第60話 記憶喪失
街中を探し回っていたダイはようやく沙羅を見つけた。だが様子がおかしい。彼女はうつろな目をしてただぼうっとして歩いていたのだ。
「沙羅!」
そう呼び掛けても返事もしない。ダイは沙羅の前に出てみた。
「どうしたんだ? 沙羅。大丈夫か!」
だが沙羅は返事もせず、急に声をかけてきたダイにおびえていた。
「僕だ。ダイだ。わからないのか? 沙羅!」
「私は・・・。あなたなんか知らない・・・」
沙羅の答えにダイは愕然とした。
(記憶を失っている。頭を打ったのかもしれない)
彼はそう思った。とにかく沙羅をこのままにしておけない。ヒーリングで傷は治るが記憶まで戻るかどうかはわからないが・・・。
「とにかくヒーリングで治療しよう。それから病院で診てもらったら・・・」
ダイは手を伸ばした。すると沙羅はその手を拒んだ。
「やめて! 来ないで!」
沙羅は警戒していた。彼女の心の奥にさっきの恐怖が残っているからかもしれない。
「沙羅。大丈夫だ! 治療するだけだ」
ダイが沙羅の頭に手を伸ばそうとしていると、後ろから声をかけられた。
「やめろ! 嫌がっているだろ!」
振り返ると雄一がいた。彼は2人のやり取りをずっと見ていたようだ。ダイはとっさに身構えた。だが雄一は身構えずに両腕を広げた。
「おいおい。こんな人の多いところでやろうというのか?」
「おまえが沙羅をつかまえるというのならな! 彼女に手を出すな!」
「それはこっちのセリフだ! 沙羅は俺のものだ。嫌ならここで魔法抜きで相手をしてやる!」
雄一も身構えた。
「望むところだ!」
ダイが応じると、雄一が殴り掛かってきた。元監察警官だけあって武術は得意なようだ。次々にパンチやキックを繰り出してくる。一方、ダイも負けずとパンチやキックで応戦する。2人の激しい戦いにやじ馬が集まってきて人だかりができた。
「何なの? この人たちは・・・」
たいしたわけもなくけんかを始めている・・・そう思った沙羅は恐ろしくなってそっとその場から離れた。
戦いに気を取られてそのことに2人は気が付かない。ひたすら相手をノックアウトしようと戦いを繰り広げていた。すると辺りに急に悲鳴が上がった。
「きゃあ!」
「化け物だ!」
人に擬態していたググトが1体、姿を現していた。言い含められていたのか、ダイを見て正体を現し、彼を襲おうとして触手を伸ばして近づいてくる。そこで2人は周りを見ることができて、沙羅がいないことに気付いた。
そうなるとここで争う意味はない。まず沙羅を探さねば・・・雄一はそう思った。
「とんだ邪魔が入った。後は頼むぜ!」
雄一はさっさとその場を離れた。
一方、ダイは身構えた。恐ろしいググトをこのまま野放しにはできない。しかもこのググトは自分を狙っているのだから・・・。だがここでは思う存分に戦えない。人々は恐怖で逃げ惑っており、辺りは混乱しているからだ。
(あまりに人が多い! ソニックブラスターを使えば被害が出る。接近戦しかない!)
この状況をダイはとっさにそう判断した。
「ソニックブレード!」
ダイは右手を超音波の剣に変えて向かって行った。ググトは触手を次々に繰り出してくる。それをソニックブレードで切り裂いていく。
「ぐえ!」
ググトが悲鳴を上げた。だがそれでもダイに挑みかかってくる。
(ドラッグを与えられているのだろう。おかしくなっている・・・)
ダイはそう感じた。ググトにドラッグを与えるとすぐに中毒になり、ドラッグのためなら何でもするようになる・・・以前、そんな報告書を読んだことがあった。
ググトは触手を失いながらもその鋭い口で攻撃してくる。ダイはソニックブレードを突き刺した。するとググトは倒れ、そのまま泡となって消えていった。
ダイは「ふうっ」と息を吐いた。これから沙羅を探さねばならない。
「沙羅は記憶をなくしている。それにひどくおびえていた。早く見つけなければ・・・」
ダイは焦っていた。
◇
沙羅は歩き疲れてガードレールに腰を下ろした。彼女の前を忙しそうに人が歩いていく。誰も沙羅に見向きもしない。
何もかもよく覚えていない。自分が何者か、わからない。声をかけてきた男がいたがいきなりけんかを始めてしまった・・・沙羅は混乱していた。だがさっきから記憶の断片が脳裏に思い浮かぶようになった。
「私は・・・こんなところにはいなかった。自然が多くて・・・山や草原があって・・・団地もあった。こんな高い建物なんかなかった・・・」
沙羅が異世界にいた時の記憶がよみがえっていたのだ。そうなると目の前の世界は違和感しかない。
「ここは私のいた世界じゃない! 別の世界に来たの?」
どうやって来たかもわからない。だから帰る方法も分からない。沙羅は立ち上がり、またふらふらと歩き出した。何かを探し求めるかのように・・・。
沙羅の脳裏にはまた記憶がフラッシュバックする。今は団地の光景が浮かんできた。
「ニシミさんや団地の奥さんがいて・・・確か、もう一人、大事な人がそばにいた・・・」
それが誰なのか、どうしても思い出せない。愛しく思っているのに・・・。だが思い出そうとすると切ない気持ちがあふれてくる。
「誰なんだろう? 私の恋人なのかな・・・。悲しい思いがあるのはなぜ?」
次にニシミさんや近所の奥さんとの会話が脳裏に浮かんだ。そこで彼女が呼ばれていた名前は・・・。
「私は・・・沙羅じゃない。ユリ、ユリだわ。確かにそう呼ばれていた。確か・・・」
沙羅は自分をユリだと思い込んだ。モーツェイカの奏者だったと。確かにその吹き方も知っている。間違いはないと・・・。
「兄がいたような・・・直樹と言う名前だったかな」
居なくなった兄を探している・・・その記憶はずっと彼女の心の奥に刻まれているのだろう。
「兄さんは死んでしまったの・・・」
血まみれになって死にゆく兄を抱きしめた記憶が浮かんだ。彼女の中に深い悲しみと死に追いやった者への強い憎しみの感情が湧いてきた。
「誰なの? 兄さんを殺したのは!」
沙羅は思い出そうとしていた。だがはっきり頭に浮かんでこない。
やがて沙羅は裏通りに入って行った。そこは治安が悪いことで有名な所だった。半グレの若者がたむろしている。
「そこのお姉ちゃん! 遊ばねえか!」
声をかけられたが沙羅はひたすら歩き続ける。思い出そうと懸命になって・・・。すると一人の男が沙羅の前に出た。
「シカトするんじゃねえぜ!」
沙羅はその男の顔を見るなり、驚いて目を見開いた。
「あなたは! 私に付きまとわないで!」
「じゃけんにするなよ。遊ぼうぜ。いっしょに来な!」
その男は乱暴に沙羅の腕を取った。
「やめてよ!」
「いいじゃねえか!」
「放して! きゃあ!」
沙羅の悲鳴が辺りに響いた。周囲にいた男たちもニヤニヤして寄ってきた。沙羅は恐怖で震えて動くことができなかった。
(助けて・・・助けて!)
沙羅は心の奥に潜んでいる大事な人に助けを求めていた。
沙羅の悲鳴はその近くで彼女を探していた雄一の耳に入った。
「あれは沙羅の声だ! 何かあったのか! もしかしてカートが・・・」
雄一はすぐに裏通りに駆けつけた。するとそこで一人の若い男が沙羅を無理やり引っ張っていこうとしていた。それはカートの手下の元監察警官ではない。ただのチンピラのようだ。
「やめろ!」
雄一はその男の肩をつかんだ。すると男が振り向いた。
「おまえ!」
雄一は驚愕した。その男の顔に・・・。思わず声を漏らした。
「ダイ! どうして貴様が・・・」




