第8話 俺はまだエロまんがを知らない
用意された自室は案外寝心地は良かった。
深夜に扉ががしゃがしゃっと音を立てたが鍵のおかげで安全に過ごせた。(そういう心配をするのは彼女たちのような気がするが、さんぽ先生がなにをしでかすかわからないため用心に越したことはない)
Wi-Fiは電波が通っている。
デジタル原稿派の彼女たちもいつも通り作業出来そうだ。
だけど同じ場所に電話機もあるがそっちはどこにも繋がらなかった。
逃げられたり問題にされないように受信のみしか出来ないのだろう。
状況が把握出来ない現在でも締め切りは迫って来ている。
一般的な週刊誌はバケモノ作家で、俺たちのほとんどが月刊誌、それでも締め切りにはいつも追われている。
「ワシと小僧は同じエロまんが雑誌じゃから締め切りは同じとして」
「私はダウンロードエロまんがですので〝出来ればすぐにでも〟でしょうか。あまりに遅いと、作品のダウンロード数が低下しちゃいますから、コミケとかにも参加したですけどしばらくは……ねぇ?」
「ボクはアンソロジーの単行本でうちの出版社だと4カ月ごとだね」
「みんなアシスタントは?」
「ひとりで描いてる」
3人同時の回答だった。
俺も緊急事態用のアシスタントはひとりいるが、大抵は自分だけで描いている。
「一度、手伝いを頼んだことがあったのじゃがな。やはり癖でない者はダメじゃ。縄に縛り上げらる肉のなまめかしさがペンで表現できんかった」
「わかるよ。ボクもなんか違うなーってなって頼めなくなっちゃった」
「私はアシスタントが次々に精神崩壊していくので募集をやめました」
「君だけ精神汚染的なものなんだよなぁ」
こだわりが強いのも考え物だ。
締め切りを守れないのもこういったエロまんがらしい部分のせいなのかもしれない。
無人島に缶詰めにされたエロまんが家同士だ、困っていたらアシスタントはしてやろう。
まあ、こだわりが強いようだから頼まれたりはしないのだろうけど。
「ねえ、ばなち」
レオンに袖を引かれる。
それから耳元に顔を近づけてくる。
「次回作の見せ合いっこしたいんだけど、ボクの部屋に来てくれる?」
「……ああ、大丈夫だ」
吐息がかかって耳がこそばゆい。
レオンが俺の手を取る。
「ふたりでどこへ行くつもりじゃ。……怪しいのぅ」
ジトっとした目で俺たちを引き留める幼女先生。
事実を伝えようとしたがレオンが少し恥ずかしそうにしているからやめておく。
「男同士の秘め事だ。気にするな」
「ま!〝ひめごと〟だなんて、どっちが姫ですか? 私は女装攻めノンケ受けも好きです。男性が美少女にしか見えない男の娘のたくましいアレによって淫乱なメスに堕ちていく……。彼女持ちならなお良し。ふふ、良きNTRです」
ちょっと黙ってくれるかな頭の中ピンク色お姉さん。
そしてなぜそこで同盟のように腕を組んでいるんだレオン。
「えへへ、行こっか」
満面の微笑みで俺の腕を引き、自室に入るレオン。
それからカチャリとすぐさま鍵を閉めた。
なんか目がギンギンとしているが、大丈夫だろうか。
さんぽ先生の話も相まって身の危険を感じる。
「えーとそれじゃ。始めようか」
「ちょっと待て、俺も原稿を部屋から持ってこないと」
「大丈夫。ばなちの作業用バッグはもうそこのベッドの下に置いといたから」
「なんであるんだ、は置いとく。しかしベッドの下とはこれまた古典的な隠し場所じゃないか?」
大抵はベッド下の隙間だ。
または押し入れ、鍵が付いてる勉強机の引き出し。
成人してひとり暮らしをはじめてからこの親との戦略ゲームはなくなった。
「原稿用紙で作業しているばなちが悪いと思うんだ。デジタルだったら隠す必要もないわけじゃん。タブレットなら持ち運び簡単だし、ロックだって出来る」
「それでも男の子か。実物にしか得られない栄養素だってあるんだよ」
「ふーん、ボク男の娘だからわかんないや」
同じ構造のはずなのだが……見た目がこうも違えば考えも違うわな。
そもそも俺はコイツが男、同性であることを認めていない。
メイクであれば疑いもするのだが、見る限りすっぴんなのだ。無加工でこの可愛さはおかしい。
「とりあえず、はい」
アへ顔がプリントされたカバーをしているタブレットを渡される。
代わりに俺の原稿をレオンに。
正直、こんな変な状況に平常心でいられる自分が怖い。
ロックは外れており、プロット、ネーム、ペン書きのデータが入っており。残りはトーンを貼るだけのようだ。
転校生の美少女が実は離れ離れになってしまった幼馴染。
そのヒロインは自分の正体を隠し、主人公を誘惑する。
初恋を忘れられず主人公の彼女になるために女装を極めたのだ。
しかし主人公はすべてを知っていた。転校初日から正体を見破っていた。
ここまで深いストーリーがぎゅっと8ページ。
そこから16ページはぶっとうしえっちタイム。
純文学から好きという拳でタコ殴り。
「……どうかな?」
「ああ、そうか。編集長の〝エロい〟ということか」
「え?」
「俺はずっと少年漫画を描いていたんだ」
「いや、ちゃんとエロまんがだけど? 絵も綺麗だし、ストーリーも面白い、行為中の行動やセリフで作品の深みが増してると思う」
レオンが困惑している。だけどすべてを語っていた。
そう、結局俺のエロまんがはベッドシーンのある純文学の類なのだ。
好きの拳が違う方向を向いているような気がしてならない。
俺は本当の意味でのエロまんがを知らない。
「レオン。もっと話そう。俺はエロまんがを理解しなければならない。——俺に、君たちのことを全部教えて欲しい」
「……なんだか、告白みたいだね」




