第62話 真実とは
雄一は沙羅を連れて三下山に来た。今日はふもとの方にワームホールが開くので、あまり山を登らなくても済む。
(これで沙羅は俺のものだ! 誰も邪魔させない!)
雄一はそう思ってワームホールの開く場所に急ごうとした。するとその前に人影が現れた。
「沙羅を返してもらうぞ!」
それはダイだった。もしかして雄一が沙羅を無理やり向こうの世界に連れていこうとしているのかもしれないとここで網を張っていたのだ。
「そうか。でも彼女はおまえと一緒にいたくないようだ」
「なんだと!」
すると沙羅がダイに向かって声を上げた。
「そばに来ないで! 私にかまわないで!」
「僕は君を助けに来たんだ!」
ダイは沙羅に訴えた。だが沙羅は感情を高ぶらせて大きな声を上げた。
「あなたがどんなことをしてきたか、知っているのよ! 恋人の沙羅さんを殺して、彼女に似た私を追い回した。しかも兄さんまで殺して・・・。それでこの世界に逃げてきたのよ。それでもまだ私に付きまとおうとするの!」
「沙羅。何を言っているんだ!」
「沙羅? 私はユリよ! あなたこそ何を言っているの? とにかくここから消えて!」
沙羅の目は憎しみの炎で燃えていた。ダイはそこで気付いた。雄一が沙羅におかしな記憶を植え込んだのだと・・・。
「おまえ、沙羅に何をした!」
「何のことだ?」
「沙羅に嘘の記憶を入れたな!」
「さあ、そんなことができるのかな?」
雄一はとぼけた。
「わかった。それなら僕なりの方法で彼女の記憶を取り戻させる。本当の記憶を・・・」
ダイはそう言ってモーツェイカの笛を取り出した。
「沙羅! これがわかるだろう。君は兄が失踪して落ち込んでいた。だがこの笛の音を聞いて元気づけられたんだ」
ダイはそう言ってモーツェイカであの曲を吹いた。物悲しくも生きる希望を与え、魂に訴えかけるメロディーを・・・。
沙羅は目を背けて聞こうとしなかった。だがそのうちその曲に引きつけられていった。すると様々な記憶が湧きあがって来た。それは雄一が教えた偽の記憶ではなく、本当に体験した真の記憶が・・・。
「ダイ・・・」
沙羅の目から涙がこぼれ落ちた。
(これはまずい! 沙羅が本当のことを思い出してしまう! やめさせなければ・・・)
雄一はそう思って密かに呪文を唱えた。
「トルネードバスター!」
「うわっ!」
不意打ちを食らったダイは吹っ飛ばされて地面に叩きつけられた。そのダメージで立ち上がることはできない。曲が途絶え、沙羅はまたうつろな目に戻った。
「さあ、ユリさん。仇は倒れている。今がチャンスだ。お兄さんを殺された恨みを晴らすがいい」
雄一は懐から警棒を取り出して伸ばすと、沙羅に渡した。
「ええ。やるわ!」
沙羅は警棒を手に持つとダイに近づいて行った。
「沙羅! やめるんだ!」
「私は沙羅じゃない。沙羅さんはあなたが殺したのよ!」
沙羅は大きく構えるとダイに打ち込もうとした。だが・・・なぜか手が動かない。
「どうしたんだ。ユリさん。仇は目の前だ」
雄一が声をかけるが沙羅の手は動こうとしない。彼女の心がそれを止めているのだ。
「沙羅。わかってくれ。君は奴に騙されている。思い出すんだ。異世界に来て僕に会ったことを。いっしょに暮したこと。カートを倒したことを。それにあの別れも・・・」
ダイは沙羅に訴えかけた。すると沙羅の頭にその記憶の断片が再び映し出された。
「ユリさん! 奴の言うことなんか聞くな! 嘘を言っているんだ!」
雄一も負けずに沙羅に声をかけた。
「私、わからない・・・。本当はどうなのか・・・」
沙羅は警棒を放り出して頭を抱えた。
「沙羅! 僕を信じてくれ。僕は君を愛している。君も僕を愛しているはずだ。記憶が消えても心の中にはその感情は残っているはずだ」
ダイは沙羅を見つめてそう言った。それで沙羅の心は揺れ動かされていた。それを見ていた雄一は焦っていた。沙羅が本当の記憶を取り戻そうとしているようで・・・。雄一はダイに近づいた。
「こうなったら俺が始末してやる! ユリさん。そこをどくんだ!」
すると沙羅は両手を広げてダイをかばっていた。
「いやよ! この人は悪い人じゃない!」
「いいからどくんだ! 俺が君に代わって叩きのめすから!」
「やめて! どうしてそんなことをするの!」
沙羅はあくまでダイをかばおうとする。そのうちに足音が聞こえてきた。ナツカたちが駆けつけてきたのだ。そうなると多勢に無勢、雄一は逃げねばならない。
「邪魔が入った。命拾いしたな! さあ、来るんだ!」
「やめて!」
雄一は嫌がる沙羅の手を引っ張った。沙羅はダイに悲しげな視線を送りながらそのまま雄一とともに行ってしまった。
「沙羅・・・・」
負傷しているダイはそれを見ているしかなかった。彼は無念のあまり両手で土をつかんでいた・・・。
しばらくしてナツカたちが三下山に到着した。倒れているダイを見て駆け寄って来た。
「管理官! 大丈夫ですか?」
「雄一にやられた。動けない」
「すぐにヒーリングします」
ラオンが倒れているダイを抱き起して、ナツカとロークがヒーリング魔法をかけた。
「沙羅は雄一に連れさられた。偽の記憶を吹き込まれて・・・」
「そんなことが・・・」
「だが沙羅は思い出しつつある。頼む。沙羅を追ってくれ」
「わかりました。ロークとラオンは追って。まだ遠くへは行っていないはず」
ナツカの指示でロークとラオンはその場から走り去った。
◇
雄一は嫌がる沙羅の手を引っ張ってひたすら逃げていた。すると前方から、
「どこに行こうというのだ?」
という声とともに男が姿を現した。雄一は驚いて思わず声を漏らした。
「ど、どうしてここに!」
その男はカートだった。鋭い目つきで雄一を見据えている。雄一はあわてて横や後ろに逃げようとしたが、その方向からは元監察警官たちが現れた。2人は完全に包囲されたのだ。
「裏切りは許されぬ。ボスよ! わかっているだろう。おまえに待っているのは死だ!」
カートは冷ややかに告げた。雄一がボスだったのだ。それが異世界での彼の名前だった。その彼がこの世界に派遣され、主導してアルカンシェルという密売組織を作り上げたのだ。
「お、お許しを・・・」
カートから死を宣告されて、雄一はガタガタと震えながら土下座をした。死の恐怖が完全に彼を支配していた。カートの圧力の前では沙羅を連れて逃げる気など、もうどこかに吹き飛んでしまっていた。
カートは静かに言った。
「おまえの役目はわかっているはずだ。それを裏切ったのだ」
「そ、それはわかっています!」
雄一はそう言うと沙羅のそばに来て、首のロケットに手をかけた。
「何をするの! 痛いわ!」
「じっとしていろ!」
雄一は乱暴に引きちぎってロケットを奪った。
「雄一さん! 返して!」
「うるさい!」
雄一は沙羅を突き飛ばした。そしてそのロケットを恭しくカートに捧げた。
「これが麻薬取締官の兄から預かったものです。多分、この中に・・・」
「そうか」
カートはそのロケットを受け取った。
「では私はこれで・・・」
雄一は沙羅を置いて一人で逃げようとした。
「待て! 裏切りは許さぬと言っただろう」
「そ、そんな・・・それをお渡ししました。この女も・・・」
「それがどうした? おまえには死しかないのだ!」
それを聞いて雄一はあまりの絶望感に頭が完全におかしくなった。
「ははは・・・それなら破れかぶれだ! ははは・・・」
雄一は急に笑い出して顔を上げた。その表情は狂気に満ちていた。そしてカートに向かって魔法の技を繰り出した。
「トルネードバスター!」
だがカートは慌てない。右手を差し出して重力の結界に風を閉じ込めた。
「なに!」
雄一は驚いた。この魔法をいとも簡単に無力化してしまうとは・・・。
「それではこちらの番だ。苦しませて殺してやる」
そう言ってカートは開いた右手を雄一に向けた。
「グラビティハンド!」
右手をゆっくり握ると雄一は首を押さえて苦しみだした。その技は重力を任意の場所にかけられる。カートは雄一の首の周りに重力をかけ、締め上げようとしていた。
「どうだ? 苦しいだろう!」
「うぐぐぐ・・・」
雄一は何か言おうとしているがもはや言葉にならない。顔は真っ赤にうっ血し、口から泡を吹きだしている。
「愚かな奴よ! 俺がこの手で殺してやる!」
カートは魔法に力を込めた。
「ぐえー!」
雄一は断末魔の叫びを残して倒れた。その目は恐怖と苦痛で見開いたままだった。
沙羅はその光景をおびえながら見ていた。今度は自分の番だと・・・。カートは沙羅の方に顔を向けた。
「次はおまえだ。おまえのために何もかも失った。その償いは殺しても飽き足らないほどだ。俺の憎しみを受けて死ね!」
カートが右手を沙羅に向けた。




