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虹の向こうにあなたがいる  作者: 広之新
第1部 異世界編
45/69

第45話 オーロラ

 沙羅は朝から元気いっぱいだった。早起きしていつもより豪華な朝食を作り、2人分のお弁当も作った。テーブルに並んだそれらを見て、彼女は我ながら見事な出来栄えだとニンマリしていた。

 やがてダイが起きてきた。昨夜のことを忘れたかのように沙羅は元気にあいさつする。


「ダイ! おはよう!」

「ああ、おはよう。どうしたんだい? このごちそうは?」

「気合い入れて作ったわ。ここで作る最後の料理になるもの。持てる力をすべて注ぎ込んだわ! ははは」


 沙羅は無理に明るく振舞おうとした。最後の日にしんみり・・・というのは避けたかった。ダイと沙羅はテーブルに着くといつものように朝食を食べ始めた。いつもと変わらない2人の会話・・・その中で沙羅は尋ねた。


「ねえ、今日はどこに行くの?」

「ついて来てくれればわかる」


 ダイは行先については何も言わない。そこで夕方まで過ごした後、三下高原に行ってお別れだというのに・・・。


 朝食を済ませて2人は出かけることにした。バッグを持って・・・。その玄関先に隣のニシミがいた。


「あら! お出かけ?」

「ええ。ダイが非番だから」

「仲が良くていいわね。どこに行くの?」

「それが教えてくれないのよ」


 沙羅はニシミと話しながらつらい気持ちになっていた。もう2度と会えなくなる・・・。


「じゃあ、いってらっしゃい!」

「ええ。今までありがとうございました。いつまでも忘れません」


 沙羅はついそう言ってしまった。するとニシミが眉間にしわを寄せた。


「どうしたの? まるでお別れを言うみたいに」

「い、いえ。そういうことじゃないのよ。ニシミさんにはいつも感謝しているって」

「そう? でも今日のユリさん。ちょっとおかしいわよ。何かあったの?」


 ニシミは何かを感じたのかもしれない。


「ううん。何でもない。じゃあ、行ってきます!」


 沙羅はダイを引っ張るようにその場を離れた。その後ろで首をひねりながらニシミが見送っていた。



 ダイはちょっと後ろを振り返りながら沙羅に言った。


「やはりきちんとお別れを言った方がいいんじゃないか?」

「いいの。湿っぽいのは嫌。本当のことも言えないし・・・」


 沙羅は(これでいい)と一人で納得していた。


「それでどこに行くの?」

「来ればわかるさ」


 ダイは目的地をまだ言おうとしない。だが歩き続けるうちに沙羅にはそれがわかった。


(やはりそこだったのね)


 それは小高い丘だった。そこは足元がきれいな草花に覆われ、三下高原を見渡せる。


「お別れを言った方がいいと思ってね」


 ダイが言った。その先には2つのお墓が並んで見えた。一つはナミヤ・ユリ、そしてもう一つは斉藤直樹。あの事件の後、ダイと沙羅はここに2人のお墓を作った。愛し合いながら死んでいった2人を供養するために・・・。ユリの心変わりをダイは責めず、こうして2人を弔ったのだ。


「そうね。2人にはちゃんと言っておかなくちゃ」


 沙羅はそう言って目を閉じて手を合わせた。ダイはその姿を見ながら感慨にふけっていた。


(直樹さんは妹に似た女性を愛した。僕は婚約者に似た女性を愛している。だが・・・いずれも実らぬものなのか・・・)


 ダイも目を閉じて手を合わせた。しばらくの間、静かな時間が流れた。



 お祈りが終わった後、ダイが言った。


「ここでしたかったことがあるんだ」

「なに?」

「これさ!」


 ダイはモーツェイカの笛を取り出した。


「ユリがいなくなった時、彼女の耳に届かないかと三下高原でよく吹いていた。だがいくら探しても彼女は見つからなかった。それで絶望してからずっと吹くのをやめていた。でも今はユリに、いや2人に聴いてもらいたくなった」


 ダイは笛を吹き始めた。物悲しくも美しい旋律で、人の心に訴えかけ、励まして力づける曲だった。


(この曲は!)


 沙羅は驚いた。失踪して兄を探して三下山に登った時に聞いたものだった。


(ダイ! あなただったのね。私の心を慰めてくれたのは・・・)


 ダイの吹いた笛の音が次元に開いた、かすかな穴を通じて沙羅の耳に届いていたのだ。


(私たちを結びつけたのはモーツェイカの笛かもしれないわ)


 沙羅はうっとりと聴いていた。心が安らぐのを覚えながら・・・。やがて演奏が終わった。


「素晴らしかったわ!」

「それはよかった。亡くなった2人の手向けになる」

「その曲ね、私、知っているの」

「えっ!」

「3年前、兄がいなくなって三下山に登った時に聞いたの。心が沈んでいた私をどれだけ救ってくれたことか・・・」

「そうか・・・。僕はユリを探していたんだ。この曲を吹いて」


 すると沙羅もモーツェイカの笛を取り出した。


「私はダイに聴いてもらいたくて練習したの。元気づけようと思って、その曲を」

「君が? モーツェイカを?」

「ええ、ミオさんに習って。私も笛を吹くわ」

「わかった。一緒に演奏しよう。それが何より亡くなった2人の供養になる」


 ダイと沙羅は笛を吹き始めた。同じ曲を吹いていても2人の技量には差がある。音はバラバラでそろわない。しかし沙羅は何とかダイに合わせようと懸命に笛を吹いた。一方、ダイはそんな彼女をリードしようと目で合図を送る。2人は互いに見つめ合いながら音を合わせていった。

 やがて2つの笛の音は完全に調和し、美しい旋律をあたりに響かせた。すると驚くべきことが起こった。空からキラキラ光る帯が垂れ下がってきたのだ。そしてオーロラのような色鮮やかな美しい光を放ち始めた。やがてそれは2人が眠る墓を包み、辺りを虹色に染めていた。


(きれい・・・)


 沙羅は笛を吹きながらうっとりと眺めていた。ダイもこの美しい光景に見とれているようだった。


 やがてダイと沙羅は演奏を終えた。するとその光は幻のように消えていった。だが2人の脳裏にはあの光景がしっかりと刻み込まれている。


「素晴らしかったわ!」

「ああ、ユリが言っていたオーロラとはこれだったのかな。モーツェイカは不思議な力を持つと言われていたが・・・」


 ダイは少し興奮しながら言った。


「よかったわ。この光景をユリさんに見せてあげられて」

「ああ、彼女も喜んでいるだろう」

「ねえ、もう少し吹いてみない」

「ああ。今日は思いっきり吹いてみよう!」

「じゃあ、その前に腹ごしらえよ。お弁当も頑張ったのだから」


 沙羅は持ってきたお弁当を広げた。


「すごいな」

「すごいでしょう。腕によりをかけたのだから! あなたに食べてもらうのが最後だからね」


 沙羅はニッコリ笑った。


「わかった。よく味わうよ」


 ダイも笑顔で答えた。


 沙羅とダイは昼食を食べた後も別の曲をモーツェイカで吹いた。あのオーロラは現れなかったが、気分は清々しく晴れ渡るようだった。2人は残された時間を楽しく過ごしていた。


 ◇


 保安警察の地下留置場、ここは重罪犯が入れられる場所である。そこにカート室長はじめトクシツの監察警官の一部、そして藤堂が入れられていた。頑丈な鉄格子がはめられ、外の光を取り込む窓もない。壁は厚いコンクリートで覆われ、もちろん外からの魔法が届かないようになっている。そこに常時4名以上の保安警察官が配置されている。


「もうやってられねえぜ!」


 藤堂は毎日のように不平を漏らしていた。だが他の者は誰一人、口を開こうとしない。


「カートさんよ。このまま裁判になったらどうなるんだ? 死刑か? それならおまえさんも死刑だろう? どうなんだ?」


 藤堂はしきりにカートに話しかけていた。だがカートはずっと黙ったまま目を閉じて動かず、じっと座っているだけだ。こんなことが続いていた。


 だが今日は違った。ここに来てから初めてカートが口を開いたのだ。


「藤堂。貴様は俺についてくる気があるか?」

「地獄にかい? まあ、悪きゃないな」

「そうか。それなら待っていろ」


 カートは耳を澄ませていた。彼はじっと何かを待っていたのだ。


「もうすぐだ」


 カートは目をカっと開けた。その鋭い眼光で辺りを見渡した。


「こことももうおさらばだ。フフフ・・・」


 カートは不気味に笑っていた。


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