2.
短めのお話です。
私の乗った馬車や荷物を乗せた馬車は素早く入国手続きを済ませ、華栄国内に入った。景色は雪がちな北林とは違い、豊かな緑だ。
「桜さま、もうそろそろ到着しますゆえ、表情筋をお締め下さいませ」
眞美の言葉に、私は表情を引き締めた。少し経つと、馬車が音を立てて止まった。
「眞美、到着したのかしら?」
私がわくわくしているのを表情に出さずに言うと、眞美が頷く。
「はい。華栄の後宮ーー華鳥宮です。桜さまがお入りになるのは春鶯宮という宮です。庭園は桜などの花が咲き乱れ、妃たちが鳥の姿で飛び回っているとか」
そんなことを話しているうちに、もう一度馬車が進み始める。すると、馬車の窓の外からたくさんの鳥の鳴き声が聞こえる。たくさんといってもやかましいことはなく、むしろ心地よい鳴き声だ。
「これが華栄の妃にだけ使える妖術……すごいわ!そういえば、帝は鳳凰の姿になれるのよね!?鳳凰なんて見たこともないから、いつかお目にかかりたいわ!」
「そうですね。その際は、ぜひともわたしを隣に置いてください」
私が目を輝かせると、眞美も控えめに微笑む。でも、その後に発せられた言葉に私はぞわりとした。
「ですが、南空の姫ーー鷹妃にはお気をつけ下さいませ。危険な敵だということを、ゆめゆめ忘れぬように」
そう。南の国、南空の姫が、私より一年ほど前に華栄の後宮に入内しているのだ。年の頃は十七で、帝のお渡りは一月に二度ほど。月に二度というと少なく感じてしまうかもしれないが、後宮にいる七十ほどの妃の中では多い方だ。国同士の問題なので愛だの恋だのといった関係で一夜を過ごすことはできず、意に沿わぬ恋をすることもしばしば。そのため、帝が南空の姫・鷹妃と夜を過ごしているのは国のためだと思いたい。そうすると、我が国・北林にとっては都合が良くなってくる。
「ええ、分かっているわ。鶯はか弱いもの。鋭い爪を持つ鷹にはすぐに仕留められてしまう」
聞くところによると、華鳥宮では妃同士で殺し合いをすることがあるらしい。恐ろしいと思ったが、そんな危険な所ゆえに父は私を送り込んだ。それによって私は自由を得た。ちょっとばかり怖いけど、良いことだわ。
「ま、そんな簡単に殺されないけどね」
私は不敵に笑う。すると、眞美が呟いた。
「本当に、家の妃殿下は強かで、か弱さなんて一つもありませんこと」
「あら、お褒めに預かり光栄だわ。でも一応、か弱さはあるわ」
私が筋力の無さとか、運動神経の悪さとか、お化けが少し怖いとか、自分のか弱さを説明し続けると、眞美に遮られる。
「分かりましたから。もう春鶯宮に着きましたよ、鶯妃」
眞美からの私への呼び方が変わる。そうだ。私はたった今から鶯妃。北林の寿桜泉ではない。華鳥宮の鶯妃。昨日までの私はもういない。私は変わるんだ。そう決意をした私は、眞美に手を取られ、宮への一歩を踏み出した。
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