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R SQUARE  作者: 色葉もへじ
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0.0 堕

 それは偶然の連続だった。まさに天文学的確率。

 本来あり得ないことが自分の周りを支配し、予想なんて意味はなく、事実が濁流の様に押し寄せる。

 不幸も、悲劇も、窮地も、そして流されるままに流された先で。


 それでも自分の意志を捨てなかったから。



 「奇跡」っていうのはきっと、こういうことを言うんだと思う。



 


 夏休みが終わっても未だ夏の暑さが感じられる8月の下旬。他の生徒が下校や、部活動に勤しんでいる中、俺は担任教師の明石に進路指導室へ呼び出されていた。

浮野(うきの)。呼び出された理由は分かっているか?」

 怒りというよりは呆れが表に出ている先生の表情。

 真っ先に思い浮かんだのは期末試験の結果だった。

「成績が下がってる件ですか?」

「...それもそうだが、それじゃない。今日『この学校の生徒が深夜に徘徊している』と警察から連絡がきた。心当たりはあるな。」

 成程、その件か。

 特段隠す必要のない俺は素直に頷く。

「警察の人から既に言われたと思うが、未成年の午後11時以降の外出は特別な理由がない限り禁止されている。しかも今回が初めてじゃないらしいな。」

「公園で空を眺めていただけです。それの何が悪いんですか。」

「お前なぁ、補導された上にその態度はなんだ。反省してるのか。」

「ちゃんと質問に答えてくださいよ。別にタバコ吸ってたとか、街で騒いでたとか、喧嘩したとか。そういったことはしてないし、昨日は星が綺麗に見えたから公園にいただけなんですよ。」

 実際にこれは警察にも言ったことだ。それでも「規則だから」と俺は補導を受けた。

 そして今ここに呼び出されている。

「残念ながらそれは理由にはならない。深夜徘徊を禁止しているのは若者を犯罪から守る為の措置だ。浮野が何もしていなかったというのは免罪符でもなんでもない。」

「先生のその『犯罪』って何のことです?もしかして恐喝とか暴行?誘拐とか?所持金も無くて、身代金を払ってくれる人のいない俺が?」

「一方的な暴行。集団リンチ。誘拐だって理由は様々だ。この世の犯罪が全て金絡みとは限らないんだよ。先生だって生徒がそんな目に合ったら悲しい。」

「なら先生は俺が死んだら、それを引きずって何日も、何か月も、何年も悲しんでくれますか。長くても一週間後には俺のいない生活にも慣れてますよ。所詮まだ1年とちょっとの関係でしかないんですから。」

「....そうだな。先生は浮野の親代わりにはなれない。だが、それがどうした。お前はその頭で自分の言っていることがただの自暴自棄な言い訳でしかないことぐらい理解出来てるだろ。」

「....。」

 話は済んだ。そう言わんばかりに先生は持ち物をまとめ始める。

「まぁ兎に角だ。これから天体観測は家でやれ。何度も続ける様ならこちらも然るべき措置を取らざる負えなくなる。」

「....家には帰りたくありません。」

「本音はそれか。」

「あんな場所は俺の家じゃない。」

「私も事情は知っている。だから今回も大目に見てる。まぁ堪えることだ。その家にも、事実にも。」

 


 俺には両親がいない。

 もう死んだ。

 父は火事に巻き込まれて、母は行方不明。

 ただただ事実だけを陳列され、「すまない」とか「最後まで立派だった」とか「両親もそれを望んでいる」とかを言われ続けた。しかし手を伸ばしてくれる人間は一人としていなかった。

 強いて言えば、明石先生ぐらいか。

 俺みたいな生徒を任された彼女には申し訳ないと思っている。

 事実がどうしようもないから、逃げてるだけなんです。

 無力な自分が受け入れられなくて、吠えているだけなんです。

 死にたくないから、生きているだけなんです。

 本人には伝えられない懺悔を心の中で唱え続ける。

 

 最近、クラスメイトと話すことを止めた。

 くだらないことで不幸を嘆いている人間に耐えられなくなった。俺を対等に扱う人間がどうしようもなく恵まれている人間に見えて仕方なくなった。

 何時しか、俺の噂がクラスで広まった。俺の明らかに変わった態度に対し、理由を探した末に見つけたんだろう。

 それからは同情の目線が俺に降り注いだ。

 逃げ込んだのは無人の家。

 耐えられるはずもなかった。 

 





 夜中の公園は好きだ。何故なら今のここは”誰かがいる場所”ではなく、”誰かがいるべき場所”でもないから。

 それでいて星がきれいに見える。

「君、昨日もここにいたでしょ。学校で指導されなかったの?」

 時刻は11時ちょうど。待ち構えていたかの様に警察はここに現れた。

 昨日の今日なこともあったからだろう。

「警察さん....。補導の前に少し、ここで話しませんか。」

 俺がベンチの横に誘うと、警察の人はすんなりとそこに座った。

「警察さんは、結婚してるんですね。」

 薬指の指輪を見て俺は言う。

「警察さんじゃなくて、坂本でいいよ。それで?」

「いや、別になんてことはないんです。警察って仕事をしながら結婚して...坂本さんは子供いるんですか?」

「まだいないよ。」

「作る予定は?」

「そろそろかなとは思っているよ。」

 俺はただ、淡々と質問を投げかけた。

 それに彼は誤魔化すことなく応じてくれた。だからこそ俺も正直に思ったことを言おうと思う。

「やめた方がいいです。それは貴方もその子供も不幸にします。」

 この言葉に初めて彼は言い淀んだ。

「...それはどうして?」

 その言葉には少しばかりの怒りの感情が見て取れた。

「単純な話です。警察って仕事は命がけだ。もし坂本さんが目の前に救うべき人がいて、しかし自分が死ぬかもしれないって状況に置かれたらどうします?」

「....それは。」

「助ける為に自分が死んだら子供が不幸になる。しかし助けなければ警察としての貴方は死んだに等しい。自分が命がけの仕事をしていて、そして大切な人がいるということを忘れないでください。この二つは決して両立できない。もし両立しようとした先に待っているのは....俺です。」

「君の父は警察?」

「いや、消防士です。母は紛争地帯の支援活動をしていました。」

 その言葉に俺の境遇を彼は悟ったのだろう。

 二人の間には沈黙の時間が訪れた。互いに何を言うでもなく、ただじっと何もない公園を眺めている。

 暫くして俺は口を開け、そして過去を語った。

 父は消防士として、多くの人を救っていた。オレンジ色の服に身を包み、炎の中に飛び込む父の背中は俺の誇りだった。しかし、ここから少し遠くの場所で大きな火災が起きた。その規模から様々な場所から消防隊が派遣され、消火活動にあたった。父は救助活動の最中で子供を助ける為に瓦礫に潰されたらしい。

 母は外国で貧困層に向けた支援を行う法人に所属していた。今でも知らない土地から感謝のメッセージカードが届く。人種、言語、文化。全てが違う彼らを母は平等に救おうとしていた。そんな中、突如として武力衝突が起きた。それからのことは誰も正確には分からないそうだ。ただ証言として、俺の母は銃撃戦の中、負傷者の治療を敵味方関係なしに行っていたそうだ。事態が鎮静化された後、母の死体は発見されず、行方不明として処理された。現地での救助活動がどこまで進行しているのか、そもそも行われているのかは俺の知るところではない。

「俺は両親の遺骨すら見れてない。最後の言葉だって言えていない。」

 父の葬式の日。多くの消防士が俺のところを訪れた。父は人一倍正義に燃えていた人だったそうだ。

 母の行方不明が知らされた日。同じ団体の人間が母を称えた。母は誰にでも優しく接する人だったそうだ。

「最初、指導されなかったのかって聞きましたよね。されましたよ。俺の言葉は自暴自棄な言い訳と言われました。現実はこんなにも非常で理不尽なのに、俺の自暴自棄は許されないみたいです。」

 俺の言葉に彼は沈黙してしまった。

 それも当然だ。寧ろすぐに返答されるものなら、俺はこの人を心の底から嫌悪する。

「すみません。同情させて許して貰おうって訳じゃないんです。ただ、最近....自分が少しずつおかしくなっていく実感があるんです。体調が悪いわけでもないのに意識がはっきりしなかったり、頭が破裂しそうなぐらい痛くなったり。多分メンタルが限界なんでしょうね。」

 自虐気味に笑って見せる。

 しかし反応はない。深く考えてくれているみたいだ。

浮野辰(うきの たつる)君だったよね。僕は、君に言えることがない。どの言葉も僕が君にかける言葉は上から目線で、無責任な言葉になってしまう。」

 彼は俺の手を握り、そして力を込める。力強く、そして温かい彼の手。そしてまっすぐこちらを見る瞳。

「だから、その言葉が見つかるまで話そう。お互いに答えが見つかるまで。」

 俺の目元には何時しか涙が溢れていた。

 彼の持つ熱が、俺にも伝わったんだと思う。


 その時、坂本さんの胸元にあるトランシーバーが音を発した。

「.....ビル......窓.......通報......」

 雑音が多く、俺は上手く聞き取れなかったが、坂本さんはそれに「坂本 了解」と応じた後にベンチから立ち上がった。

「どうやら命懸けの仕事が僕をお呼びみたいだね。」

 皮肉が効いた言葉を吐いて、坂本さんは俺に手を振りながら現場へ向かっていった。

 それでも俺には分かっていた。

 坂本さんはまた会って話そうと言ってくれたんだ。と。

 そういえば、自分の境遇を自分の口から話すのは初めてだな。

「....こんなにも、心が軽くなるんだなぁ。」

 星の広がる公園で、俺は空に向かってそう言った。
















 





 それが、俺と坂本さんとの最後の会話になった。

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