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春鶯宮は、名前の通り春のような宮だった。桜が咲き乱れ、春の鳥が鳴いている。鶯が主な鳥だ。ちなみに、この鶯たちは私にこれから仕える侍女たちが化けた姿だ。私が庭園に見惚れていると、大理石のような白い石で作られた宮の奥から25歳くらいの黒髪美人が出てきた。その人は私を見ると、軽く目を見張る。
「まあ、きれいなお妃さまですこと!彗彬の血を色濃く継いでおられるというお噂は本当でしたのね!」
えっと、だれだろう。私が戸惑っていると、眞美がすぐ横に立った。
「はい。あなた様が、準侍女頭の麗麗さまですね」
麗麗さん?準侍女頭の、ってことは、私の侍女なの!?
「リャ、麗麗、よろしくお願いしますね」
私が軽く微笑むと、彼女も微笑み返してくれる。
「はい、鶯妃。こちらこそ、よろしくお願いいたしますね」
その笑みが艶やかで、私は思わず感嘆の声を上げる。すると、麗麗はこてんと首を傾げる。
「鶯妃?どうなさったのですか?宮の奥にお入り下さいな」
その言葉に、私はハッと我に帰って頷く。そして、少し裾の長い着物を踏まないように大きめの池に架かる赤い漆塗りの橋をゆっくりと渡る。眞美が傘を差して日除けをしてくれるので、着物による暑さはあまり感じなかった。眞美に感謝だ。麗麗さんは傘を差していないのに白い肌で、羨ましい。彼女の肌の色は白粉をはたいたような不自然な白さではなく、健康的な白さだ。やっぱり羨ましい。そんなことを考えていると、麗麗がある扉の前で足を止める。同時に、足元についてきていた傘の影が止まる。私も足を止めると、麗麗が扉に手を触れた。すると扉が光出し、両開きになる。私が目を見張ると、眞美が息を呑むのが聞こえた。開いた扉の中に、麗麗は進んでいく。私も後に続き、扉の中に足を踏み入れた。中は祭壇だけがある真っ白な部屋だった。灯りはなく、祭壇の炎だけが目印だ。
「麗麗、ここは……?」
私が尋ねると、麗麗は自分の唇に人差し指を当て、静かにして、という仕草をする。それを見た私は、慌てて片手で口を押さえた。私は麗麗の動きを目で追う。すると、祭壇に跪き、拱手をした。そして、私を手招く。何だろうと思いながら進むと、麗麗が私と向かい合うように座り直した。
「今から、あなたを鶯にします。歴代の鶯妃が、ここで認めてくれるように」
彼女がそう言い終わると、フッ、と祭壇の炎が消えた。それと同時に、私の体内に何かが流れ込んでくるのを感じた。といっても、体が異物と認識するこのない、心地よいものだ。……これが、妖術を使うための力……。その力が流れ込んでくるのが止まると、麗麗が私の手首を取った。何も描いていなかったはずの手首には、見知らぬ鳳凰と鶯が戯れる様子を描いた印が着いていた。
「この鳳凰が帝、鶯があなた様を表しております。少し、質問をよろしいでしょうか」
「えっ、はい」
私が是と言うと、麗麗が頷き、私への質問を始めた。
「先ほど、何かの力がお体に流れ込んできたでしょう。あの時、不快に感じませんでしたか?」
「いえ、全く。むしろ心地よく感じました」
「分かりました。では、今この印が悪魔に見えていますか?」
「いいえ、鶯と鳳凰が戯れているように見えます」
私が二つの質問にそう答えると、麗麗はにっこりと優しげな笑みを浮かべた。
「はい、質問は以上です。問題ありませんね。歴代の鶯妃は、あなたを今代の鶯妃と認めたようです」
えっ何、今の質問って私が鶯妃になれるかの試験だったの?
「麗麗、私はこれから何をすれば?」
気になった私が尋ねると、麗麗が懐から櫛や簪を取り出した。
「あなた様にはこれから、精一杯美しく着飾っていただきます。さあ、祭壇の間を出ましょう。さあ」
麗麗の圧に押され、部屋を出ると、外で待っていた眞美が仏を拝むような顔になっている。これから私がされることを憐れむような生暖かい目だ。
「鶯妃、頑張って下さいましね」
頑張と言うように拳を握りしめる眞美に、私は嫌な予感しかしなかった。
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