第69話 事件の幕引き
大広間は地獄絵図と化していた。逃げ出したググトはあまりの空腹に戻ってきて、倒れている元監察警官たちに襲い掛かった。元監察警官たちはもう何の抵抗できず、ググトの餌食になった。ググトたちは空腹を満たすために血をすすり、その肉をほおばっていた。
ナツカたちは見つけ次第、ググトを殺処分にしていった。そこにいるググトはドラッグに侵され、毒消し草も効果がない。やがては禁断症状で死にいく運命ではある・・・。
ダイは足を引きずりながらもやっとのことで大広間に戻って来た。そこには戦い終えたナツカたち保安警察官とリーモス、そして東山刑事と大城取締官、上野取締官が待っていた。ナツカはダイがかなり負傷していることに気付いた。
「管理官、大丈夫ですか?」
「ああ。何とかカートを捕まえた。向こうの部屋に拘束している。ナツカ。現状は?」
「倒れた元監察警官をググトが襲いました。なんとかググトを始末しましたが、生きている元監察警官は2名だけです」
「そうか・・・彼らも犠牲になってしまったのだな」
ダイはそっと手を合わせた。それを見て他の者も手を合わせた。見方によっては彼らもカートの野望に巻き込まれた犠牲者だから・・・
ダイはそばにいたリーモスに声をかけた。
「リーモス。助かった。ありがとう」
ダイは右手を出した。
「いえ、それほどのことは・・・役に立ってよかった」
リーモスも手を出して握手をした。そしてダイはミオの方を向いた。
「よく来てくれた。でもどうしてここが?」
ミオが答える前に一人の男が大広間に入って来た。
「私が案内したのですよ」
それは森野刑事だった。
「気絶して目覚めた時、あなたたちはトラックに乗せられていくところだった。私は追跡した。でもどうやって奴らから助け出そうかと・・・。するとそこにミオさんから電話をもらったのです」
「この世界に来て知っている人と言えば森野さんだけだったから。ちょうどよかった。森野さんに連れて来てもらったのです」
それでミオとリーモスはここに助けに来ることができたのだ。
「間に合ったと思ったのですが・・・」
リーモスが壁際の方を向いて気の毒そうに言った。
「一足遅く、沙羅さんがあんなことに・・・。彼女のご遺体は結界でググトから守りました。あそこに・・・」
沙羅は壁際に横たわっていた。両手を胸の上で組んで目を閉じて安らかな顔をしている。
(沙羅! 君はもう僕に声をかけてくれないのか・・・)
ダイは足を引きずりながら沙羅のもとに行き、ゆっくり膝をついた。沙羅の顔を見ると彼女との思い出が脳裏によみがえる。初めて会った時、2人で食事をとったこと、一緒に三下高原を走ったこと、モーツェイカを共に吹いたこと、別れの口づけ・・・。ダイは彼女を抱き上げた。
「沙羅。また会えたのに、もう君には会えなくなる・・・。すまなかった。君を守ると約束したのに・・・」
ダイの涙が沙羅の顔に滴り落ちた。すると沙羅は顔をしかめた。よく見るとかすかに息をしている。
「えっ! 生きているのか! 沙羅! 沙羅! しっかりしろ!」
その言葉に沙羅は目覚めた。沙羅は奇跡的に生きていたのだ。
「ここはどこ? 天国なの?」
ダイの顔を見て沙羅はそう言った。
「違うぞ! 生きているんだ! 沙羅!」
「えっ! 本当だ!」
「よかった! 生きていたんだ!」
ダイは沙羅を抱きしめた。沙羅はうれしそうに笑っていた。
◇
これでようやく今回の事件は終わった。だが犠牲者は多かった。カートがこの世界にググトを連れてきたために多くの人たちがその餌食になった。そして藤堂や橋本取締官、そしてこの世界に来た元監察警官たちも・・・
結局、助かった元監察警官はカートを含めて4名のみ・・・彼らは魔法の首輪をはめられ、拘束魔法をかけられた。そして魔法でぐっすり眠らせている。
これで恐るべきドラッグ「レインボー」の根は絶たれた。もう製造されることもないだろうし、中毒者も毒消し草で回復するに違いない。だがレインボーによる犠牲者もかなりの数に上ることは確かだった・・・。
大城取締官たちにより今回のレインボーによるドラッグ事件は立件された。だが被疑者死亡により捜査は終了した。その調書では異世界のことは言及されていない。藤堂が主導して未知の植物を栽培、精製、ドラッグを製造販売したことになっていた。そしてそれに関わった人物はすべて未知の生物による外傷で死亡とされた。ただ野村雄一はこの事件に関与せず、未知の生物に殺害された被害者ということになっている。なお斉藤直樹は行方不明のままである。数年後には失踪宣告を受けることになるだろう。
現実世界ではこの事件はこうして幕を下ろした。
◇
ダイやナツカたちはすぐに異世界に帰ることになった。ワームホールが開くのがその日の夕方だったからだ。急がねば次元の穴を埋められてしまう。
森野刑事たちが見送りに三下山に来ていた。
「君たちには大変世話になったな」
「いいえ。私たちこそ。皆さんに協力していただいて助けていただきました」
「もう大丈夫だね」
「はい。カートたちは眠ったまま向こうの世界に連れていきます。必ず罪を償わせます」
「頼むよ。こちらの世界では無理だから」
「任せてください。では・・・」
ナツカたち保安警察官4人とリーモスは森野刑事と東山刑事、そして大城取締官と上野取締官とそれぞれ別れの握手した。
「それはそうと、ダイさんは? 沙羅さんもいない」
森野刑事がそれに気づいて辺りを見渡した。
「それは気を利かせませんと・・・」
ミオは上の方を見上げた。
「そうだな。2人きりにしてやらないとな」
森野刑事も大きくうなずいた。
◇
ダイと沙羅は三下山の上の方にいた。2人は誰も見ていないところで口づけを交わしていた。真っ赤な夕陽が熱い2人を照らす。それはしばらく続いた・・・。
「ダイ。また会えてうれしかった。短い間だったけど・・・」
「ああ、それにピンチの連続だった。ゆっくり話すことはなかったな」
「私は会社の社長になったのよ。SARAブランドを復活して・・・」
「僕は管理官として新たな部署で勤務している・・・」
2人は抱き合いながら、別れてから身近で起こった話をした。
「君はがんばっているんだな。あの時に言ったとおりに・・・」
「あなたもそうよ。管理官としてしっかりやっている・・・」
2人は見つめ合いながら、また口づけした。もうワームホールの開く時間が近づいている。
「ダイ。やはり行くの?」
「ああ、僕には任務がある。放り出せない。君は?」
「私もそう。会社を再建しないといけない・・・」
2人は抱き合うのをやめて離れた。
「僕たちは別の世界の人間だ。それぞれの道を行くしかない」
「そうね。でも私はあなたと会えてうれしかった。今までで一番幸せだった」
「それは僕も同じさ。君との出会いはきっとこれからも忘れないだろう」
やがて下の方で虹の光が輝きだした。カートたちを入れたケースとともにナツカたちがその穴に吸い込まれるように消えていった。もう別れの時が来たのだ。
「じゃあ、行くよ。お別れだ。沙羅。元気で」
「ダイ。さようなら。愛している」
ダイはワームホールに向かって歩き出した。だが途中で急に立ち止まった。
「どうしたの?」
「沙羅。1年後、まだ僕のことを覚えていたらここでモーツェイカを吹いてくれ。僕も向こうの世界の三下高原でモーツェイカを吹くから」
ダイは振り返らずにそれだけ言って走っていった。虹の光は怪しく瞬いている。ダイはそこに飛び込むように消えていった。そしてその虹の光は消えてしまった。もう2度と現れることはないだろう。
「ダイ・・・」
沙羅はつぶやいた。涙がこぼれそうになるのを必死に止めていた。
「私は泣かないわ。もう2度とあなたには会えないけど・・・。でも後悔しない。これからは前を向いて生きないとね。あなたもよ・・・」
沙羅はそっとため息をついて三下山を下りて行った。山を真っ赤に照らす夕陽はもう沈もうとしていた。しばらくすると空に星がきらめくようになる。異世界と同じ星々が・・・。
三下山はこれから木々が紅葉して、やがて冬を迎える。そうなればこの山に登る者もなく、ここは静けさに包まれる。そして三下山から起きた一連の事件は少しずつ忘れられ、やがて人々の記憶から消えていくだろう。




