第54話 責任の取り方
沙羅はホテルの部屋で目覚めた。社長になってから今まで以上に忙しくなり、あまり家に帰ることができなくなった。せっかく元の洋館を買い戻して、父や母をそこに移したのに・・・。
「家族の団らんなんて夢のまた夢ね」
わびしく一人でホテル住まいをしているとふと異世界のことを思い出すことがあった。ニシミさんをはじめ近所の奥さんと井戸端会議をしたり、毎日のようにダイと楽しく話しながら食事をしたり・・・
「のんびりしていたわ。やることもほどほどで・・・。それにダイがいて・・・」
だがすぐに現実に引き戻される。LINEやメールが届いたとスマホが鳴るからだ。
「今日も忙しくなりそう・・・」
そこで沙羅は昨夜に起こった連続殺人事件の記事を目にした。
「体を切り裂かれて血がなくなっている? 目撃者の話では触手を伸ばした化け物・・・まさか、ググト?」
沙羅はそう思った。
「もしそうだとしたら大変! もしかしてワームホールを通ってやって来た? とにかく知らせなくちゃ!」
沙羅はすぐにスマホで電話をかけていた。
◇
アルカンシエル・・・それがこの組織のコードネームである。そのアジトは廃工場の地下に作られている。その入り口は巧妙に魔法で遮蔽され、知らない者は誰も入ることができない。
カートはドゴスとギースの案内でやっとそこに腰を落ち着けることができた。もちろん異世界からともに来た元監察警官たちも一緒である。彼らはここを拠点にして何かを始めようとしていた。
大広間の一段高いところに玉座のようなイスが置かれている。そこにカートがふんぞり返って座った。その前には元監察警官たちが直立不動の姿勢を取ってひかえている。ドゴスが恭しく進み出た。
「カート様。まず何をいたしましょう?」
「ふむ。まずは血祭りにあげたい者がいる」
「それは・・・・」
「斉藤沙羅という女だ。探し出して連れて来い! 殺しても構わん!」
「はっ!」
ドゴスは任務を果たすべく、外に出て行った。さらにカートは横に並んで立っているギースに尋ねた。
「ググトたちはどうなった?」
「昨夜は十分に食事を済ませたようです。言い含めた通り、もうすぐここに集まって来るでしょう。薬の時間ですから」
「奴らがいれば怖いものなしだ。この世界の人間では容易くググトを倒すことができないだろうからな。今度こそ思い通りになるだろう。フフフ・・・」
カートは不気味に笑った。その様子からこの世界でまた大きな陰謀を企てていることは確かだった。
◇
ー異世界ー
あれから数日してハンパの葬儀がしめやかに執り行われた。殉職であったので警察葬となり、保安警察官が多数参列して若くして散った彼に哀悼の意を捧げた。そして最後には漆黒の棺がナツカたちによって墓地まで運ばれていった。すすり泣く声が会場にこだまする・・・。
ダイは終始、暗い表情をしていた。何かを考え込んでいるかのように・・・。それを心配してダイタク署長が葬儀の後に彼のそばに来た。
「ダイ。元気出せ!」
「署長。ミオさんのご様子は?」
「ああ、順調に回復している。君も何度も足を運んでくれたそうだな。ありがとう。だがミオが心配していたぞ。暗い顔をしていて・・・あまり思いつめるな。お前のせいじゃない」
ダイタク署長の言葉にダイは首を横に振った。
「いえ、責任は自分にあります」
「いや、私だ。現場の責任者は私だ。君じゃない! だが後悔してもハンパ君は戻ってこない」
「わかっています。しかし自分にけじめをつけたいのです」
「けじめ? まさか・・・変なことを考えているんじゃないだろうな? いいか! おまえは管理官だ! やるべきことはある!」
ダイはそれに答えずに、一礼してその場を去っていった。悩み苦しむダイにダイタク署長はそれ以上、かける言葉が見つからない。ただその後姿を見送るしかなかった。
◇
次の日、ダイはシマーノ本部長の部屋に向かっていた。彼は一日中、考え抜いてようやく結論を出した。ノックして部屋と彼は静かに言った。その表情はやはり暗いままだった。
「本部長。お話があります」
ダイの思いつめた様子にシマーノ本部長は驚いた。
「一体、どうしたのかね?」
「自分を向こうの世界に送ってください。カートたちを必ず捕まえてきます。そして法の裁きを受けさせます」
ダイははっきりそう言った。だがシマーノ本部長は首を横に振った。
「だめだ。向こうの世界に干渉することは許されない」
「しかしカートたちはもうすでに向こうの世界に干渉しています。しかもこれからも・・・。早く身柄を押さえないとどんなことになるか、わかりません」
「それは向こうのことだ。こちらは一切、関知しない」
シマーノ本部長はきっぱり言いきった。
「もうすぐロイ教授によって次元の穴、ワームホールをふさぐ。そうなればもう向こうの世界とかかわりを持たなくなる」
「しかし・・・」
ダイは反論しようとするがシマーノ本部長は右手で制した。
「ダイ。君の気持ちはよくわかる。かつての部下を殺されたんだ。復讐したいのだろう。だがそれは捨てた方がいい」
「いえ、復讐心からではありません」
「じゃあ、あれか? 向こうの世界の沙羅という女性のことか? カートが命を狙っているという。彼女が心配なんだろう?」
「そんなことは・・・」
「隠さなくてもいい。でももう忘れるんだ。向こうの世界のことは・・・。こちらの世界と関わりを持ってはいけないのだ」
シマーノ本部長は、いや幹部の多くはワームホールを閉じてそれで終わりにしたいと考えている。こちらの世界の秩序を守るため、向こうの世界とこれ以上、関わりたくないのだ。
ダイはどうにもできないと思って力なく立ち上がって部屋を出ようとした。
「いいな。軽率な真似はするな。君は管理官だ。すべてを失うことになる。いや、帰って来られなくなるかもしれんのだぞ」
シマーノ本部長は念を押すように言った。だがダイは返事もせず、一礼してそのまま部屋を出て行った。
◇
ダイは家に帰った。そこは誰もいない暗い部屋・・・彼は灯りもつけずに窓を開けた。
「今日は星も輝いているな・・・」
ダイは夜空を見上げた。これが見納めだと・・・。すでに管理官室の自分の机の上に辞表はおいてきた。シマーノ本部長の命令を無視して向こうの世界に飛ぼうというのだ。
すでに準備はできていた。沙羅が置いて行ったワームホールの開口場所と時間の資料がある。必要な物は魔法の袋に詰め込んだ。そして制服を脱いで目立たない黒っぽい私服に着替える。もうこの制服を着ることはないだろう。自らの誇りをもって任務に臨んだ10年だった。振り返れば様々な思い出があるはず。だが・・・
だが今の彼の脳裏にうかぶのはあの光景・・・ハンパの死顔、泣きじゃくるナツカ、ひどく傷ついたミオ、そして悲痛な顔をしたロークやラオン・・・そのたびに彼は心が締め付けられる。
(もし僕が現場に出ていたら・・・)
今までそんな後悔ばかりしていた。だがこれからは違う。新たな使命を見出したのだ。
「カートを捕まえてこの世界に戻して罪を償わせてやる! 決してこのままにしておけない!」
ダイは窓から誰にも見られていないのを確認してから家を出た。幸い、今は星の輝きが消えている。この暗闇の中を三下高原までひたすら歩く。
彼の頭には向こうの世界に帰った沙羅の姿が浮かんでいた。ミオの話ではカートは沙羅の命を狙っている。執念深い奴のことだから残虐な方法でそれを試みることだろう。そんなことになればもう耐えられない・・・。
「彼女はきっと僕が守る!」
ダイは決意していた。すべてを犠牲にしても・・・。
やがて彼の前に虹の光が輝いた。それまで気づかなかったのか、その光は人を怪しく魅惑しているように思えた。
「この虹の向こうに彼女がいる・・・」
その夜、ダイの姿は異世界から消えた。




