第45話 オーロラ
沙羅は朝から元気いっぱいだった。早起きしていつもより豪華な朝食を作り、2人分のお弁当も作った。テーブルに並んだそれらを見て、彼女は我ながら見事な出来栄えだとニンマリしていた。
やがてダイが起きてきた。昨夜のことを忘れたかのように沙羅は元気にあいさつする。
「ダイ! おはよう!」
「ああ、おはよう。どうしたんだい? このごちそうは?」
「気合い入れて作ったわ。ここで作る最後の料理になるもの。持てる力をすべて注ぎ込んだわ! ははは」
沙羅は無理に明るく振舞おうとした。最後の日にしんみり・・・というのは避けたかった。ダイと沙羅はテーブルに着くといつものように朝食を食べ始めた。いつもと変わらない2人の会話・・・その中で沙羅は尋ねた。
「ねえ、今日はどこに行くの?」
「ついて来てくれればわかる」
ダイは行先については何も言わない。そこで夕方まで過ごした後、三下高原に行ってお別れだというのに・・・。
朝食を済ませて2人は出かけることにした。バッグを持って・・・。その玄関先に隣のニシミがいた。
「あら! お出かけ?」
「ええ。ダイが非番だから」
「仲が良くていいわね。どこに行くの?」
「それが教えてくれないのよ」
沙羅はニシミと話しながらつらい気持ちになっていた。もう2度と会えなくなる・・・。
「じゃあ、いってらっしゃい!」
「ええ。今までありがとうございました。いつまでも忘れません」
沙羅はついそう言ってしまった。するとニシミが眉間にしわを寄せた。
「どうしたの? まるでお別れを言うみたいに」
「い、いえ。そういうことじゃないのよ。ニシミさんにはいつも感謝しているって」
「そう? でも今日のユリさん。ちょっとおかしいわよ。何かあったの?」
ニシミは何かを感じたのかもしれない。
「ううん。何でもない。じゃあ、行ってきます!」
沙羅はダイを引っ張るようにその場を離れた。その後ろで首をひねりながらニシミが見送っていた。
ダイはちょっと後ろを振り返りながら沙羅に言った。
「やはりきちんとお別れを言った方がいいんじゃないか?」
「いいの。湿っぽいのは嫌。本当のことも言えないし・・・」
沙羅は(これでいい)と一人で納得していた。
「それでどこに行くの?」
「来ればわかるさ」
ダイは目的地をまだ言おうとしない。だが歩き続けるうちに沙羅にはそれがわかった。
(やはりそこだったのね)
それは小高い丘だった。そこは足元がきれいな草花に覆われ、三下高原を見渡せる。
「お別れを言った方がいいと思ってね」
ダイが言った。その先には2つのお墓が並んで見えた。一つはナミヤ・ユリ、そしてもう一つは斉藤直樹。あの事件の後、ダイと沙羅はここに2人のお墓を作った。愛し合いながら死んでいった2人を供養するために・・・。ユリの心変わりをダイは責めず、こうして2人を弔ったのだ。
「そうね。2人にはちゃんと言っておかなくちゃ」
沙羅はそう言って目を閉じて手を合わせた。ダイはその姿を見ながら感慨にふけっていた。
(直樹さんは妹に似た女性を愛した。僕は婚約者に似た女性を愛している。だが・・・いずれも実らぬものなのか・・・)
ダイも目を閉じて手を合わせた。しばらくの間、静かな時間が流れた。
お祈りが終わった後、ダイが言った。
「ここでしたかったことがあるんだ」
「なに?」
「これさ!」
ダイはモーツェイカの笛を取り出した。
「ユリがいなくなった時、彼女の耳に届かないかと三下高原でよく吹いていた。だがいくら探しても彼女は見つからなかった。それで絶望してからずっと吹くのをやめていた。でも今はユリに、いや2人に聴いてもらいたくなった」
ダイは笛を吹き始めた。物悲しくも美しい旋律で、人の心に訴えかけ、励まして力づける曲だった。
(この曲は!)
沙羅は驚いた。失踪して兄を探して三下山に登った時に聞いたものだった。
(ダイ! あなただったのね。私の心を慰めてくれたのは・・・)
ダイの吹いた笛の音が次元に開いた、かすかな穴を通じて沙羅の耳に届いていたのだ。
(私たちを結びつけたのはモーツェイカの笛かもしれないわ)
沙羅はうっとりと聴いていた。心が安らぐのを覚えながら・・・。やがて演奏が終わった。
「素晴らしかったわ!」
「それはよかった。亡くなった2人の手向けになる」
「その曲ね、私、知っているの」
「えっ!」
「3年前、兄がいなくなって三下山に登った時に聞いたの。心が沈んでいた私をどれだけ救ってくれたことか・・・」
「そうか・・・。僕はユリを探していたんだ。この曲を吹いて」
すると沙羅もモーツェイカの笛を取り出した。
「私はダイに聴いてもらいたくて練習したの。元気づけようと思って、その曲を」
「君が? モーツェイカを?」
「ええ、ミオさんに習って。私も笛を吹くわ」
「わかった。一緒に演奏しよう。それが何より亡くなった2人の供養になる」
ダイと沙羅は笛を吹き始めた。同じ曲を吹いていても2人の技量には差がある。音はバラバラでそろわない。しかし沙羅は何とかダイに合わせようと懸命に笛を吹いた。一方、ダイはそんな彼女をリードしようと目で合図を送る。2人は互いに見つめ合いながら音を合わせていった。
やがて2つの笛の音は完全に調和し、美しい旋律をあたりに響かせた。すると驚くべきことが起こった。空からキラキラ光る帯が垂れ下がってきたのだ。そしてオーロラのような色鮮やかな美しい光を放ち始めた。やがてそれは2人が眠る墓を包み、辺りを虹色に染めていた。
(きれい・・・)
沙羅は笛を吹きながらうっとりと眺めていた。ダイもこの美しい光景に見とれているようだった。
やがてダイと沙羅は演奏を終えた。するとその光は幻のように消えていった。だが2人の脳裏にはあの光景がしっかりと刻み込まれている。
「素晴らしかったわ!」
「ああ、ユリが言っていたオーロラとはこれだったのかな。モーツェイカは不思議な力を持つと言われていたが・・・」
ダイは少し興奮しながら言った。
「よかったわ。この光景をユリさんに見せてあげられて」
「ああ、彼女も喜んでいるだろう」
「ねえ、もう少し吹いてみない」
「ああ。今日は思いっきり吹いてみよう!」
「じゃあ、その前に腹ごしらえよ。お弁当も頑張ったのだから」
沙羅は持ってきたお弁当を広げた。
「すごいな」
「すごいでしょう。腕によりをかけたのだから! あなたに食べてもらうのが最後だからね」
沙羅はニッコリ笑った。
「わかった。よく味わうよ」
ダイも笑顔で答えた。
沙羅とダイは昼食を食べた後も別の曲をモーツェイカで吹いた。あのオーロラは現れなかったが、気分は清々しく晴れ渡るようだった。2人は残された時間を楽しく過ごしていた。
◇
保安警察の地下留置場、ここは重罪犯が入れられる場所である。そこにカート室長はじめトクシツの監察警官の一部、そして藤堂が入れられていた。頑丈な鉄格子がはめられ、外の光を取り込む窓もない。壁は厚いコンクリートで覆われ、もちろん外からの魔法が届かないようになっている。そこに常時4名以上の保安警察官が配置されている。
「もうやってられねえぜ!」
藤堂は毎日のように不平を漏らしていた。だが他の者は誰一人、口を開こうとしない。
「カートさんよ。このまま裁判になったらどうなるんだ? 死刑か? それならおまえさんも死刑だろう? どうなんだ?」
藤堂はしきりにカートに話しかけていた。だがカートはずっと黙ったまま目を閉じて動かず、じっと座っているだけだ。こんなことが続いていた。
だが今日は違った。ここに来てから初めてカートが口を開いたのだ。
「藤堂。貴様は俺についてくる気があるか?」
「地獄にかい? まあ、悪きゃないな」
「そうか。それなら待っていろ」
カートは耳を澄ませていた。彼はじっと何かを待っていたのだ。
「もうすぐだ」
カートは目をカっと開けた。その鋭い眼光で辺りを見渡した。
「こことももうおさらばだ。フフフ・・・」
カートは不気味に笑っていた。




