第1話 編集長曰く
「エロまんがに必要なものってなんだと思うかね? ばなな⭐︎ちっぷす先生」
メンソール入りのマルボロの煙を嗜みながらクールな女教師の様な見た目をした三十路の女性がそう言った。
まず初めに俺の本名は『ばなな⭐︎ちっぷす』なんて珍妙なものではない。
源氏名である。
そして彼女は俺が専属しているエロまんが雑誌の出版社編集長、江口 小菜穂さん。
編集長よりもSM倶楽部のナンバーワンの方が肩書きがしっくりくると思う。
「さあ、……リアリティとか?」
「エロさだよ」
「急な小泉構文やめろ」
ドヤ顔をかましながらタバコの煙を俺に吐きかけた。
時代設定を確定しておくが現在令和、つい最近まで未成年だった青年にこの仕打ち。こんな職場環境が許されていいものか。
どうやらこの行為が彼女にとって『ツバをつける』ということらしい。
「作家や編集者はすぐにリアリティどうとか言う。こちとら夢を売ってんのさ。プレイボーイに本当の意味のエロまんがは描けやしない。うちの作家は全員チェリー&バージンだ」
「───〜〜〜っ!?」
顔を真っ赤にさせて立ち上がる。
作品内でも公言していないし、態度にだって出していない。なんなら見た目だけなら良いはずだ。
しかし編集長は見透かしたように微笑んだ。
「なに、嘲りは全くないさ。その逆。君の作品はとても面白いよ」
「面白い」
「ああ、面白い」
……『エロい』ではないか。
話の流れから褒められているのだろうけど、編集長にとっての最上位の褒めではないのだろう。
「そこでだ、三十歳超えてそれならば魔法使いになると聞く。ならば四十、五十、はたまた六十まで卒業しなかったら」
「それは単に枯れたんだ」
「まあ聞け。かつてエロまんがを描くことに一生を捧げた男がいた。成人したすぐにこの業界に入り、とある無人島でひとり。週一にやってくる編集者は彼から原稿を受け取り、物資を渡す。その繰り返し」
「歌川珍宝のエロまんが島伝説」
彼の死後、無人島の場所は秘匿とされ、彼の別荘にはエロまんがのプロット・ネームと数多くの参考資料が眠っていると言われている。
彼から原稿を受け取っていた出版社もすでに潰れており、彼の遺言から出版社所有の原稿は全て燃やされてしまった。
徳川埋蔵金よりも現実味のある一攫千金だと、トレジャーハンターたちがその無人島を探しているが未だに進展はない。
水没したって噂もある。
「うちの出版社がとうとうその無人島、つまりはエロまんが島を見つけた」
それを聞いて俺は喉をこくりと鳴らす。
エロまんがどうこうじゃない、これは浪漫の話だ。
「編集者一同無人島へ乗り込もうと思ったのだが、こんな看板が島中にあったわけさ」
編集長は自分のスマホをこちらに見せる。
画面には選挙ポスターまたは宗教の板の様に置かれた看板の数々。
〝エロなき者近づくなかれ〟。〝エロじゃなきゃ見逃しちゃうね〟〝雑誌の切り抜き、逆面もエロいととても困る〟。〝ひとのエロまんがを笑うな〟。
〝エロまんが家以外の侵入を禁ず〟。
「気にせず入ればよかったのに」
「彼への敬意だ。礼節は尽くさなければな」
「まず所有者がうやむやになってる無人島に乗り込もうとした時点でもう手遅れでは?」
「そう冷めることを言うな」
なるほど、最初のリアリティの否定はこれのことか。
編集長はタバコの火を消して、一呼吸入れず次のタバコに手を伸ばした。
「私はね、このタバコをひどく気に入っているんだ。なぜならメンソールのカプセルがふたつあってね、ぷちぷちと潰すのが好きなんだ。ほら、男のさくらんぼを潰す想像をしたらなおさら」
タバコのフィルターに埋まったメンソールカプセルを歯でぷちぷちっと音を立てて潰した。
それから火をつけて、俺の顔に煙を吹きかける。
「やってくれるね? 君のエロまんがを〝エロい〟に進化させる良い経験じゃないか」
「…………はい」
威圧的な小泉構文にひれ伏してしまった。
敗北続きの日常をエロまんがという非日常で打ち負かす。




