第46話 別れ
やがて夕方近くなってきた。沙羅とダイは一旦、丘を降りて三下高原に向かうことになる。2人が歩いていくと、道で待っている人たちがいた。それはニシミさんをはじめ近所の人たち、第3班の保安警察官だった。
「どうしたのですか? こんなに集まって・・・」
沙羅が聞いてみた。
「あなたの様子がおかしかったから・・・。もしかして遠くに行ってしまうんじゃないかと思って・・・」
ニシミが答えた。彼女がそう察してみんなを集めたようだった。
「どうしても行ってしまうのですか?」
ナツカが問うた。みんなが沙羅の答えを待っている。
「みなさん。ごめんなさい!」
沙羅は頭を下げた。
(もう嘘を言うわけにはいかない。本当のことを言わなくちゃ・・・)
彼女はそう決心したのだ。
「私はユリじゃないのです。斉藤沙羅という名前の別の世界の人間なのです。偶然、この世界に来てダイに助けてもらいました。でもトクシツに捕まりたくなくてユリさんのふりをしていました。だましていてごめんなさい・・・」
いままでこの人たちを欺いていた。ユリさんだから仲良くしてくれたが、そうでないと知ったら・・・沙羅はひたすら頭を下げるしかないと思った。すると・・・
「ははは!」
みんなが笑い始めた。沙羅は不思議な顔をして見渡した。
「そんなこと、うすうすわかっていましたよ」
ニシミが言った。
「そうそう、ユリさんがあんなにお転婆なわけがない!」
ナツカはそうはっきり言った。
「私は見抜いていたのよ。やっぱりそうでしょう!」
ミオは得意げに言った。沙羅は正体を隠していたつもりだったが、すでにみんなにばれていたのだ。
「みなさん、私は・・・」
「いいのよ。ユリさんはユリさん。あなたはあなたなんだから。そんなあなただから好きなんですよ。ここにいるみんなが」
ニシミさんはそう言ってくれた。
「そう言ってくれてほっとしました。みんなに嘘をついて行くのが気がかりだったから・・・」
沙羅はそう言ってナツカたちの方に向いた。ロークやラオン、ハンパにミオがいる。沙羅はそれぞれと握手した。
「今までありがとう。あなたたちにどれほど助けられたことか・・・」
「いえ、それは私たちの方です。あなたがいなかったらトクシツの陰謀を暴けなかった」
「いつまでもお元気で」
「もう無茶したらダメですよ」
「ぼくもあなたに負けないようにがんばります」
「あなたと友達になれて最高に楽しかった」
そして近所の奥さんたちの方に向いた。
「みなさん。お世話になりました」
「向こうの世界に行ってもがんばってね」
沙羅は奥さんたち一人一人とハグした。そして最後にニシミの前に来た。
「ニシミさん。あなたにはずっと面倒を見てもらった。ありがとう」
「いいのよ。ところで本当のあなたはどんな人なの?」
「ええと・・・長いことここにいたから忘れかけていたわ。サイホーという会社で服を作っているの。美しい最高の服をね」
「そうなの。あなたが作った服を見たかったわ。帰ったらお仕事、がんばってね」
「ええ、がんばるわ。でも皆さんのことは忘れない。優しかった皆さんのことを・・・」
沙羅は涙がこぼれそうになった。そんな彼女をニシミがやさしく抱きしめた。
「泣かないの。沙羅さんだっけ。あなたには笑顔が似合っている。笑って別れましょう」
「ええ、そうね」
沙羅はこぼれかけた涙を吹いた。
「じゃあ、みなさん。さようなら。元気でいてね」
「沙羅さんも。私たちもあなたのことを忘れないから」
沙羅とダイは頭を下げて歩き出した。その後ろでみんなが手を振ってくれている。沙羅も振り返って手を振り返していた。
◇
沙羅とダイは三下高原に入った。もう日が暮れて辺りは暗くなっている。しかし空の星が今日も輝いて、地上にほのかな明かりを届けている。
「みんな、いい人だった」
「君のいた世界でもいい人はいっぱいいるだろう」
「そうかな。腹の底で何を考えているかわからない人は多かったけど・・・」
沙羅は思い出していた。ビジネスの世界での厳しい人間関係を・・・。戻ったらこれらの人たちと付き合っていかねばならない。
「帰っても大変だな」
「ええ。私がいなくなって長いこと経つから混乱していると思うの。もしかしたら壊滅状態かもね。でもきっと立て直して見せるわ。ここで培った根性があれば何も怖いものはないわ」
沙羅はそう言ってガッツポーズをして見せた。
「君は強いな」
「ダイもしっかりしてよ。あなたは管理官という責任ある立場になったのよ。保安警察の、ううん、この世界の将来に係るのだから」
「オーバーだな」
「そんなことない。それにちゃんと食事をとって休養も取ってよ。それにたまには部屋も片付けた方がいいよ。それに・・・」
「わかっているよ。君がいないときは一人でしていたのだから。これからは一人で・・・」
そこまで言ってダイはため息をついた。もうすぐ沙羅がいなくなる・・・それが次第に心に重くのしかかろうとしていた。
「ねえ、覚えている? 初めて会った時のこと」
沙羅は重い雰囲気を吹き飛ばそうとそう尋ねた。
「ああ、覚えている。君がぶつかって来たんだ」
「そう? あなたからだと思っていた。背の高い草が生えていて前が見えなかったから」
「絶対、君からだ。ググトに追われていたんだから」
「そうだったわね。驚いたわ。知らない場所に来ていきなりググトでしょ。頭が混乱していた」
「じゃあ、僕はどう見えたのかい?」
「背が高いイケメン・・・って思わなかった。妙な制服を着た変な人だと思った」
「ははは。それはお互い様だ。おかしなことを言う変な女だと思っていたんだ」
「ひどーい!」
沙羅は口をとがらせて、そして笑った。
「ふふふ。でもあなたは私をかくまってくれた」
「脅されたからだ。トクシツにばれれば僕まで拘束されるって。本当にひどい女だ」
「本当にひどいわね。でもあなたはかくまってくれた。でもすぐに周りの人にばれたけどね」
「でも君はうまくごまかした。ユリになり切って・・・」
「すごい演技力でしょう?」
「ははは。みんなにばれていたけどね」
「ええ、でも何か訳があると思って騙されたままにしてくれた」
「みんなに感謝だな」
すると沙羅が前に出てダイを見つめた。
「一番感謝しているのはダイ、あなたよ。本当にありがとう」
「何をあらたまって・・・」
「きちんとお礼を言いたかったの。こうして無事に帰ることができるのもあなたのおかげ。感謝している」
「いや、君がいなかったらどうなっていたか・・・。君がいてくれたから今の僕があるんだ」
すると星が明るく輝きだした。2人は夜空を見上げた
「この世界の星は本当にきれいね」
「ああ、僕もよく空を見ることがある」
「この世界の空は向こうの世界の空とつながっているのかな?」
「さあ、どうだろう?」
「つながっていてほしいわ。向こうに戻っても同じ空が見たいから・・・」
「そうだな」
ダイは懐中時計を取り出し時間を見た。話ながらゆっくり歩いていたから、ワームホールが開く時間まであと少しになっていた。
「もうそろそろだ。場所は・・・もうすこし向こうだな。走れば間に合う。急ごう」
「ええ」
ダイは沙羅の手を取って走り出した。この草むらをダイと何度、走ったことか・・・沙羅は思い出していた。
やがてその場所に着いた。まだ虹の光は見えない。何とか間に合ったようだ。沙羅はゼイゼイと肩で息をしている。
「ここに来るとどうしても走ることになるわね」
そう言いながら沙羅は深呼吸して息を整えていた。ダイは懐中時計を見た。
「さあ、もうすぐ『虹』が出てくる」
「もうすぐね。ダイ。さようなら」
沙羅は右手を出した。
「沙羅。もうお別れだ。元気で・・・」
ダイが右手を出して握手した。お互いに見つめ合いながら・・・。その時、空の星が急に瞬き、そして消えていった。辺りは暗闇に包まれた。静まり返った草原で2人っきり・・・右手を通してダイと沙羅は互いに相手を意識した。
「沙羅・・・」
「ダイ・・・」
すると急にダイが沙羅を引き寄せ、その体を抱きしめた。
「沙羅。今なら言える。君が好きだ。心から愛している」
「ダイ。私も・・・私もあなたを愛している」
暗闇の中で2人は唇を重ねた・・・。
やがて虹色の光が現れて辺りを照らした。それは重なり合う2人の姿を闇に浮かび上がらせた。
「ダイ。もう時間よ」
沙羅はダイから離れた。
「ああ、そうだな」
ダイは沙羅から手を放した。
「じゃあ、私、行くね」
「ああ、ここで見ている」
沙羅はダイに手を振りながら歩き出した。そしてその体はその虹色の光に吸い込まれていった。ダイはいつまでも虹を見守っていた。
やがて虹は消えていった。そしてまた夜空に星が輝き始め、三下高原をほのかに照らした。何事もなかったかのように・・・。
第1部 異世界編 完
・・・・・・第2部 現実世界編 に続く




