第56話 逃避行
2体のググトに襲われ、沙羅は窮地に陥っていた。だがその時、触手を伸ばしてきた1体のググトを魔法の技が吹っ飛ばした。沙羅はすぐに振り返った。そこにいたのは・・・。
「雄一さん!」
それは野村雄一だった。彼が沙羅をずっとつけてきて、ググトを魔法で攻撃したのだ。
「彼女に手を出すな!」
「邪魔するな!」
もう1体のググトがそう叫ぶと、沙羅に触手を伸ばしてきた。するとすぐに雄一は呪文を唱えた。
「トルネードバスター!」
それは一陣の風を巻き起こし、そのググトを吹っ飛ばした。それを目の当たりにした彼女の中に疑問が渦まいていた。
(一体、どういうことなの? 雄一さんが魔法を使えるなんて・・・)
雄一が駆け寄ってきた。
「沙羅さん! けがはないか?」
沙羅は彼に問うた。
「雄一さん。一体、あなたは・・・」
「そんなことはいい! 行こう! 逃げるんだ! 君は狙われているんだ!」
雄一は沙羅を立ち上がらせ、その手を引いて走り出した。彼女は訳が分からず混乱していた。
雄一と沙羅がしばらく走ると、狭い路地に行きついた。そこに雄一の車が停まっていた。
「さあ、乗って!」
「どこに行くの?」
「安全な所だ!」
雄一は助手席のドアを開けて沙羅を乗り込ませると、彼は運転席に収まって車を急発進させた。暗い夜道を猛スピードで飛ばしていく。彼はずっと押し黙ったままで、極度の緊張感で恐ろしいほどの険しい顔になっていた。
やがて車は街を通り抜け、郊外に向かっていた。振り返って見たが追ってくる車の姿はない。それでやっと雄一に少し余裕が生まれ、沙羅に言葉をかけられるようになった。
「怖かっただろう。もう大丈夫だ」
「助けてくれてありがとう。あれはググトね?」
「ああ、そうだ」
「異世界にいるものがどうしてここにいるの?」
「連れてきた者がいるんだ。この世界に・・・」
「それは誰なの?」
「それは・・・言えない」
雄一は答えなかったが、何かを知っているようだった。
「どうしてあなたは魔法が使えるの? もしかして異世界の人間なの?」
「それも言えない」
雄一は肝心なことには答えてくれない。やはり大きな秘密があり、隠し事をしている・・・沙羅はそう感じていた。
やがて車は丘に登り、そこに建つ一軒家の敷地に入った。見るからに別荘のようだ。
「ここなら見つからないだろう」
雄一は車を降り、反対側に回って沙羅を降ろした。そして別荘の中に連れて行く。今まで見てきた表情とは違う顔を見せる雄一に、沙羅はおびえながら言うことを聞くしかなかった。
別荘の中はひんやり寒く、暗く静まり返っていた。雄一はすぐに暖炉に火をつけて薪をくべる。燃え上がる炎が辺りに温かみと明るさを与えてくれた。
「何か飲むかい?」
雄一は尋ねたが沙羅は横に首を振った。
「それより答えてよ! あなたは一体、何者なの?」
「それは言えない」
「それじゃ、あなたのことを信用できないわ!」
沙羅がそう言うと雄一はため息をついた。もう隠し事はできないと・・・。
「わかった。すべてを話そう。確かに僕は異世界から来た・・・」
雄一は話し始めた。
「僕は監察警官だ。カートのもとで秘密調査員をしていた」
「えっ! あなたが?」
「そうだ。この世界とつながり、藤堂をとらえた。カートはこれを好機ととらえ、ドラッグの製造と密売に手を出した。魔人草から作ったドラッグをこちらの世界で売りさばき、利益を上げようと。そしてその利益で様々なものを向こうの世界に持ち込んだ。だがそれは嗅ぎつけられた。麻薬取締官だった斉藤直樹に」
「あなたは兄の親友ではなかったの?」
沙羅の問いに雄一は大きく首を横に振った。
「あれは嘘だった。斉藤も向こうの世界でとらえることができた。しかしある女の手引きで脱走した。その女は斉藤に我が組織の機密資料を持たせたらしい。斉藤はまた戻ってきたが、いくら探してもその資料を発見できなかった。だからこの世界に戻った時に誰かに託したのではないかと・・・」
「それが私かも・・・ってことになったのね」
「ああ、そうだ。斉藤が戻ってきてから他の麻薬取締官と接触していない。だが君と接触したのをつかめた。だから僕が接近した・・・」
聞けば聞くほど沙羅は涙が出そうだった。あのつらい時に慰めてくれていたのはその資料を探すためだったのだと・・・。あの優しさは嘘だったのだ。
「あなたにとって私はそんなものだったのね」
「それは違う! 最初はそうだったが、今は君を深く愛している」
「嘘よ!」
「嘘じゃない! カートから君を抹殺するよう命令が出ている。ググトを使って・・・。だが僕は君を殺させやしない。ずっと君の後ろからつけて守っていたんだ!」
それなら雄一がいきなり現れてググトを撃退したのに合点がいく・・・沙羅はそう思った。
「だが僕はカートを裏切った。見つかれば抹殺される。でも僕は君と一緒にいたいんだ!」
その言葉に嘘はないように沙羅には思えた。
「わかった。あなたを信じる」
「よかった。ここまで正直に話した。だから君も正直に言ってくれ。お兄さんから預かったものはないのか?」
沙羅は雄一の目をじっと見た。まただますつもりかと・・・だがそんな様子はない。
「兄からは何も聞いていない。そんな資料も預かっていない。兄がくれたのはこのロケットよ」
沙羅は胸元からロケットを出して見せた。
「兄の消息が分かるかもと私も中をよく調べたわ。でも気分がよくなる実が入っているだけ。他に何もなかった」
「そうか・・・」
雄一は嘆息した。
「もし資料があればカートと取引できるかもと思ったのだがな。とにかくここで様子を見よう。まあ、お茶でも入れて来るよ」
雄一はそう言って立ち上がった。
◇
麻薬捜査部の主任である大城取締官は妙なうわさを耳にした。レインボーの被害者のもとに2人組の男が現れ、妙な薬を飲ましているという。
「怪しげな連中だな」
「もしかしてアンカンシェルが証拠隠滅のためにしているかもしれません。被害者を自然死に見せかけるために」
部下の上野取締官はそう考えていた。だが大城捜査官が聞いた話では麻薬中毒の症状が収まったという。本当のところはわからない。
「とにかく奴らを押さえて事情を聞かんとな」
「目をつけた中毒者が何名かいます。周りの人に怪しげな男が現れたら連絡をくれるように頼んであります」
「そうか。でも逃げられるかもしれない。目星をつけて張り込むか」
大城取締官は部下とともに中毒者数名を監視体制に置いた。するとその男たちは彼の前に現れたのだ。
その中毒者はある施設に収容されていた。そこに親戚と称して2人組の男が現れた。大城取締官はその施設に潜入してその中毒者に接する様子を直に見た。やはり何かの草のようなものを中毒者の渡して飲むように勧めている。
「そこまでだ! 麻薬取締官だ。そのまま動かないでください!」
大城取締官が出て行った。そこで彼は思わぬ人に会った。
「あっ! あなたは確か、城北署の森野さん。ええと東山さんでしたね。どうしてあなたが!」
「いや、その・・・」
森野刑事と東山刑事はそのままそこから去ろうとしたが、大城取締官が2人の手をがっちり捕まえた。
「もう逃げられません。話を聞かせてください。あなた方がこんなことをしている理由を・・・」
「わかりました。正直に話しましょう。ただ大っぴらにできないことです。あなただけに話したい」
「わかりました。車の中で伺いましょう」
大城取締官は2人を連れて行き、自分の車に乗せた。
「ここならいいでしょう。話してください」
「わかりました。実は・・・」
森野刑事は話し始めた。藤堂を追って異世界に行ったこと。そこでレインボーの製造工場をつぶしたこと。向こうの者に口止めされて中毒者のために毒消し草をもらってきたことなど・・・すべてが大城取締官にとって想像もできないほどの話だった。
「おかしいと思われるでしょう? でもこれは事実なんです。異世界の者から口止めされているのもありますが、こんな話、誰も信じない。だからこうして見つからないように中毒者の治療をしているのです」
大城取締官はまだ半信半疑だったが、中毒者の症状が改善される事実を見て納得するしかなかった。だが・・・
「わかりました。あなたの話では異世界からレインボーが流れることはない。だがそこは違っています。まだ新たに製造されているようなのです」
「まさか!」
今度は森野刑事の方が驚いた。もう出回らないはずと信じていたのだ。
「在庫かもしれません。しかし最近製造したようなレインボーが少数ながら出回っているようなのです。この事件はまだ終わっていないのです」
大城取締官ははっきりそう告げた。森野刑事は顎に手を当てて考えていた。




