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追放された悪役令嬢は前世コンサルだったので、亡命先で国家運営を始めました  作者: しずか


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11/15

プロローグ十一 深夜の講義Ⅱ「最後の資産」

翌朝、九条は東に電話をかけた。

「昨日のメール、ありがとうございました」

と九条は言った。

「一つお願いがあります。今夜、時間をいただけますか。場所はこちらで用意します」

東は少し間を置いた。

「内容は」

「技術者の話です」

また間があり、今度は長かった。

「……分かりました」

と東は言った。

「七時以降であれば」

電話を切ったあと、有馬が九条を見た。

「東さんを呼ぶんですか。機構側の人間を」

「東さんは機構の論理で動いている。でも、東さんが本当に守ろうとしているものは、機構の論理とは少し違う」

有馬が眉を寄せた。

「どういうことですか」

「東さんは、国内産業の技術基盤を守りたいと思っている。国内案を押してきたのも、外資に渡したくないからじゃなく、技術が散逸しないようにしたかったから。だとしたら、今夜の話は東さんにとって筋が通る」

「機構の立場と矛盾しませんか」

「矛盾する。だから夜に呼んだ」


 有馬は少し黙ってから、「林さんにも連絡しますか」と言った。


「午後に入れて。東さんとは別の時間で」





 夜七時、本社から離れたホテルの小会議室に東が来た。

 九条と有馬だけがいた。資料は一枚も置いていなかった。東は部屋を見回し、椅子に座った。

「正式な場ではないですね」

「正式な場では話せないことです」

 東は九条が話すのを持った。

「東洋光電の技術者が二百人います。この案件がどう決着しても、会社の器が変わる過程で、その人たちが散ってしまう可能性が高い。研究開発の核になっている人間たちです。製品ラインではなく、それを作る知識を持っている人たち」

「続けてください」

 と東は言った。

「その二百人の雇用を、五年間保証する。研究予算も現行水準を維持する。その条件で、鴻洋精工に技術と人材の引き継ぎをさせる。東さんに頼みたいのは、機構としてその条件の履行を監視する立場に入ってほしい、ということです」


 東は黙った。


「機構が関与することで、鴻洋精工側への拘束力が増す。東さんの立場から言えば、外資の手に入る技術を、国内の監視下に置き続けることができる。矛盾ではなく、機構の目的に沿う」

「それは、東洋光電本体の再建とは別の話ですね」

「別の話です」


 東は長い間、九条を見ていた。


「あなたはこの案件で、社会的には終わることになる」

 と東は言った。感情のない声だった。

「そうなるでしょうね」

「それを前提に、この話を持ってきている」

「はい」

 東はテーブルを見た。しばらく何も言わなかった。それから顔を上げた。

「個人として、一つ聞いていいですか」

「どうぞ」

「なぜそこまでするんですか」

 九条は少し考えた。

「会社は救えなかった。でも、会社の中にあった種は救えるかもしれない。それだけです」

 東はしばらく黙り、それから小さく頷いた。値踏みでも同情でもない頷き方だった。

「条件の詳細を整理してください。見てみます」


 翌日の午後、林が来た。

 九条は条件を一枚の紙に書いて渡した。

技術者二百名の雇用五年保証、研究予算の現行水準維持、日本国内の研究拠点の存続、機構による履行監視。

 林は紙を読んだ。読み終えて、少し間を置いた。

「これは、会社本体の条件ではなく」

「人と技術の条件です」

と九条は言った。

「会社の器がどうなっても、これだけは守る、という条件」

 林は九条を見た。

「九条さんはこの案件から降りることになる、という理解でいいですか」

「そうなります」

「それを前提に、この条件を出している」

「はい」

 林は紙をもう一度見た。

「本社に上げます。ただし、一点だけ確認させてください。この条件は、誰から出たものとして伝えますか」

 九条は少し考えた。

「東洋光電の再建関係者から、という形にしてください。私の名前は出さなくていい」

 林がわずかに表情を変えた。それまでのビジネスライクな顔から、何かが少しだけ滲んだ。しかしすぐに戻った。

「……分かりました。週内に回答します」

 林が帰ったあと、有馬が言った。

「名前を出さなかったのは」

「名前が出ると、条件そのものへの評価より先に、私への評価が前に来る。今の状況では逆効果です」

 有馬は黙った。その沈黙の中に、何かを言いたくて止めている気配があった。





 その夜、二人は会議室に残っていた。

 有馬がコーヒーを二つ持ってきた。九条の前に一つ置いて、向かいに座った。

 しばらく、どちらも話さなかった。

「一つ、聞いてもいいですか」

と有馬が言った。

「どうぞ」


「この案件に来たとき、こうなることは分かっていましたか」

九条はコーヒーを持った。

「全部は分からなかった。でも、こういう案件がどう終わるかは、ある程度見えていた」

「それでも来た」

「来た」

有馬はしばらく自分のコーヒーを見た。

「……九条さんにとって、再建って何ですか」

九条は少し考えた。

「数字を合わせることじゃないと思ってる」

と九条は言った。

「会社を建て直すことでもない、厳密には」

「では」

「いつかまた花が咲くための種を、どんな泥にまみれても守り抜くこと。それが再建だと思ってる」

有馬は九条を見た。

「今回の、技術者二百人の話が、それですか」

「そう。会社という器は救えなかった。でも、器の中にあった種は持ち出せる。五年後か十年後か分からないけど、あの人たちがどこかでまた何かを作る。それが残れば、今回の仕事はゼロじゃない」


 有馬はしばらく黙った。長い沈黙だった。

「……九条さんはこれから、どうなるんですか」

「業界からは消えます。しばらくは」

「それで、いいんですか」

 九条はコーヒーを一口飲んだ。

「良くはない。でも、選べる」

 有馬が何かを言いかけた。九条は先に言った。

「有馬、あなたはこの仕事に向いてる。ただ、一つだけ覚えておいて」

「何ですか」

「正しい案が通らないことがある。それは仕事の失敗じゃない。だから、正しくても通らなかったとき、最後に何を守るかを先に決めておくこと。それがなかったら、通らなかったことだけが残る」

 有馬は黙って聞いていた。

 九条はコーヒーを置いた。




 三日後、林から連絡が来た。

「本社の回答です」

と林は言った。

「技術者二百名の雇用五年保証、研究予算の現行水準維持、国内研究拠点の存続。この三点について、合意できます」

九条は手帳にメモを取った。

「機構の監視条件は」

「そちらは、東さんと直接詰めていただく形で。弊社としては機構が関与することへの異存はありません」

「分かりました」

「一点だけ」

と林は続けた。


「この条件の成立には、九条さんが公式の場で今回の交渉経緯について説明することが、実務上必要になると思います。正式な意味での謝罪かどうかは別として、表に立つ必要がある」


「承知しています」


「……それでも、進めますか」

九条は少し間を置いた。


「進めます」


電話を切ったあと、九条はしばらく手帳を見た。

会社は救えなかった。しかし条件は取った。

あとは表に立つだけだった。


その夜、東から短いメールが来た。

「条件の詳細、確認しました。機構として監視の立場に入ることを、個人として検討します。正式な手続きは別途、ただし動けます」

九条はそのメールを読み直した。『個人として』という言葉が、東らしかった。制度の外側で動く覚悟を、最小限の言葉に圧縮していた。

返信を打った。『ありがとうございます。詳細は改めて』

送信してから、九条は椅子の背にもたれた。

有馬がドアをノックして入ってきた。

「東さんから何か」

「動いてくれます」

有馬が少し息を吐いた。

「……じゃあ、成立したんですか」

「まだ細部がある。でも、骨格は通った」

有馬は少し間を置いた。

「九条さんが消えることと引き換えに」

「消えるのは、業界上の九条澪です。それは、今夜の仕事とは別の話」

有馬は九条を見た。何か言おうとして、しばらく止まった。それからただ―-


「分かりました」


とだけ返答した。

九条は窓の外を見た。街灯が、いつもと同じ高さで並んでいた。

会社を救えなかった。しかし種は持ち出せた。

それで、今回の仕事は終わる。



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