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第1話 魔女と巫女の交渉、暗躍する影

創作大賞2025用の投稿作品。

応募条件2万文字以上の執筆をするか否かは、漫画雑誌の不人気作品を打ち切るように、株で損切りするように、不評で儲けの少ない商品が店頭から姿を消すように、作品に対する評価と結果次第で判断します。

野盗から救い出された金髪の少女は、息を荒げながらも姿勢を正す。

そして呼吸を整えた後、凛とした声で名乗った。

今しがた襲われたばかりだというのに、濁りのない透き通る声音。

その一挙手一投足は、彼女の芯の強さを如実に物語る。


「助けていただき、ありがとうございます。私はゾンネ・フォン・ホーニグ。太陽神スパエラウロラスに踊りを捧げる一族の巫女です。さる貴人の命を受け、公爵夫人とお目にかかっていた帰りを、ご覧の通り……」


ゾンネは困窮した面持ちで語り始めた。

彼女の言葉を耳にした傭兵団の面々は、互いに顔を見合わせる。

ホーニグ家といえば、古来より陽の加護を祈る巫女の家系。

太陽を讃える舞を奉じ、〝太陽の神の慈悲〟から生まれたという蜂蜜を、聖なる供物として捧げる祭祀の名家。

ただの傭兵団が関わるのは烏滸がましいほどの名を、荒野で命を狙われた少女の口から飛び出すとは。

行列の馬車が襲われ、供の者が次々と落命する中、、身一つで逃げ延びてきたのだという。

少女が指差した方に向かうと、おびただしい遺体と木っ端微塵に破壊された残骸が、山のように積まれていた。

故人を偲ぶように瞳に涙を浮かべ、すぐに腕で拭うと


「傭兵団の方々にお願いします。王都ゴルトケファまで、護衛していただけませんか」


少女は切に懇願し、頭を深々と下げる。

ヴルム傭兵団の団員は、どうすべきかと視線を交わす。

決断を急がずに最良の選択をしようとした、団員の迷いを断ち切るように、団長ヘクセンは無情に言い放つ


「護衛は対価なくして果たされない。それが商いの常。謝礼金もなしに我々は……ヴルム傭兵団は依頼人に命を賭けるつもりはない」


その一言からは〝耳切りの魔女〟、〝奈落の花嫁〟と恐れられる所以である、冷徹さが滲み出す。

ヘクセンは続けて


「勘違いしてもらっては困る。我々は戦闘のプロフェッショナルだ。装備を整えて、傷を手当てして、馬車を走らせて……何をするにも金は入り用」


と持論を語り、さらに


「つまりはそれがなければ、戦闘もままならん。依頼人が命を守れというのなら……まずは我々に必要十分の金を渡すのが筋だ。逆にただで仕事をこなすなどと宣う連中は、まともではないさ。違うか? 名家のご令嬢」


傭兵の現実を、冷ややかに告げる。

情より理に生きる戦の渡り鳥が踵を返そうとした瞬間、ゾンネは細指で黒のブラトップをまくる。

ヘクセンが動揺しながらもゾンネに近寄ると、肌に模様が刻まれている。

―――太陽の輪に、それに向かって飛び交う小さな昆虫。

ホーニグ家の血筋にのみ受け継がれる印、神に仕える家の神聖なる証。


「この命、ただの市井の娘とは違います。私を王都に送り届けてくだされば、必ずやその功績を親族に伝え、正当な謝礼を―――相応の額をお支払いしましょう」


しなやかな物腰とは裏腹に、ゾンネの瞳にはただならぬ気迫が宿っていた。

そして彼女は


「私の依頼を断れば、または失敗すれば―――ソル・ルゥム大陸最強と呼ばれるヘクセン・ガイストの名に。そしてあなたの率いるヴルム傭兵団の評判に、傷がつくでしょう。それでもよろしければ、私は別に構いませんが?」


交渉とも脅しともとれる、若き巫女の言葉に空気が張り詰める。

ヘクセンは屈み、少女へ顔を近づけて黙ったまま睨み合いが続く。

無言の圧にも動じず、ゾンネの鋭い眼差しは決して要求を曲げなかった。

膠着状態が終わると、ヘクセンの唇の端は歪に吊り上がり


「フッ、なかなかしたたかな小娘だ……気に入ったよ。理はこの娘にあるらしい。馬車に案内しよう。目的地は王都ゴルトケファだ」


かくして、ゾンネの王都までの同行が正式に決まった。

ヴルム傭兵団はゾンネを迎え入れた。

旅路はまた続くが、その道中が波乱に満ちたものになるのを、彼女たちは薄々感づいていた。




日が暮れて馬車が一時休息をとると、傭兵団一行はいくつかのグループに分かれ、森林で涼むこととなった。

コートは友人ツァイツォ、ヴェファ、そしてゾンネと連れ添って、自然の清涼な空気を肌で感じた。

煙突から舞う熱気や煙が常に漂う都市とは異なり、息を吸い込む度に体が新しく生まれ変わるようだ。

頬を緩めてリラックスしているとその隙に、ゾンネがコートに近づき、小さく頭を下げた。


「……あのとき助けてくれて、ありがとうございました」


必要以上に語らない少年の表情は固く、唇をきりっと引き締めて結ばれる。

しかしどこか誇らしげに、目を細めた。

そんなコートの背中をツァイツォとヴェファが軽くどつき、からかう。


「よっ、コートさん! 可愛い女の子にモテモテだな」

「もう少し人当たり良ければ、もっと女の子ウケがいいと思うけどね?」


コートが眉尻を下げると、4人の笑いが木霊した。

陽が傾いた静寂の世界とは対照的な笑い声が、森に響くとまるで一瞬だけ、世界に安らぎが訪れたかのようにだった。

だがその安らぎは、あまりに脆かった。

木々の葉に紛れ、黒衣を纏う人物が4人を見下ろしていた。

顔の輪郭は見えず、ただ獣を思わせる眼光が、無防備な彼らを射抜いている。


「所詮ならず者のゴロツキには、小娘の始末は期待できませんねぇ……顕現なさい、セルペンス=ソリヴォルス」


芝居の幕が上がるように、謎に人物は指を鳴らす。

すると森の奥の闇から、ぬらりと巨大な影が這い出た。

黒の鱗は光を拒むかのごとく反射し、紅の瞳は殺意に満ち満ちている。

眼前の獲物をただ喰らうために創られたかのような、図鑑にも記されていない異形の魔物は、4人を見るや否や咆哮する。


「なんだ、こいつは?!」

「どうしよっ、2人とも!」


困惑したツァイツォとヴェファ、ゾンネを守らねば……コートがフレイルを握り締め、臨戦態勢をとるも


「ただの人間になぞ、遅れはとりません……さて、どうしますか? 太陽神にへつらう我らが敵……太陽の巫女ゾンネ」


呼び出した人物は彼には意に介さず、ゾンネにのみ注意を向ける。

闇で研がれた牙を剥き出し、静かに狩りが始まろうとしていた。

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