第51話 真夜中
智子がいきなり団地に押しかけてきて沙羅は驚いた。
「智子さん。どうしてここに?」
「お会いしたい人がいるの」
そう話していると宗吾が出てきた。智子は彼に深く頭を下げた。
「社長。お久しぶりです。宮西智子です」
「あっ! 君は・・・」
「そうです。あなたに助けていただきました宮西です」
2人は知り合いのようだった。沙羅は智子をリビングに通した。
「もうどれくらいかね?」
「10年にはなると思います。金策に困り果てていた私を救って頂いたのは・・・」
智子はそれをずっと覚えていた。昔の恩を・・・。
「会社を乗っ取られたと聞いて私は考えました。どうしたら取り戻せるか・・・。それには沙羅さんがどうしても必要だった。だが行方不明になっている。でも最近、帰ってきたのを聞きました。投資家の間を回っているのを・・・」
「それであなたは・・・」
「ええ、そうよ。でも急に現れてうまい話を持って行ったらあなたは警戒するでしょう。だからあなたから接触するのを待った。そして嫌な女を演じて無理難題を吹っ掛けようとした。でもあなたから挑戦してくるなんて意外だったわ」
沙羅はまんまと智子の手の内で踊らされていたのだ。
「それであなたは賭けに勝った。これで私はあなたの味方になる名分ができた。でも勘違いしないで。出来レースじゃないのよ。あの料理は抜群においしかった。こんな料理を作れるあなただから私はあなたに賭ける気になったの。会社の経営を任せて・・・」
「宮西さん・・・」
沙羅はあらためて智子の優しさを知った。すると宗吾が言った。
「宮西さん。ありがとう。これで私は決心がついた。私は退くことにした。これからは沙羅が社長だ」
「でも・・・」
沙羅はいきなりそんなことを言われて戸惑っていた。
「これからは沙羅のように若い者が活躍する時代だ。我がサイホーは」
「そうですわ。大丈夫よ。あなたならできるわ」
智子もそう言ってくれた。それでやっと沙羅は心をきめて大きくうなずいた。
(きっとサイホーとSARAブランドを立て直して見せる!)
◇
城北署機動捜査課の東山刑事はすべての捜査から外され、自宅での休養を命じられていた。急におかしなことを言い出したからだ。
「藤堂が次元の穴を通って異世界に行っています。森野刑事がその穴に飛び込んで追って行きました・・・」
その話を誰もが信じなかった。あまりにも荒唐無稽な話だったからだ。森野刑事が行方不明なのは確かだが、それは麻薬組織によって消されてしまったと考えていた。
だが森野刑事がひょっこり帰ってきたのだ。上司の高峰警部は当然ながら問うた。
「森野さん。一体どこに行っていたんだ?」
「いや、それが・・・・三下山で気を失い、気がついたら戻っていた」
森野刑事はそう言うしかなかった。異世界で本当のことをしゃべらないようにと約束させられていたからだ。
「そうか。それより東山がおかしくなってな。『森野さんが藤堂を追って異世界に行った』とか言っているんだ。彼には休養を命じているが・・・。会って来てやってくれないか? そうすれば彼の妄想は消えてなくなるかもしれない」
森野刑事は(東山には悪いことをした)と思いつつ、
「わかりました」
とだけ返事した。
後日、森野刑事は東山刑事のアパートを訪ねた。玄関を開けた東山刑事は森野刑事を見て思わず大声を上げた。
「森野さん! 異世界から帰ってこられたのですね!」
「しいっ! 誰かに聞かれる」
「あっ、そうでした。中にどうぞ!」
東山刑事は森野刑事を部屋に入れた。
「一体、あれから何があったのです? 行方不明の方たちも戻って来たようですが・・・」
森野刑事はイスに座ると話し出した。
「藤堂を追ってあの穴に入った。するとやはり異世界に通じていた。そこには・・・」
それは東山刑事にとって想像していた以上のことだった。
「・・・でようやく帰って来た。だが口止めされていて何も言えん。だが東山は俺があの穴に飛び込むのを見たし、本当のことを言っておかしいと思われているようだから話した」
「でもどうして公表しないのですか?」
「そんなことをしたら俺も自宅で休養だ。それよりやることがある」
森野刑事はその件を東山刑事に頼みたかったようだ。
「レインボーの中毒者を救わねばならない。異世界で毒消し草をもらった。これで廃人になった者が救われる」
「そんなものがあるのですか?」
「ああ。異世界は不思議な魔法であふれている。だが秘密裏にそれを行わなくてはならない。手伝ってくれるか?」
「もちろんです。自宅休養をさせられて腐っていたところです」
「よし。俺は休暇を取る。2人で中毒者を救おう」
森野刑事は東山刑事の肩を軽く叩いた。
◇
沙羅はビジネスホテルのベッドに身を投げ出した。もう真夜中近い。この時間まで会社で打ち合わせなど仕事をしていたのだ。勝次から会社を取り返してからかなり忙しい日々が続いている。沙羅が奔走することによってようやく業績が持ち直し、SARAブランド復活の目が見えてきた。
「あああ、疲れた! もう動けない!」
沙羅はベッドの上でもがいていた。すると窓から星空が見えた。異世界とは違ってかすかな光を放つ星々・・・だがそれでも彼女にはしばらく忙しさで忘れていた異世界のことを思い出させていた。
「みんな、どうしているかな? ニシミさんやミオさん、ナツカさんたち・・・それにダイは・・・」
ダイとのことはきれいさっぱり忘れようと沙羅は思っていた。いつまでも実らなかった恋愛を引きずらないように・・・。だが最後にかわした口づけの感触がいつまでも残っていた。
「いつまでも忘れられない・・・でも忘れなきゃ・・・」
沙羅はそうつぶやいて、いつしか眠りに落ちていた。
◇
―異世界―
ダイは団地に帰り、一人だけの食事を済ませた。あれからしばらくたつのに近くにまだ沙羅がいるような気がしていた。
「ダメだな。僕は・・・。いつまでも思い出したりして・・・。彼女は別の世界の人だ」
ダイはため息をついて窓から外を見た。
「沙羅は向こうの世界に戻って幸せに暮らしているだろう。ここにいるよりも・・・。もうこの世界のことは忘れているだろう。僕のことも・・・」
空には星がきらめいていた。
「この星の輝きが彼女は好きだったな。今頃、向こうの世界で夜空を眺めているのだろうか? そういえば沙羅はこの空はつながっていてほしいと言ってたな・・・」
ダイも同じ気持ちで空を見上げていた。
◇
真夜中に保安警察の地下留置場の扉が開いた。そして魔法で拘束された私服の男と制帽を深くかぶった監察警官が2人、中に入って来た。こんな時間に留置する者を連れてくるのは珍しいことではない。そこには4人の保安警察官が詰めていた。
「町で暴れていた男を連行してきた」
「ああ、話は聞いている。この一番奥の場所に留置する。いっしょに来てくれ」
警備の保安警察官が2人、先頭に立った。監察警官が2人お互いにアイコンタクトして、
「ストーンスロー!」
「インパクトダメージ!」
をそれぞれ放った。すると背後から不意打ちを受けた2人の保安警察官は倒れた。
「何をする!」
残った2人の保安警察官はさっと後ろに飛んで距離を取り、魔法を放とうとした。だがその前に私服の男が自らかけていた拘束魔法を解いて、2人の保安警察官にかけた。そうなるともう身動きが取れない。
「うまくいった!」
監察警官と男はすぐにカートの留置している檻の前に行った。
「遅かったな 65号。いや、ゼック。それにローニンとシブンか」
カートはそう声をかけた。すると監察警官の一人が制帽を上げて顔を見せた。
「室長。これでもがんばった方です。さあ、急ぎましょう」
「わかった。他の者も出してやれ。もちろん藤堂も」
「はっ!」
ゼックは仲間のローニンとシブンに指示して藤堂たちを牢から出した。
「室長。地獄までついて行きますぜ!」
藤堂はニヤリと笑った。
「室長はやめろ。俺はもうトクシツを捨てる。それよりこれからだ。まずは身を隠す。準備が整ったら向こうの世界に飛ぶぞ」
カートはかつての部下にそう告げた。そこにいた者は大きくうなずいていた。
「フフフ。我らの戦いはこれからだ。行くぞ!」
カートは不気味な笑いを浮かべながら、先頭に立って留置場を後にした。




