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罪の上に咲く花  作者: 杉野みそら


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2/4

どうしてこんなに

 アカリは記憶を失っていた。


 夫が死んだことも、その理由も、そして目の前の男が何者なのかも。


 そしていつしかアカリはツシマを自分の「旦那」だと思うようになった。


 ツシマもそんなアカリを最初は面白がって受け入れていた。


「おかえりなさい」

「今日は少し塩が強かったでしょうか」

「無理はなさらないでくださいね」


 一生懸命だった。


 それが仮初めの記憶だと知らないからこそ、必死に、健気に、ツシマの世話を焼いた。


 そんな生活を送るうちに、ツシマの心はだんだんと変化した。


 ーー楽しいと。

 ーー幸せだと。


 抱いてはならない気持ちを、アカリと過ごすことで思ってしまったのだ。


 *


「アカリ、今日の飯はなんだ?」


 ああ、やめろ。そんなことを聞くんじゃねえ。


「今日はお好み焼きです。ツシマさんお好きだったでしょう?」


 やめろ。そんな笑顔を俺に見せるな。


「……ああ……」


 嘘だ。俺はお好み焼きなど食ったこともない。


「よかった!」


 そう言って微笑んだアカリの顔を見て胸がひりつく。

 この笑顔を、あんなしょうもない男にも見せていたのだろうか。


 ーー俺は何故、こんな気まぐれで拾った女のために。わざわざこの笑顔のために。わざわざ食いたくもない飯を食いに。


 何故、ここへ帰って来ている?


 以前はただ寝に帰って来ただけのタワマン。冷たい部屋。彩りもなく、空虚だけが支配していた広いだけの場所。


 それが、アカリ(この女)がいるだけでこんなにも。

 食事を一緒にすることがこんなにも……


「いただきます」


 アカリはいつも俺が帰って来てから食事をとる。


「おいしくなかったですか?」


 自信なさげに眉根を下げてこちらを見る。

 ……チクショウ。可愛い。


 はっきり言ってお好み焼きはめちゃくちゃ美味かった。アカリがいるから余計にそう感じるのだろうか?


 こんな幸せを感じたら、もう前の生活には戻れねぇ……と頭で分かっていても。


「……とても美味いよ」


 素直に答えてしまう俺。


「よかった。ふふっ」


 アカリは俺のその様子に安堵し、笑顔を浮かべる。


 ーーなんでそんなに楽しそうなんだ。


(俺はお前の旦那を……)


 それは感じてはいけない感情に支配される前に、俺がいつも考えていたことだった。


 まるで呪いのように自分に言い聞かせるのだ。


 俺がアカリの旦那を追い詰めたんだ!!と。


 今日もアカリは俺を旦那だと勘違いしたまま玄関まで見送りして手を振る。

 そして俺は今日もアカリに真実を伝えられないまま部屋を出る……


 *


 ツシマはアカリのそんな姿を見るたび、心のどこかが軋む音を確かに聞いていた。


 ーー最初はほんの少し興味が湧いただけだった。


 アカリの、壊れているのに死んでいない瞳に。閉ざしているのに、消えていない心に。


 いずれは放すつもりだった。適当に金を持たせて遠くへ行かせるつもりだった。

 だけどアカリが尽くせば尽くすほど、その何も映していない瞳に"俺"を映してやりたくなる。


 いっそアカリの記憶を全部、"俺"で埋め尽くすことができたらいいのに……


 ツシマの胸の奥に、今まで感じたことのない感情が芽生えつつあった。

 それが何か、分かっているはずなのにーー


「どうして、こんなに……」


 胸が暖かいんだ。


 ツシマは首を振って、湧き上がりそうな感情に思わず蓋をし、自嘲するように(わら)う。


 ーーこの感情は、俺みたいな男が持ってはいけないんだ。

 と……

果たしてツシマは真実を伝えることができるのでしょうか?

それともアカリが先に記憶を取り戻すのでしょうか?


最後まで読んで頂きありがとうございました。

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