第8話 悪魔の子アルブス
パトローナス島は氷の大陸だ。永久凍土と言われる場所が大陸の三分の一を占めている。冬になると凍ってしまう海も多い。昔パトローナス大陸の半分を占めていたオプレンタス国に突如攻め入ったのも不凍港を手に入れるためだったと言われている。
「さ…寒い」私は思わず体をさすった。「船長の言った通り毛布などの防寒具を揃えた方が良いですね。」この港町の万事屋と名高いらしい店を町の人に紹介されて扉の前にリキを待たせて入る。チリンチリンっと入店すると扉についてる鈴がなった。レンガ造りの部屋の中で暖炉がぱちぱちと音を立てている。中には縄や油、丸太に薬草、毛布に服に食べ物。服はドレスまで置いてある。本当に色んな物が置いてあって「さすが万事屋。」私は思わず感嘆のため息をついた。奥には本が沢山積み上げられており、その本の奥にちらりと背の曲がった鼻眼鏡の老人が筆ペンを持って何かを紙に書いているのが見えた。とても気難しそうである。私たちはそれぞれ必要なものを手に取っていく。三人分の毛布にそれぞれローブの下に着る様の毛皮の服。それから干し肉とドライフルーツ。カリタスがそこにハーブを追加する。油や水やお酒などは自分で容器を持参し、それに店主が入れてくれる仕組みらしい。それぞれ大きな樽に入れてあり、そこに『容器持参。店主に声かけ』と紙が貼り付けてあった。私たちは会計のために本の山の奥にいる店長に声をかけた。煩わしそうにゆっくり腰をあげると老人は本の山をくぐって私たちの前に現れた彼に買う品物を出した。「それから油とラム酒と水をそれぞれこの革の水筒に補給してくれますか?」老人は黙ったまま革の水筒を三つ受け取るとそれにそれぞれ補給してくれた。「あとこれにオリーブオイルを」スピーヌスが自分の鞄から革の水筒を取り出して老人に渡す。老人はオリーブオイルの補給も終わるとぼそっと「1000ガル」と呟いた。安い、私は驚いた。こんなに買って1000ガルなのはとても安かった。お財布から1000ガル出して彼に渡すとこくりと頷いて再び本の山の中へと消えていってしまった。なんというか取り入る隙のない人だ。再びチリンチリンと鈴を鳴らして店を出る。「良い買い物ができましたね。」「本当に。安いし品揃えも良い、人気なのが納得だよ。」私たちは良い買い物ができて満足だった。足取り軽く町を出る。二日酔いの頭痛さえなければ完璧だ。
町から都まではそれなりに距離がある。しかしリキを連れて馬車を借りれば途中で魔道具に込められた魔力がきれ、狼に戻った時大惨事だ。魔道具はあと一日分の魔力しか残っていない。私たちは人通りから離れた場所を歩いていくことにした。町が見えない所まで行くとカリタスはリキの首からネックレスを外す。リキは大きな灰色狼へと姿が戻る。やはりリキは大きい。馬並みの大きさだ。リキはあれからスピーヌスにだいぶ懐いた。今では機嫌のいい時には撫でさせるぐらいになっている。リキは久々に元の体に戻れてだいぶ満足らしい。あっちへこっちへと積もった雪の中を走っている。やはりまだ子供なのだろう。カリタスが地図を広げて確認したところこの後森を三日ほど歩くことになるらしい。今日も森で野宿になることになるらしい。
しばらく歩くと森が見えてきた。針葉樹の森が雪化粧をしている。足を踏み入れると外よりも寒い気がした。寒さのせいでますます口を開くのが億劫になる。そして、その静けさがますます私たちの体を凍らせた。全てが音のない、動きもない世界に飲み込まれ、少しずつ心も体も凍えていく時一気に全てを甦らせるようにそれが起きた。
突然むこうから真っ白な絨毯を赤色でてんてんと染めながらうさぎがかけてきた。リキはそのうさぎをガブッと噛みつき仕留める。そしてリキはそのうさぎを自慢げにカリタスによこした。カリタスがそれを受け取った時ビュッ、トスッ。カリタスの足元に矢が刺さった。「それは、私の獲物だ。」向こうから一人の少女が現れる。真っ白な長い髪。両頬の髪をひと房ずつ金のリングでまとめ、他の髪を後ろにながしている。雪のような白い肌。私は生まれて初めて自分と同じぐらい白い肌と白い髪をもった人族を見た。そして彼女の瞳は燃えるような赤だった。「アルビノ」カリタスが隣でぼそっと呟いた。その言葉に反応して彼女が舌打ちをする。そして再び弓をカリタスにむけた。それに反応してスピーヌスが飛びだし、彼女を地面に押さえつける。「離せ!」スピーヌスに押さえつけられて少女が暴れる。「攻撃しないと約束するなら離してやる」低い声でスピーヌスが彼女に圧をかける。「…わかった。攻撃しない。」降参したように暴れるのをやめる。
パチパチと焚き火の火花があがり、夜の暗闇をぼんやりと照らしている。随分お腹が減ってたらしくすごい勢いでカリタスが作ったご飯を食べた。私も久々に美味しい食事ができて幸せだ。「…よっぽどお腹が減ってるみたいですがどうしてこんな森に?」カリタスの言う通りだ。私たちは人通りを避けるためにこの森を通ることにしたが普通の一人旅なら整備された人通りの多い道を通る方が良いに決まっている。「あんたら旅人か?」少女が私たちを見る。「ええ。王都にむかってるの。」「王都に?」少女は警戒を露わにする。「ええ。ヴィス国の王族。つまり、使徒の血族に用があるの。」「なぜ?」私は目にかけてあった魔法を解いてオパールのように光る瞳を見せる。「レクター」目を見開いて少女が驚くと頭を深々と下げた。「失礼した。私はヴィス国の第一皇女、アルブスです。」「第一皇女?つまり今追われている…」「そう。私がクーデターで追われている第一皇女だ。」「なぜクーデターが起きたのですか?」焚き火の火が一瞬燃え上がり、彼女の赤い瞳と白い肌を照らした。「私が悪魔の子だからだ。」