謁見
次の日、私たちは昼近くまで森で待機してから王族に謁見するため城門へとむかった。城門前で警備している兵隊たちに声をかける。「国王陛下に拝謁したいのですが。」兵士は他のプルクラと同じように上から下までじろじろと私たちを見てから口を開いた。「国王陛下はお忙しく一般の旅人はよほどのことでない限り謁見は不可能。いったい何ようだ?」私はアルブスに小突かれて慌てて目にかけてある魔法を解き、元の瞳を見せる。兵士は慌ててその場に膝まづいた。「ご無礼をお許しください。レクター様だとは露知らず…。ただいま国王陛下に報告しに参りますのでしばしここでお待ちを。」そういうと慌てて城の中へと入っていく。「すっごい効力。」ノウスはヒューっと口笛を吹く。「これから何か問題が起きそうなときはガンガン使っていった方がいいかもな。その目。」「あんまりこういう使い方はしたくないんだけどね。」私はため息をついた。
しばらくすると国王陛下夫妻が城門まで迎えに来てくださった。二人ともプルクラの中でも際立って美しい容貌だ。「ようこそいらっしゃいました、レクター様。お迎えに上がるのが遅くなりまして誠に申し訳ございません。」国王は頭を下げる。「そんな、こちらが突然押し掛けただけですから。どうぞ顔をお上げください。」「ありがとうございます。ろくなおもてなしもできませんがどうぞ、中へ。」国王陛下夫妻に連れられて私たちは城の中へと歩みを進める。
大理石の床に深紅の絨毯が敷かれている。美しい金糸で古代語の歌が刺繡が施されている絨毯をシャンデリアの光が照らしていた。大理石の壁にはなぜか蔦が張り、床の間のわずかな空間から花々が咲いていた。人工的な美を自然の美が侵食しているその様子は美しいもののプルクラが好む美しさとは違う気がした。
国王は客室に私たちを通すと口を開く。「レクター様は使徒の紋を持つ血族者とこの大陸に残されたという宝を探しにいらっしゃったのですよね?」「はい、レクターの座を祖父から受け継ぐこととなったので慣例に沿って。」「そうですか…生きている間にレクター様にお会いできるとは。…わが娘は生まれながらにその腕に使徒の紋を宿して生まれてきました。」国王はうっすらと涙ぐむ。「貴方…。」王妃は困り顔で国王を見る。「申し訳ございません、今娘を連れてまいりますのでもうしばらくここでお待ちください。」親指で目頭をつまみながら私にたちに頭を下げると王妃に肩を支えられながら部屋を出ていく。
国王夫妻の様子を不思議に思いながら待って、しばらく時間が経った。突然扉の隙間から蔦や花々が入ってきた。「なっなにこれ?」私たちは動揺が隠せない。客室はまるで何十年も森の中に放置されていたかのように蔦がすごい勢いで壁や床を侵略していく。美しい花々がその蔦から咲き乱れ、柔らかな甘い香りを発する。
まるでおとぎ話の廃城の部屋のようになった時、扉がゆっくりと開かれた。私たちは扉の先、国王夫妻の前に立つ一人の女性に思わず息を呑んだ。柔らかな金色の髪は絹のように滑らかに波打ち、その髪を緑の蔓がまるで三つ編みのように纏めている。蔓からは白い肉厚な花が咲いている。澄んだ水色の瞳は複雑な紋様を描き、かすかに緑を宿している。さながら森の中の泉のような瞳は見たものの心を魅了する。その瞳に髪と同じ金色のまつ毛が影を落とす。そのまつげの長くて美しいこと。髪の一本、まつ毛の一本、それさえ誇り高い芸術品のようだった。高く、美しい鼻。薄い唇は柔らかな桃色。陶器のような白く滑らかな肌。金色の花々が飾り付けた白いドレスが彼女を彩るというよりは彼女の美しさがそのドレスを彩っていた。滑らかで女性らしい体、その細く美しい右腕には金色の蛇の紋様が浮かんでいる。すべてが完璧な彼女はまるで人形のようだった。
ゆっくりと彼女の口が開かれる。「お父様、私旅なんて行きたくないです。」澄んだ部屋に響く美しい声、決して甲高くなく柔らかな声に聴き惚れる。しかしその完璧な人形は思わぬことを口にした。「旅には騎士や召使は連れていけないし、髪や肌のお手入れもろくにできないでしょう?私は嫌ですわ。」彼女は私たちのことなんてちらりとも見ない。ただ後ろに立つ自分の父親に訴えている。「うむ…しかしこれは慣例なのだ。お前に使徒の紋がある以上レクター様と共に旅立たねばならぬ。」「そんな!お父様は私がいなくなっても良いと仰るの?旅となると最悪命の危険も出てくるのよ!」彼女の目に涙が浮かぶ。その姿は悲劇の物語に出てくる美しい王女そのものだったが言っていることがしょうもない。「レクター様、我が娘のデリットです。」美しい彼女、デリットはちらりと私たちを見たがまるで興味がないらしくすぐ自分の父親を見つめる。「私は行きたくないです。」「デリット、これだけは言う事を聞いてあげれません。レクター様と共に旅立ちなさい。」国王の隣で黙ってその様子を見ていた王妃が口を開く。デリットは王妃をキッと睨む。「何よ、血もつながってないくせに母親面しないで!」王妃は萎縮せず彼女を見る。「お父様。」助けを求めるように自分の父親を見つめたが国王はゆっくり首を振った。「レクター様と共に旅立ちなさい、デリット。」「っ…お父様なんて大っ嫌い!」彼女は私たちのもとを走り去った。彼女が立ち去ると壁や床に貼っていた蔦や花が彼女の後を追って部屋の中から後退していく。国王夫妻はため息をつきながら彼女の背中を見送ると私たちに向き直る。「あの通りだいぶ我儘に育ってしまいまして…。どうか娘をよろしくお願いします。」国王は深々と頭を下げるとふらふらと部屋を出ていった。「お食事は午後七時にこちらに運ばせるようにしますので。」王妃はそれだけ言うと頭を下げて国王の後を追った。
扉が閉まった後私たちは安堵とも疲労ともわからぬため息をついた。「俺、ああいう女苦手だわ。」ノウスの言葉にアルブスも頷く。「奇遇だな、私もだ。」