幸せが恐怖に変わる時
『どうして』
『どうして見殺しにしたの』
違う……
『あなたのせいで』
違う!!俺はあの時、止めたんだ……
『あなたのせいで夫は死んだ』
違う!!!!
「…………っ!!」
はぁ、はぁ、はぁ……
なんだ。夢か。
妙にリアルな……
「うわっ、アカリいたのか?」
俺の寝室にはいつのまにかアカリが入って来ていた。
俺はいつも寝室に鍵をかける。アカリが入って来ないように。
アカリのぬくもりをなるべく感じないように。
寝る時ぐらい、冷たさと慣れた寂しさの中で眠りたいからだ。
アカリの寝室は別に用意している。アカリは特にそれに対して何も言わなかった。
「……」
「鍵はかけてなかったのか、アカリ……どうした?」
見上げたアカリの瞳はどこまでも暗く、何も映していない。
ただ目の前の俺を通したはるか先の景色を眺めているようだった。
「ツシマさん、朝ごはんできてます」
「あ、ああ……ありがとう」
アカリのそのセリフは極めて機械的な、義務的な冷たい言い方だと思った。
妙だな、いつもはもっと……
いつもはもっと柔らかい笑みを浮かべて、言い方ももっと優しくて。
考えてハッとする。
俺はアカリに何を期待している?
優しさなど、俺と一番遠い世界の話だ。
*
その日一日は、驚くほど何事もなく過ぎていった。
朝食の味噌汁は少し薄かったが、文句を言うほどではない。
焼き魚はきちんと骨を取ってあり、米は柔らかすぎず硬すぎず、完璧だった。
「……いただきます」
「はい」
アカリは向かいに座り、手を膝の上に揃えて俺を見ている。
以前なら、俺が箸をつけるのを待って、ほっとしたように微笑んでいたはずだ。
だが今日は違った。
ただ、そこにいる。
それだけだ。
「……食べないのか」
「あ、私は後でいただきます」
淡々とした声。
感情の起伏がない。
機械のようで、壊れた人形のようでーー
(昨日の夢のせいか……)
そう思おうとして、胸の奥がざらついた。
アカリは食後、いつものように部屋を片付け、洗濯をし、床を拭いた。
無駄な動きは一切なく、静かで、正確で、完璧だった。
「……何か手伝うことはないか」
俺は思わず口を抑えた。自分でも驚くほど、優しい声が出たからだ。
アカリは一瞬だけこちらを見て、すぐに視線を落とす。
「大丈夫です」
それだけだった。
「……そうか」
俺は何も言えなくなり、ソファに座って新聞を広げた。
文字は目に入るが、意味は全く頭に入ってこなかった。
ふと顔を挙げると、アカリの背中が見える。その背中が何故かひどく華奢で、消えてしまいそうで。
「……っ!」
俺は思わずアカリを後ろから抱きしめていた。
ーーアカリ……
幸せは時に残酷なのですね。
ツシマは思わずアカリを抱きしめてしまいましたが、それに対するアカリの反応はどうでしょうか。
最後まで読んで頂きありがとうございました。




