第65話 平良丘
カートはずっと不機嫌だった。沙羅を殺せなかったばかりか、せっかく手に入れた重要なものまで持ち去られてしまった。
「役立たずどもめ!」
そう《《ぶつぶつ》》とつぶやいていた。そこに連絡が入った。それを受けてカートはニヤリと笑った。
「どうかしましたか?」
そばにいた藤堂が尋ねた。
「うむ。奴らは動き出した。こっちも手を打たねば。藤堂、何名かを連れて例の場所へ行け!」
「あそこに?」
「そうだ! これですべて終わる。フフフ・・・」
カートは不気味に笑いだした。
◇
ワゴン車が平良丘に到着した。そこは鬱蒼と木々が茂り、人があまり来ない場所だ。だからこそ魔人草の栽培に適しているのかもしれない。
ダイたちはワゴン車を下りて木々の間を割って歩き始めた。沙羅がその後について行く。やがて開けた場所にたどり着いた。木がなく、辺り一面に背の高い草が生えている。まるで三下高原のようだと沙羅には思えた。ダイがその草を調べた。
「やはり魔人草だ」
「するとここで栽培してどこかで精製してドラッグにしているのでしょう」
「多分、そう遠くないところだ」
ダイはナツカとそう話している。沙羅はなぜか嫌な予感がしてダイに聞いてみた。
「ねえ、誰もいないみたいだけど」
「ああ、下手に人の姿があったら目立つからだろう。多分、工場もこの近くにあるはず」
するとナツカが双眼鏡に様なものを魔法の袋から取り出した。彼女はそれを目に当てて四方を探った。
「向こうに建物が見えます。遮蔽はされていないようです」
「わかった。行ってみよう」
すると少し離れたところに丸太小屋があった。中には小規模ながら精製する機械が置かれていた。
「ここでドラッグの試作を重ねていたのだろう。大量生産に向けて」
「ここを押さえられたらカートには大打撃です」
「それはこちらの世界の方々にお任せした方がいいな。森野刑事たちは来ていないのか?」
ダイはやって来た方向を見た。するとやっと東山刑事と大城取締官と上野取締官がたどり着いた。
「ここですか?」
「はい。魔人草を栽培してここで精製してドラッグを製造しているようです。まだ小規模のようですが」
ダイが説明すると大城取締官と上野捜査官は興味深そうに調べ出した。
「そういえば森野さんはどうしたのですか?」
ここに来たのは3人だけだったのでダイが尋ねた。
「森野さんには念のため、道を監視してもらっています。奴らが来たら知らせるように。でもあまりにも険しい道だったから下に残りたかったようですよ。森野さんも年だから。ははは」
東山刑事は笑って答えた。
◇
森野刑事は平良丘の下で車の中から道を監視していた。
「まあ、今回は大丈夫だろう。捜査は麻薬捜査部がするし。俺はここで一休みだ」
すると1台の車が走ってきて停まった。そして中から背広を着た若い男が降りてきた。森野刑事は車を降りて、その男に警察手帳を見せた。
「警察です。これから先に入るのはご遠慮ください」
「ご苦労様です。私は麻薬捜査部の橋本です。ドラッグの捜査をしているというので・・・」
橋本捜査官も麻薬取締官証を見せた。
「これはどうも。私は城北署機動捜査課の森野です。何かご用でしょうか?」
「いいえ。私も現場を見たいと思いますので・・・」
「では大城さんに連絡します」
森野刑事がスマホで連絡しようと後ろを向いた。すると橋本取締官が後ろから思いっきり殴りつけた。不意を突かれた森野刑事は抵抗もできずに気を失ってその場に倒れた。橋本取締官はニヤリと笑い、森野刑事の背広の下を探って拳銃を取り出した。
「これでよし!」
橋本取締官は奪った拳銃をポケットに押し込んだ。すると彼の前にトラックが走ってきて停まった。中から男たちが降りてくる。もちろん藤堂も・・・。
「さて。これからが腕の見せ所だ」
彼はまたニヤリと笑うと木々の中を分け入った。
◇
橋本取締官はまっすぐ丸太小屋に来た。そこでは大城取締官と上野取締官が調べている。
「大城さん」
橋本取締官は声をかけた。すると大城取締官は彼に気づいた。
「橋本君。どうしたんだ? こんなところに来て」
「レインボーについて重要な証拠がつかめるというのでやってきました」
「どうしてそれを?」
「会議室の机の上に放りっぱなしでしたよ」
沙羅はその近くにいた。橋本取締官は彼女にも声をかけた。微笑みながら・・・。
「これはどうも。麻薬捜査部の橋本です。あなたは確か斉藤沙羅さん。私はあなたのお兄さんの直樹と仲が良くてね」
「兄のことをよく知っているのですか」
「ええ。直樹の話でもしましょうか」
沙羅は話を聞くために橋本取締官のそばに行った。その時だった。ダイたちが血相を変えて走って来た。彼らは近くに人のいる気配を感じてこの丘の周辺を探っていたのだ。そこで何かを発見したようでかなり慌てていた。
「沙羅! 離れるんだ! その男から」
「えっ! どうして?」
「下で森野刑事が倒れていた。多分、その男がやった!」
それを聞いて橋本取締官は沙羅を後ろから抱え、ポケットから拳銃を取り出してそのこめかみに当てた。
「動くな! 動けばこの女が死ぬぞ!」
そうなるとダイたちでも手が出せない。
「よくやったぞ!」
その声は藤堂だった。遮蔽魔法で近くで隠れていた藤堂と元監察警官が姿を現した。彼らはダイとナツカ、ロークにラオンに拘束魔法をかけ、すぐに魔法の首輪をはめてしまった。これで魔法が使えなくなり、身動きができなくなった。
一方、大城取締官は目を見開いて驚いていた。有能な橋本取締官がいきなりそんなことをしたのだから・・・。彼は立ち上がってそばに行こうとした。
「橋本君! 一体、どうしたんだ!」
「動くな! 3人とも手を挙げて出て来い! そこに並ぶんだ!」
大城取締官と上野取締官、そして東山刑事が両手を上げて出てきた。藤堂が東山刑事から拳銃を取り上げて、元監察警官が3人に拘束魔法をかけた。そして続いて沙羅も・・・。
「これで片付いた。フフフ・・・」
この成果に橋本取締官は笑いが止まらなかった。大城取締官は彼の裏切りに腹を立てて大声を上げた。
「橋本! いつから組織と通じていたんだ!」
「いつから? ずっとだ。元々、藤堂から情報提供を受けていた。見逃す代わりにな。だが奴はうまい話を持ってきた。異世界で新しいドラッグができたとな。だから協力して分け前をもらった」
「あなたっていう人は!」
それを聞いて沙羅は憤りを覚えた。兄と同じ麻薬取締官でありながら組織に手を貸すとは・・・。
「恥ずかしくないの! あなたがしたことでどれだけの人が苦しんだか!」
「ふふん。何とも思わないな。おまえは兄貴に似て硬いな。だからあんな目に遭うんだ!」
「何ですって! 何か知っているの!」
「ああ。お前の兄はあのドラッグのことをかぎつけた。それに麻薬捜査部を挙げて捜査しようとしていた。だから藤堂のことを教えたんだ。多分、奴は藤堂を追って異世界に行ってしまうと。目論見通りだった。後は奴が調べた資料を処分してしまえば、特に問題はなくなった」
橋本取締官が直樹をはめたのだった。そのために直樹は・・・・そう思うと沙羅の怒りが爆発した。
「あなたが仕組んだのね! 許せない! 絶対許せない! この卑怯者!」
すると橋本取締官もカッときて沙羅を殴った。
「だまれ! おまえのおかげで組織は大打撃を受けた。この報いは受けてもらうぞ!」
そう大声を上げて沙羅にまた手を上げようとする。
「やめろ! 彼女を殴るなら俺を殴れ!」
ダイが叫んだ。それを聞いて橋本取締官は殴るのをやめ、ダイの方を向いてニヤリと笑った。
「そうせかさなくても大丈夫だぞ。おまえたちはカート様のところに連れていく。そこでむごい目に遭うだろうな。フフフ・・・」
さすがにダイもどうすることもできなかった。頭の中でこのピンチを脱する方法を考えてはいたが・・・。




