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デリット王女は面倒くさい

 午後七時まで、私たちはそれぞれ部屋が与えられたのにも関わらず風呂に入ったりする以外はそのほとんどを客間で一緒に過ごした。部屋の柱時計が七時を指し、その時刻を告げる七回の鐘のうち一回目が鳴り終わると同時に部屋の扉がノックされ、料理が運ばれた。赤、黄、緑、色とりどりの料理たちが机の上を彩っていく。グラスに葡萄酒がつがれ、机というキャンパスの絵が完成した時国王夫妻、および美しい姫君、デリットが現れた。


 「レクター様、これから旅を共にする娘もどうぞお食事の時間に混ぜていただけないでしょうか。」国王は明らかに不服そうなお顔をしている愛しの娘の背中を押す。召使たちは慌ててデリット嬢のために一番上座の席に椅子を用意する。ワインレッドの柔らかなクッションが置かれると姫君は優雅に腰を下ろした。彼女が腰を下ろすとその椅子を蔦が這い、白い花が咲いた。その姿はやはりとても美しく、美の神というものが存在するのならばそれは彼女のような姿をしているのだろう。


 彼女が大人しく席に座るのを確認すると国王夫妻は娘を残して部屋を出ていった。給仕係が何人か部屋の隅で控えているものの実質私たちだけ。嫌な沈黙の時間が流れる。「デリットって何か趣味があるのか?」その沈黙に一番最初に耐えれなくなったのはノウスだった。笑顔を作りながら彼女に訊ねる。「歌を歌うのは好きですわ。」姫君は少し微笑んで答えた。私たちは彼女が微笑んでくれたことで緊張の糸が緩んだ。「俺も歌が好きなんだよ。よく船の仲間たちと夜遅くまで歌うんだ。」姫君が子馬鹿にするような笑みを浮かべる。「私は聖歌を歌うのが好きなんです。」「聖歌か。俺はやっぱりがなり声で歌う歌が好きだな。気持ちいいし。」「そういう感じですよね。」姫君の言葉にからからとノウスが笑う。「聖歌も、船乗りの歌もどちらも魅力がありますよね。」カリタスはリキの頭を撫でながら微笑んだ。「聖歌と船乗りの野蛮な歌を比べないでくださいますか?」不愉快そうにカリタスを睨む。「あっ…ごめんなさい。それぞれ別々の魅力がありますよねっていう意味だったんです。」申し訳なさそうにカリタスは謝るが姫君は鼻でふんっと笑い飛ばしただけだった。カリタスの方を見ようともしない。ノウスはその様子に眉を一瞬顰めたがすぐいつもの笑みを浮かべる。「じゃあ、これからの旅で聞けることがあるかもしれないな。」「そうですね、歌う機会があったら。」姫君は微笑む。「そういえば、船乗りの歌ってかなりレパートリーがあるけれどいったい全部で何曲ぐらい持ち歌があるんだ?」アルブスは葡萄酒を一口飲みながら興味深そうにノウスを見る。「あ~…数えたことねえな。その日の気分で勝手に歌詞変えて歌うこともあるしな。」「毎晩夜遅くまでがなり声で歌ってたもんな。」アルブスがけらけらと笑う。「そういうおまえの歌も聞けたものじゃないけどな。」ノウスがにやりと笑う。「私、歌なんて歌ったか?」アルブスは真っ赤になる。「覚えてないんですか?三日目の晩にいつもより飲んで大きな声で歌ってましたよ。」「そうそう、船長にも負けないぐらい大きな声でね。」「しかも音痴ときた。」アルブスはますます真っ赤になると照れ隠しに葡萄酒をグイっと飲む。「飲みすぎてまた歌い始めないようにな。」スピーヌスがそんな彼女をさらに揶揄った。アルブスはさらに真っ赤になって何かを言い換えそうと口を開くが言葉が出てこないらしく口をパクパクと魚のように開いたり閉じたりした。その様子がまた可笑しく私たちは声を出して笑った。


 カン。金属同士がぶつかる音がして、部屋に響いていた笑い声を止める。姫君が食器皿にナイフとフォークを勢いよく置いた音だった。「私、食べ終わったので帰りますわ。」彼女の食器にはまだ少し食べ物が残っていた。不機嫌そうに美しい口を絹のハンカチで拭うと立ち上がる。「急にどうなされたのですか?まだ、お皿にお料理が残ってますし…。」そう言ったカリタスを姫君はキッと睨みつけ、そのまま部屋を出て行ってしまわれた。「なんだあれ?」「さっぱりわからん。」アルブスとノウスが首を傾げる。


 食事は見た目は美しいものの脂っこく、味付けも濃いものが多かったせいか、食後の紅茶が非常に美味しく感じた。私たちは姫君のことが気にかかりながらもそれなりに楽しい食後のティータイムを過ごし、誰ともなしに各々の部屋へと寝に行った。


 私は久々に一人っきりになった部屋でこれからの旅のことを思ってため息をついた。まだここを含めて五大陸が残る中、デリットのような人を連れて無事旅を終えられるだろうか。私はそんな不安を感じながらベッドに横たわり懐中時計を取り出す。私にとってこの懐中時計はお守りでもあった。真鍮に『RECT』と彫られている。父の名前だ。馬鹿正直で、名前の通りどこまでもまっすぐな人だったと父の親友である宰相ドロールは酔うたびに涙ぐみながらそう話した。旅が好きで、ある日そのまま帰ってこなくなった。私が600歳の時の話だ。私は懐中時計を枕元に置くとローブを脱ぐ。その時、カコンっと小さな黒い箱がローブから転がり落ちた。私はため息をつきながら箱を拾い、ローブの内ポケット(その箱の定位置)にしまった。箱の中には自分の名前が彫られたオパールが入っている。星族は生まれたとき自らの利き手に瞳と同じ色の石を持って生まれてくる。人族は名づけ氏という役職の人物が名前をつけるものだが星族は自らが持って生まれてきた石に刻まれた古代語を名とする。古代語は始祖神イニティウムたちが使っていた言葉とされ、今でこそすたれているがある一定数の人々は今でも学ぶ科目だ。名前にはそれぞれ美しいや悲しい、などの古代語での意味があり、それはその人の人生や体を表すとされる。そしてごくまれに意味を持たぬ単語が刻まれた石を持って生まれてくる子供がいる。古代語にない単語、表記こそ古代語であるが単語は存在しない。そういう名前を持った子供に共通すること、それは皆罪人としてこの世を終えるという事だ。そして私の名もまた意味を持たない単語であった。

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