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嫌な予感は当たるもので。私は麗麗の全力 化粧を施された。服装も旅装ではなく正装だ。鶯妃の色である若草色が主な色だ。一番目の衣は少し濃い黄緑で、二枚目の衣は深い緑色。三番目の衣は青緑で、打掛けは淡い若草色。鶯や春の花の模様が描かれ、金の糸で刺繍がされている。髪は少しだけ取って団子にされ、後の髪は垂らされている。団子には緑の玉に金色で鶯が描かれた簪が挿された。耳には水晶の耳飾り。額には首飾りのような華栄の伝統の飾りが付いている。あまりにきれいなので自分なのか分からないほどだ。きれいなんだけど。いかんせん、時間がかかる。私が鶯の妖術を授けられてから4時間経った今、ようやく最後の仕上げが終わったところだ。目元の紅はされなかった。元々粉をつけたような淡い薄紅色の睫毛があるからだ。それに今は感謝する。というか、こんなに着飾った理由は今夜帝のお渡りがあるからだ。でも私、閨でのことは慣れてない。なので、その辺は全て帝に任せる!そんなことを考えているうちに、帝の使者とおぼしき隼に変化した宦官が窓を叩いた。応対するのは眞美だ。
「鶯妃。帝がいらっしゃるそうです。至急、お出迎えの準備をと」
その言葉に、御簾越しに私は頷く。
「分かりました。すぐに準備致します」
そう答えると、隼は急いで飛び立った。私が帝を出迎えるために侍女頭の眞美と準侍女頭の麗麗を後ろに立たせて玄関に立つと、程なくして帝の一行が見えた。豪奢な装飾品がついた馬車だ。中は快適なんだろうなあ。乗ってみたい。ガシャン、っと音を立てて馬車が宮に着くと、最初から帝が姿を見せる。
「主上。お待ちしておりました。今代の鶯妃・桜と申します。以後、お見知り置きを」
私は本名を出さずに、愛称を伝える。この大陸では、夫や父以外の男性には自分の本名を教えないという決まりがある。ここにいるのはもう男ではなくなった宦官だけだが、それでも男と認識されるため、本名は寝所でのみ明かされる。私がかんりの作り笑いを浮かべると、お若い帝はうむ、と重々しく頷く。そして、大広間へ歩いていく私の後に着いてくる。足を一歩踏み出す度に耳飾りが鳴る。やっぱりちょっと緊張する。別に気に入られたい訳じゃない。粗相があったってそこまで困ることはない。大丈夫だ。うん。私は大広間の鶯の模様が描かれた扉を開ける。
「あちらの席にお座り下さい」
麗麗が一番立派な椅子を示すと、帝は黙って頷き、堂々とした姿で席に移動する。帝が座ると、今度は私が向かいの少し豪華な椅子に座る。宦官が出て行き、眞美や麗麗を始めにした侍女たちが料理を長机に置いていく。私が一言も発しないでいると、帝が口を開いた。
「北林からはそなたの情報がない。よって、ここで朕に名を教えよ」
「……北林皇国が第二皇女・寿桜泉と申します。年は数えで十三でございます」
私がついでに年も言うと、帝がふむ、と顎を撫でる。そして、次の質問に移る。
「では、その容姿はなんだ。北林は茶色の髪が主流の国のはずだ。それに反して、そなたの容姿は彗彬の者のように見える」
さすがにこの大国の帝だけあって、各国の人間の容姿は把握済みね。
「私が北林の皇帝の実の娘ではない、と言ったら?」
北林の妃の容姿の特徴まで覚えている?それ以前に、北林の妃は何人?あなたに、大国の皇帝たる素質はある?
「だとしたら、北林に軍事進行するだけだ」
何ですって?大国の皇帝がたかが小国に牙をむくの?送り込まれてきた妃がそこらへんから拾われてきた娘だったら国を滅ぼしにかかるの?こんな人が大国の皇帝……。嫌な予感しかないわ。この人は二年前に皇帝になったばかりで、華栄の治安は今のところ安定している。でも、それだけ。国内のことでは賢帝でも、周辺諸国とのことでは愚帝になる。この人には他の者の立場になって考える能力が備わっていない。これから何人でも妃が送り込まれて、他国との関係を維持することが大切になるかもしれないのに。この人は、駄目だ。今の私でこの人の度量を量るのはここまでで精一杯。もしかしたら、私の勝手な想像かもしれないし、今、帝が言ったことは妃に対する冗談だったかもしれないし、本心かもしれない。それでも、少なくとも今の言葉は愚帝が言う言葉だ。
「そうですか」
私は口から出かかった評価を無理やり飲み込み、自分で思う限り一番美しい笑みを浮かべる。すると、帝の整った唇からほう、という感嘆の声が上がった。
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