表情だっただろう。


『これ』呼ばわりされたことにもつっこめず、今度は別の意味で目の前の人物から視線を外せなくなっていた。


そして、


「改めて、兄の薫です!」


“お兄ちゃん”も笑って自己紹介を始めた。


「…」


いよいよこれが現実なのだと思い知らされる。


俺はただ固まることしか出来なかった


「光、挨拶は?」


母さんが小声で言い、腕を肘でつついてくる


しかし言葉が出てこない。


理想とのギャップに、嘘だと叫びたくなった


たった今、分かったことがある。


兄貴との思い出がなくて、女の子と遊んでいた記憶があったのは多分、その“女の子”こそ、この“兄貴”だったからだ!


そうだ。


たとえ思い描いていたものと違っても、この人が俺の兄貴なんだから、とりあえず挨拶…


「ってか、超かわいいー!!」


をっ!?


一瞬、何が起こったのかわからなかった。


サラサラと髪が俺の頬にかかる。


もしかして俺、抱きつかれてる!?


状況を理解し心臓が跳ねる。


これは確かに兄貴なんだけど、見かけは完全女の子だから…


普段あまり女子との関わりがない俺にはそれだけで嬉しいやら、そんな自分が嫌になるやら。


「君が光!?大きくなったねぇー!」


俺の考えなど知らないだろう“兄貴”はそう言って、俺の背を軽く叩く。


…気分は悪くないな


でも本当だ。


胸、ないや…


リボン越しに伝わるのは柔らかい感触ではなかった。


当たり前なことに少しガッカリしていた自分がいる。

いや、偶然当たっただけだからな!


自分でも誰に言ってるのかも分からない言い訳をした所で、兄貴がやっと俺から離れた



「あ、ごめん。いきなり…」


我に返ったのか、しゅんとして俺を見る。


先ほどの明るい笑顔も美少女そのものだったが、しおらしい表情もまた可愛らしい。


「いや…」


俺が口ごもっていると、後ろから母さんが背中を叩く。


「とにかく奥に入りましょう?」


久しぶりに家族が全員揃って嬉しいのか、その顔はウキウキと楽しそうだ


「そうだな、久しぶりにゆっくり話そう」


父さんも便乗し、兄貴と俺の背中を押して台所へと誘導する。


兄貴は小声で「お邪魔します」と呟いていた。


…自分の家だろ!



テーブルを囲んで座る。


俺の隣は兄貴だ


皆が改まってしまい、誰も一言も話さない。そのため、いつも通りの台所に妙な緊張感が漂う。


俺もつられて緊張してきてしまった。


「何か懐かしいなぁ」


重い沈黙を破ったのは、俺にとってこの空間で唯一『いつも通り』の存在ではない兄貴だった。


「本当に久しぶりだよ」


少し憂いを帯びたその微笑みに、慣れない俺は一瞬ドキッとする


何度見ても、彼は“彼女”にしか見えない。


テーブルの傷をなぞる、男のものとは思えない程綺麗な指の動きを目で追う。


再び流れる戸惑うような沈黙も気にする様子はなく、ただ懐かしむように指をすべらせ続ける彼。


横から覗き込むように視線を上げると、睫毛が何度も揺れていた。


「光ったら、お兄ちゃんが帰ってくるのを私より楽しみにしてたのよ」


「ちょ、何言ってんだよ」


場を和ませようとしたらしい母の言葉に焦る俺。


「え、ホントに?」


すぐさま兄貴が期待に満ちた目で見てくる。先程までの落ち着いた表情より何倍も幼く見える無邪気な様子に何も言えないでいると、父さんが追い討ちをかけた。


「そうだぞ、もう一時間前からずっと玄関で待っててな」


全て本当のことだから言い返せない。


兄貴は依然とキラキラした目でこちらを見ている。


やめろ、そんな目で見るな。


「…まぁ、そう…だけど」


どこか追い詰められた気分で呟く。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ