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石油王に嫁がせていただきます  作者: 八十八夜
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1話 結婚が決まりました


 結婚と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。

 幸せな生活、祝福、家族、愛……色々あるだろう。

 だが、世の中には望まれない結婚もある。きっと、私たちはそれに当てはまるだろう。


 きっと、彼はこの結婚を望んでいない。

 国同士が決めた結婚に意味はあるが、当人らの気持ちまでは汲み取ってもらえない。

 国のためにと生きてきた私は、この人の妻になれることを光栄に思う。私が結婚をすれば自国の繁栄に繋がり、未来の平和も約束される。

 若いうちに国の王となった彼にもずっと憧れを抱いていた。だから、この結婚の知らせを聞いた時、素直に嬉しいと思った。

 だが、彼はどうだろうか。

 国の平和のため、国の繁栄のためにと連れてこられた女を見て、どう思ったのだろうか……。



 ー数ヶ月前ー



「イラベル! お前の結婚が決まったぞ!」


 国王であるお父様が嬉々としながら報告してきた。

 侍女と楽しくティータイムをしていた私の部屋に飛び込んできたお父様は嬉しそうにしながらとある紙を見せてきた。

 書かれている内容を見れば、婚約における契約事項がずらりと並んでいた。

 この先八十年の和平条約、貿易における取引に使う財や船について、他にも互いの国にとってメリットのある契約内容が書かれていた。

 そして、この契約を結ぶ条件が結婚だった。


「……え、結婚?」

「そうだ! しかも、相手は石油で成功したサラール国のアール王だ。まだ歴史は浅い国だが、安泰しているし我が国でも石油を使って工場を増やせばより繁栄につながる!」


 ここ数年のお父様は、国の繁栄のためにと必死に動いていた。

 私のような王族と違い、国にはまだ貧困で苦しんでいる人も多い。それを助けるためにも国を豊かにし、工場などを増やすことで働き口を増やそうとお父様は考えていた。

 働き口が増えればお金をてにすることができ、工場で生産したもので貿易を盛んにすれば国に入ってくる物資も増える。

 王族は贅沢だと言われているが、国民を思いながら動いているお父様はすごいと思う。

 我が父親ながら、立派な王だ。


「……お前には苦労をかける。だが我が国、テイル王国のために行ってくれるだろう?」


 手元にある紙を見る限り、そこには結婚に対して同意をしたサインが書かれていた。私が結婚だなんて嫌だと反対をしたところでそれは無意味であり、お父様も形だけの確認のつもりで、言質を取りたいだけだろう。

 私は幼い頃から好きな人と結婚はできないとわかっていたし、拒否権がないのもわかっている。本音をこぼせば、この国でずっと生きていきたかった。自国愛はもちろんあるし、街に行けば声をかけてくれる平民も多い。この国の王族として、未来を見届けたいと願っていたが、やはり難しいだろう。


「……もちろんです、お父様。このお役目、しっかりと努めさせていただきます」


 私がそう答えると、お父様は安堵の表情を見せた後、すぐに王妃であるお母様へ報告をしに行った。事後報告で問題はあるだろうが、お母様も王族だ。契約内容を見て国のためになるならと同意をするだろう。

 どうやら見せられていた契約書は控えらしく、私が持っていることになった。

 改めて読み返すと、この結婚で双方に利益が出るようになっている。もし悪いところがあるとすれば、結婚くらいだろう。

 私からすれば、国が豊かになって国民が幸せに過ごせるのであれば結婚でもなんでもする。嫌なことといえば、死ぬことくらいだろうか。


(アール王って確か、十六歳の時に先代の国王が亡くなったせいで一人息子であるアール王が国王に即位したのよね)


 若き国王、アール王はわずか十六歳で国王となった。

 歴史が浅い国ということもあり、若い王である彼は国民からの信頼をすぐには得られなかった。最初の数年は事業も治安も安定していなかった。だが、石油を掘り当ててからは国が急激に発展、繁栄し、近年では注目されている国だ。

 まだ治安が荒れているところもあると聞いたが、最初の頃よりかは随分と豊かな国になったと聞いた。


(石油王、ってやつかしら)

 

 ぼんやりと思い出せる言葉。

 これは前世の記憶から知った言葉だ。

 私は幼い頃に高熱で三日三晩苦しみ、生死を彷徨った。その間は自分の頭に大量の記憶が流れていて、幼い子どもの脳では処理しきれないほどの量だった。どうやら前世の私は’オタク’という人種だったらしい。よくわからない言葉を話すその人の記憶は、年齢を重ねるごとに理解ができるようにもなっていた。今でもわからない言葉は多くあるが、石油で富を得た人のことを’彼女’は石油王と言っていた。


(この記憶が役に立つ日は果たして来るのかしら……?)


 首を傾げていると、一緒にお茶を嗜んでいた侍女のクロエが震えながら涙を流していた。


「ま、まさかお嬢様が結婚だなんて……! あんなにも小さかったお嬢様が!」


 この様子を見るに、感動で泣いているのだろう。

 クロエは、私の乳母みたいな存在だ。王妃として国のために忙しなく働くお母様の代わりに私の面倒を見てくれた。

 第二の母のような彼女からすれば、結婚と聞いて嫌な顔はしないだろう。


「このクロエ、嫁ぎ先までついていきお嬢様の侍女をやらせていただきます!」


 泣きながら話す彼女は、本当に私のお母様と同世代なのだろうか。

 でも、見知らぬ土地に一人で行くよりもクロエがいたほうが私も心強い。


「……本当にいいの? 私についてきたら、ここに帰ってこられるのはいつになるかわからないわ」

「私は、お嬢様が生まれた時に一生ついていくと誓いました。この決意は、今でも変わっておりません」

「そう……ありがとう、クロエ」


 彼女の強い決意に心の奥が温まる。

 そうとなれば、荷造りを始めなければならない。契約書を見る限り、結婚の義まで数ヶ月もない。

 荷造りもだが、あちらの国のことも学ばなくてはならない。言語も学んだことはあるものの、完璧に話せるわけではない。母国語のように扱えなくても、日常会話で困らないくらいにはしておきたい。

 忙しくなりそうだな、と思いながらため息を吐く。

 でも、結婚相手に対しての不満はない。

 この契約を結ぶくらいだから、彼も自国愛は強いのだろう。若いうちから国王という重い責任を背負っている彼にはたくさんの苦労もあったと思う。そんな彼を私は尊敬しているし、私と結婚をすることでお互いの国がより良くなるなら不満はない。


(恋愛結婚はできないだろうけど……家族愛は生まれると思いたい)


 結婚に恋愛は必ず必要というわけではない。

 でも、互いに尊敬の気持ちがあれば支え合い、家族としての情は生まれるかもしれない。国を治めていくのであれば、家族同士の連携は必要だろう。

 嫁いですぐに仕事をさせてもらえるとは思わないが、少しでも手伝えることがあればやりたい。

 そのためにも、早速準備をしなければならない。


「クロエ、サラール国のことが書かれている文献を片っ端から頂戴。翻訳もしたいから、できれば辞書と……サラール国の言語で書かれているものならなんでもいいわ、それも用意して」

「かしこまりました、お嬢様。直ちに用意させていただきます」


 一礼をしたクロエはすぐに部屋を出ていき、文献などを探しに行った。

 やることは多い。サラール国に行けばクロエと私以外にテイル王国の人はいないだろう。文化も言葉も違う土地で、心から信頼できるのは自分たちだけ。クロエもあちらではどう扱ってくれるのかわからないし……いつでも助けられるようにしておきたい。

 急な結婚を意外にもすんなりと受け入れている自分に驚く。これが、育ってきた環境というものかしら。

 とにかく、私には私のできることをやっておこう。

 どうか、お互いの国にとって良い結婚となりますように。

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