第61話 ニセの記憶
沙羅を連れていこうとした男・・・それはダイだと雄一は思った。
(そんなことはない。奴がここにいるはずは・・・)
「何しやがる!」
男は雄一の手を払いのけた。雄一はその男の顔をじっと見ていた。
(ダイなのか・・・雰囲気が違う気がするが・・・)
男はそんな雄一に眉をひそめた。
「どうした? 俺の顔に何かついているか?」
「いや、そうではない・・・・」
「おまえはこの女のコレか? ちょっと借りるぜ!」
男は沙羅の腕を取って連れて行こうとする。雄一はその男の手をつかんだ。
「やめろ! 彼女から手を放せ!」
「ほう! 俺様に文句を言おうっていうのか! 俺は大輔というんだ。この辺りでは有名だ。痛い目にあいたくなかったら邪魔するな」
それを聞いてやっと雄一にこの状況が理解できた。
(この男はダイにそっくりなだけだ。この現実世界のダイという奴だな。この世界では半グレか・・・)
ユリと沙羅、平行世界だからそっくりな人間が存在する。ここで偶然にもダイに瓜二つの男と出会ったのだ。
「ふふふ。恐れ入ったか? ビビっているのか!」
大輔は薄ら笑いを浮かべている。周りにいた彼の仲間もニヤニヤしていながら取り囲んだ。雄一を袋にしようとしているのか・・・。
「いや、別に・・・。おまえらこそ痛い目に遭いたくなかったら道を開けろ!」
雄一は平然と言った。元監察警官である彼にとってこんなチンピラどもは物の数ではない。
「そうかい! 後悔するぜ!」
大輔がいきなりパンチを放ってきた。雄一はその拳を受け流し、大輔の顔面にパンチを叩きこんだ。
「うえっ!」
大輔が鼻血を流して倒れた。
「この野郎! やりやがったな!」
周囲にいた男たちが一斉に雄一に飛びかかって来た。中には伸縮性の警棒やナイフを持つ者がいた。沙羅は怖くてそれを直視できない。あんな大勢の男たちが相手ではいくら強い人でも敵わないと・・・。
勝負は一瞬だった。襲ってきた男たちは雄一に次々に叩きのめされていた。元監察警官が相手ではこの手の輩など束になってかかってきても敵うはずがない。
「覚えていろ!」
大輔たちは這う這うの体で逃げて行った。雄一は落としていった警棒を拾って縮めると自分の懐に入れた。
「さあ、行こう。ここは危ない」
「ええ、ありがとう。助けてくれて。私はユリと言います。あなたは誰なの?」
沙羅が尋ねた。それで雄一はわかった。
(沙羅は記憶喪失のままだ。しかも自分のことをユリだという。記憶の混乱もある)
雄一は(しめた!)と心の中でニヤリと笑った。彼はヒーリング魔法は使わず、沙羅をこのままにしようとした。その方が都合がいい・・・。
「野村雄一です。あなたのことをよく知っているんですよ」
「本当に! よかった! じゃあ、教えてください。私のことを」
「記憶がなくなっているのですね」
「ええ、そうなの」
「僕がすべて教えますよ。さあ、行きましょう」
雄一は沙羅を連れて歩き出した。心の中でニヤリと笑いながら・・・
◇
ダイは考え事をしながら沙羅を探していた。
(沙羅は記憶を失っている。僕のことも分からない・・・。一体、どうしたらいいのか・・・)
沙羅には雄一と言う得体のしれない男がついていた。威力の大きい魔法の技を持っている。その物腰から監察警官かもしれない。だとするとカートの配下かもしれない。だが彼は沙羅を連れて逃げ回っている・・・。
(一体、奴は沙羅をどうしようというのか・・・)
ダイにとって謎だらけだった。だがただ言えるのは、沙羅の身が危険だということだった。
(今のままでは彼女を守れない。僕を信用していない。すべてにおびえている。それは記憶を失っているからかもしれない)
沙羅の記憶を取り戻すには・・・ダイは考えた。ヒーリングをして病院に連れて行くのがいいのだが、雄一が邪魔してそうさせまい。沙羅を取られまいとしているから・・・。
他の方法は・・・・ダイは思いついた。
(彼女にはあれしかない!)
その方法を試すにも、まずは沙羅を見つけ出さねばならない。森野刑事やナツカたちも探してくれているがまだ見つかったという連絡はない。とにかく雄一やカートたちより先に見つけなければ・・・。
(もしかして奴は・・・)
ダイは思いついた。もしそうなら沙羅と会うことができるかもしれない・・・ダイは大きくうなずいた。
◇
雄一は沙羅とともに停めていた車まで歩いた。
「さあ、どうぞ」
雄一が助手席を開けた。なぜか沙羅は気乗りしない。何か嫌な気持ちになるのだ。
「どうしたのですか?」
躊躇している沙羅に雄一が尋ねた。
「いえ、何でもないです。それよりどこに行くのですか?」
「ここにいたら危険です。この場所を離れようと思って・・・。それで車の中で落ち着いて、あなたのことを話そうと思ったのですよ」
雄一がやさしく微笑みながら言った。そう言われると沙羅は納得して助手席に乗り込んだ。
2人を乗せた車は街を抜け、あの場所に向かう。早速、沙羅が尋ねた。
「私のことを教えてくれます?」
「ええ、知っていることはすべて」
「それならここはどこ? 私の知っている世界と違うの」
「そうです。ここは別の世界です。あなたは別の世界から来たのです。多分そのショックで一時的に一部の記憶を失ったのでしょう」
雄一は適当なことを言った。だが沙羅はそれに納得した。
「やっぱりそうなの? そう思っていた。でもどうしてここに来たの?」
沙羅にそう言われて、雄一は芝居じみて声のトーンを落として言った。
「追われているのです。ダイと言う男に」
「ダイ?」
「そう。さっき会った男がそうです。執拗にあなたを追ってくるのです。ストーカーです」
「ストーカー!」
記憶喪失の沙羅にもその言葉がわかった。
「さっき怖い目に遭ったでしょう。あの男はあなたを狙っているのです」
雄一は大輔をダイと思わせるようにそう言った。
「どうして私を?」
「奴は元は保安警察官でした。だが愛情のもつれから沙羅という恋人を殺した。それでおかしくなった。市場で見かけたあなたを沙羅だと思い込んだのです。あまりにも似ていたから。多分、またあなたを殺すつもりかもしれません」
雄一は混乱している沙羅に違う記憶を植え込もうとしていた。それを信じた沙羅は恐ろしさで震えていた。
「まあ、怖い。もしかして・・・兄の直樹も?」
「ええ、そうです」
雄一はうなずいた。こう思いながら・・・
(直樹が殺された記憶は残っていたんだな。これもダイのせいにしてしまえ。これで決定的だ)
「許せない。あのダイと言う男が!」
「そうでしょう。でもあいつには簡単に手が出せない」
「それはどういうこと?」
「仲間の保安警察官がついています。それにカートと言う悪者も。あなたは狙われているのです」
「私・・・」
不安な沙羅を雄一は励ますように言った。
「大丈夫です。僕がついています。命の危険があったから僕がこの世界に逃がしたのです」
「あなたが?」
「ええ、そうです」
「どうしてあなたがそんなことまで?」
「決まっているじゃありませんか。僕はあなたの婚約者なんですよ!」
雄一はそんな嘘をはっきりと言った。だが沙羅にはそんな記憶が浮かんでこない。
「本当に?」
「本当です。だからあなたを助けたのですよ。ユリさん!」
雄一はやさしく微笑んだ。
(この人が私の愛しい人?)
沙羅は少し違和感を覚えたが、今はそれを信じるしかなかった。
「これからどうするの?」
「幸いなことに全員がこの世界に来ている。僕たちだけ元いた世界に戻ればいいのです。聞くところではもうすぐ次元の穴を閉じるとか。これで永久に奴らとおさらばですよ」
雄一はニコッと笑った。
(この人が私を助けてくれようとしている。よかった・・・)
だがなぜか沙羅は素直に喜べなかった。何かが心に引っかかっているのだ。一方、雄一は沙羅が完全に自分の言うことを信じていると思った。
(確か、今日、三下山でワームホールが開く。沙羅とともに向こうの世界に戻ろう。ここにいるより安全だ)
雄一はそう考えていた。




