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K~こいつが主人公の予定だったんだけど……

異世界転生ものを見ている読者って、どんな人が多いのだろうか?

ふと職場で弁当を食っている時、そんなことを考えた。

僕と似た人なのだろうか?

それとも全然違う人なのだろうか?

人が娯楽のために物語を選ぶとき、人は自分の憧れに近いものを選ぶ。

そんな話を聞いたことがある。

という事は、僕は異世界転生に憧れているのだろうか。


ぼんやりと考える。

ふと机を見ると、小さい蟻が机の上を歩いている。

そして机の上の箸箱を触角のようなもので探っている。

なにかエサを探しているのだろうか。


僕は芥川龍之介の蜘蛛の糸を思い出した。

たしか、カンダタは、残忍だったが『蜘蛛を踏まずに見逃した』という善行をお釈迦様に評価されて、地獄に落ちた際、蜘蛛の糸で助けてもらっていたな。

僕もこの蟻に米粒でも与えてやれば、どこかで認められて、救われるのかな。

そんな風に考えて、弁当箱から米粒を一つ取り出し、蟻の目の前に置いてみた。


どきりどきり……。

心臓が波打つ音が聞こえる。

たわいもない事なのに、まるで入学試験の合格発表の時のように、

心臓が波を打つ。


僕は蟻の行動をじっと見つめる。

蟻はまっすぐ歩くでもなく、慎重にジグザグに、デスクの上を歩いている。

デスクはグレーのスチール製で昭和の頃から使っているという年代物。

その上に透明のマットが敷かれてある。

透明のマットは色がところどころ琥珀色に変色され、このD工務店が過ごしてきた時代を感じさせる。

蟻は触角をピコピコさせながら、デスクの上を歩いている。


そっちじゃない。

こっちだ。

僕は小さな声で蟻に指示を出す。

こんな事を他の社員に見られたら、なんと言われるか想像もしたくない。


僕はとりあえず、弁当箱に蓋をして、箸箱をセットし、弁当箱をハンバーグのニオイが残るバンダナで包む。

ビニール袋に入れ、デスクの一番下の少し大きな引き出しに弁当箱を戻す。


ふと横を見ると、時計の針は12時54分を指していた。

あと6分で休憩時間は終わる。

今日は午後から斉藤様のお宅に工事の打合せだ。

ずっと蟻を観察している時間はない。


事務所には、今だれもいない。みんな外にご飯を食べに行っているからだ。

みんなギリギリ12時58分に戻ってくる。

12時57分までには、この事態を見届けなければいけない。


時計の針は12時55分を指さした。

あと2分。

あと2分でこの蟻は米粒を持ち上げ、巣に運び帰れるのだろうか。


ようやく蟻は米粒に近づいた。

米粒を丹念に観察している。

これはいける。

よし運びだせ。


(ガタン)

後ろで大きな音がする。

帰ってきたか。


「お疲れっす。おっKだけか。みんなは?」

同僚のSが言う。身長は175㎝ほど、痩せ型だが、筋肉はついている。色が黒く、髪の毛を茶色に染めている。一見ヤンキーのように見えるが、そうではないと彼は言っていた。

どうもサーフィンをやっているみたいだ。彼の車は、オフロードタイプで、天井には、なにかをのせる台のようなものがついていた。サーフボードメーカーのステッカーが何枚も貼られていた。ナンバーも1173だ。ココナッツのニオイ コパトーン グアバとか飲んでる。


「R専務とW部長はスターダストに行っています。他はみんな今日は出先からの直行直帰です」

そう答える。


僕はちらりと蟻の方を見る。

蟻は米粒に見向きもせずに、通り過ぎていった。




なんだつまらない。僕はてっきり蟻が米粒をせっせと運ぶ姿を想像していた。

蟻は身体の50倍のものを運べるという。

みかけによらず怪力なのだ。

そういうわけで、蟻は自分よりも大きな米粒も運べると思っていたが、そうではなかった。

蟻はどうやら、食べ物を選り好みしているらしい。


そういえば、異世界ラノベでは、よく蟻が敵として出てくるな。

蟻の生体に詳しければ、異世界で蟻相手に無双できるのではないか。

そう思った。



もう正直、この世界やだな。

そんな風に思っている。


弟が……

3つ年下なんだけど、

ギャンブルにはまって、あちこちに借金していたのが、先日発覚した。

うちはシングルマザー家庭で、お金に余裕がなく、どうしようか悩んでいる。


僕の貯金と母親の貯金足したところで、到底足りない金額。


未来に期待がもてない。


いつもそうだ。

僕はなにも悪い事をしていないのに、なぜか面倒に巻き込まれる。

親が離婚した時だって、そうだった。


中学2年の時だった。

僕はゲームプログラマーになりたいって夢があった。

子供のころから大好きだったRPG。

あぁいうのを作りたいって思っていた。

しかし親が離婚するって決まって、夢を諦めた。

大学とか贅沢だった。



そんなわけで、知り合いの紹介で、D工務店で働いている。

給料は悪くない。

しかしやはり夢を諦めたっていうのが、喉の奥で小骨みたいに引っかかっている。

それが辛くて、時折絶望を感じる。


……なんだって弟はギャンブルなんかにハマったんだろう。


そういえば、親父もギャンブルにハマって、母親と揉めてたな。


遺伝なのかもしれないな。僕はギャンブルなんかしないから、母親に似たんだろうな。


僕はこういう状況を忘れたいときは、ライトノベルを読むことにしている。

全然違う夢みたいな世界にいけるから。

しかし最近は、ちょっと冷めてきた。

どれもが絵空事でリアルじゃないから。

無双とかハーレム展開とかいいけど、現実的じゃない。

そういう事が気になりだすと、急に冷めてしまう。

たまに絵空事ではなく、本当にありそうな設定だと、ぐっと来る。

その作家は推しになって、要チェックになる。


少ないけどね。

あぁ異世界転生したいな。

そんな風に思う。



そろそろ斉藤様のお宅に訪問しなければ……。

僕は替えの靴下に履き替える。

なんでって?

臭いのかって?

違うよ。

工務店で働いていると、靴下がおがくずまみれになるんだ。

その足のまま、お客さんのところに向かうとダメだって。

社長に怒られるからだよ。


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