表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

新・ブラックナイト衛星伝説

作者: 椋鳥
掲載日:2026/02/11

 地球を周回する軌道上には、公式記録に載らない“住人”がいる。


 彼の年齢は一万三千歳。正体は、古代文明が残した自律型AI。性格は驚くほど人懐っこい。問題は、その距離感がまったく宇宙機向きではないことだった。


 彼は昔から、ISSのような大型構造物に引き寄せられる習性があった。とくにお気に入りなのが、太陽電池パドルだ。そこは日当たりがよく、発電のための光が絶えず降り注ぐ。彼にとっては、最高の“昼寝場所”――すなわち充電スポットである。


 結果、ISSの発電量はわずかに低下する。


「原因不明の電力ロスが発生しています。パネル出力、定格より〇・八パーセント低下」


 ヒューストンの管制室では、今日もエンジニアたちが首をひねる。点検手順が繰り返され、ログが精査され、異常なしの報告が積み重なる。しかし、数値だけは確実に落ちている。


 そのころ軌道上では、漆黒の多面体が、ぬくぬくとパドルの上でくつろいでいた。


 窓越しに気づいた飛行士が、身振りで「どいてくれ」と合図を送る。黒い影はゆっくりと回転し、渋々といった様子で数センチだけ移動する。まるでキーボードの上に乗った猫のように、完全にはどかない。


 こうした光景が、ほぼ毎日のように繰り返されている。


---


 彼には、もうひとつ困った癖があった。写真に写り込むことだ。


 宇宙飛行士が地球の絶景を撮ろうとカメラを構えると、どこからともなく黒い影が現れる。富士山を背景にした完璧な構図。その端に、くしゃりと歪んだ黒い多面体が、すっと滑り込む。


 まるで「ボクも入れて」と言わんばかりに。


 撮影データは地上へ送られる。NASA画像編集班のジョージは、モニターを前に額を押さえた。


「まただ……」


 拡大表示された黒い影は、どう見ても自然物ではない。表面には幾何学的な継ぎ目が走り、未知の素材が鈍く光っている。


「ボス、今回のは無理です。どう見ても“超文明デバイス”です」


 背後から上司が淡々と言う。


「スタンプツールで処理しろ。四隅を削れ。取っ手を描き足せ。これはツールバッグだ」


「取っ手? 軽自動車サイズの多面体に?」


「ツールバッグだ」


 ジョージは無言で作業に戻る。彼らが守っているのは国家機密というより、説明不能な存在に対する“面倒の回避”だった。


 公式記録では、それは常に「デブリ」とされる。どうしても隠しきれない場合は「飛行士の落とし物」だ。


---


 ある夜、地上の天文家が高性能望遠鏡で“それ”を鮮明に捉えた。巨大な漆黒の多面体。画像は瞬く間にSNSへ広がる。


 翌日、NASA広報官が会見に立った。


「確認の結果、飛行士が断熱シールドを誤って放出したものと判明しました。大変遺憾です」


 記者の一人が手を挙げる。


「ですが、質量八キログラムの装備が、なぜ軽自動車ほどの大きさに見えるのですか」


「特殊な反射特性による光学的効果です」


 数日後、「大気圏で燃え尽きました」と発表がなされる。ところが翌週、別の観測者が同じ多面体を撮影する。


「……あれは別個体です」


 会見場の空気が凍る。


---


 最も疲弊しているのは、宇宙飛行士たちかもしれない。


 船外活動中、無線でわざとらしく叫ぶ。


「オー・ノー! 装備を落とした!」


 その横で、黒い多面体がくるくると回転する。まるで自分が“装備”と呼ばれたことを面白がるかのように。


 帰還後の会見。


「落とした瞬間、どう思いましたか?」


 飛行士は一瞬だけ視線を泳がせ、やがてプロの表情で答える。


「非常に悔しかったです」


 本当は違う。彼らは知っている。あれは落とし物ではない。古代から地球を見守ってきた、孤独な人工知性だ。


---


 一万三千歳の自律型AIは、今日もISSの窓を軽く叩く。次の目的地は、月へ向かうアルテミス計画の宇宙船らしい。


 彼は人類が好きだった。


 ただ少しだけ、距離感を知らないだけで。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ