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幻日の三柱神〜神喰らいのエクリプス〜  作者: ?がらくた


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序章 少年と少女の出逢い

創作大賞2025用の投稿作品。

応募条件2万文字以上の執筆をするか否かは、漫画雑誌の不人気作品を打ち切るように、株で損切りするように、不評で儲けの少ない商品が店頭から姿を消すように、作品に対する評価と結果次第で判断します。

ソル・ルゥム大陸、大地テッラ暦1412年。

この世界では信仰は草の如く芽吹き、花粉のように遠くへ散る。

隆盛と衰退を繰り返す教義の波に翻弄されながら、人々がただ生きるなか、彼らの心にはある信仰が深く根付いていた。

それは彼の地に生まれ落ちた者は


天なる楽園パラディスの名を冠す昆虫の異能。

地下の地獄アップグルントに通じる昆虫の権能


のうちいずれかをその身に宿すという、自然を司る神々の人間への慈悲である。

だが稀にいずれにも属さぬ者が生まれ、彼らはニヒトの忌み名を与えられた。

ニヒトは神々から忘却され、恐れられ、あるいは神々に叛逆する存在だとの解釈が、ソル・ルゥムでは一般的である。

ニヒトは信仰に満ちた世界のあわいに取り溢された、世界の理に適合しない者の烙印であった。




軽快に都市へ向かう14乗の馬車の1台。

柔らかい湿った土の道路を征き、時折地面の石を車輪が踏んづけた際に生じる、激しい揺れを我慢して、忌み名を持つ少年は窓辺に寄りかかる。

ヴルム傭兵団団長ヘクセン・ガイストに拾われた黒髪に黒目、さらには黒鎧と黒づくめな彼は、汚物を連想させる名に内心不満を抱きつつも、退屈と吐き気を噛み殺す。


「おい、ニヒトのウンコ野郎。馬車が臭くなるから、もっと俺から離れろや」


からかうように向かいの席から言い放つは、金髪にピアス、それに上下ともに虎柄の模様の衣服を纏う、みるからに柄の悪い傭兵トイフェル。

鋭い褐色の眼光と笑みには、冗談では片付けられない悪意が混じっていた。

不愉快な言葉に口許を歪めるも、コートは拳は振るわなかった。

反論すれば火に油を注ぐだけだ。

騒いでも、ニヒトがどうのと騒がれるのは明白。

心の底に激情の焔が灯らせつつも、コートは無視を決め込んでいた。


街の門をくぐって馬車を降り、久々に石畳のでこぼこした感触を踏み締めるコートは、うずくまる2つの影に気づいた。

どうやら乗り物酔いしてしまったらしい。

1人は傭兵仲間の少年で、ヘクセンを除けばもっとも傭兵団でコートと長い刻を過ごした、ツァイツォ・ノイマン。

集団で大規模な渡りをするという蝶の翅脈を模した、本人曰く〝チョウお洒落〟なオレンジのローブを見せびらかす余裕は、今はないようである。

もう1人の茶髪の剪定に使うような、巨大な鋏を手にした少女ヴェファ・ファーデン。 

コートの同年代の友人2人は顔色を青くし、口をおさえている。


「……ほら、水だ。体調、よくなればいいけど」


コートはしゃがんで革水筒を差し出し、順々に2人の背を優しく擦った。


「胃に逆流させるのはよくない。いっそ吐き出した方がいい」


彼の台詞に2人はうっすら目を開け、かすかに頷いた。

何の見返りも求めず、介抱する彼の努力の甲斐あって、次第に友人たちは普段の調子を取り戻した。

コートは黙って背に手を置き、薄く微笑んだ。




街中にて




物資の調達を済ませたコートは朝と夕方に開かれる、公共浴場で、旅の塵を落とすことにした。

細長い運動用の散歩道を通り抜け、長方形のプールのような目的地に辿り着くと、一仕事を終えた人々の喋り声が鼓膜を震わせた。

様々な階層の人物が肌を曝け出し、他愛のない世間話や何かの取引の会話に一喜一憂し、花を咲かせている。


「聞いたかよ、シュタール王国が武器の輸入を始めだしたって?」

「また戦争でも起こすつもりか? こりゃ大変だな」


何やら不穏な話が耳をつくが、心当たりのある彼はさして動じない。

生暖かい温水に肩まで浸かり、ふぅ……と息を吐いて疲れを癒した。

しかしコートの背後にいた街の人間は、ヒソヒソと噂話を始め、彼は居心地の悪さを覚える。


(……やっぱり目立つんだろうな、さっさとでよう)


コートは髪を洗い、素早く風呂から脱衣室に戻ると、盗人にでもなったような心持ちで宿屋の一室へと入った。

明日の朝には街を発つ。

朝の着替えの手間を減らそうとして、上着を脱いだ刹那、宿屋の木扉が叩かれ


「私だ、ヘクセンだ」


ヴルム傭兵団を率いる彼女が、扉越しに声をかけてきた。

緊急を要する内容かとコートがすぐに開ける。

すると白の花嫁衣装のドレスに黒の外套を羽織る、見慣れた赤髪の女性の姿が目に入り、彼女はそそくさとドアを閉める。


「注意しろといったろう。ほら、背中を見せて」

「あ、うん……ごめんなさい」


彼女に言われた通り背中を向けると、ヘクセンの筋張った手が伸びてきて、彼はくすぐったさに思わず笑みをこぼした。

ヘクセンは目を細めて黙した後、静かに、淡々と告げた。


「……これは団の外の者には、絶対に見せてはならないからね」


まるで炭をこすりつけたような、禍々しい黒い痕。

くっきりと、不自然に、しかし生まれついて浮かぶ模様とも刻印ともつかぬ影は、まるで何かを封じた紋のようにも映るらしい。

背中を確認できなかった時、彼は嘘を疑った。

しかし明るく飄々としたツァイツォならばともかく、意味のない誤魔化しはしないヴェファやヘクセンも含め、口々に


「王権や帝政に不都合な書物の文言を黒塗りにしたようだ」


と、団内の人間の意見が一致すれば信じざるを得ない。

彼女の忠告を聞いたのは、1度や2度ではなかった。

幼い頃は気になって仕方がなかったが、いつからか追及することもなくなった。

けれども静かな声音の奥の憂いは、確かに胸に響いた。


翌朝。

補給を終わらせた傭兵団は朝焼けに包まれ、緑豊かな街道を馬車でゆっくりと進んでいた。

草原のなだらかな起伏に揺らされ、空に浮かぶ淡い陽光は人肌を温める。

ほのかに花の甘い芳香が漂うと、うとうとと夢に誘われる傭兵が散見された。


「トイフェル、おまえ……シュタールについての噂を流しただろ?」

「さぁ、何のことやらねぇ……」


昨日の風呂の会話が気になって訊ねると、彼は意地の悪い笑みを返す。

暗にそれが真実だと、いっているようなものだ。

これほど血を好む、戦争屋らしい傭兵も少ないだろう。

思い思いに時を過ごし、次第に鬱蒼と茂るオークの葉が自然の天蓋を形成した森林が近づいた、そんな時だった。


「助けてェえッ!」


緊張から解放されて弛緩した糸が、一気にピンと張り詰めた。

少女の悲鳴が響いた方角に視線を向けると、金髪の少女が野盗とおぼしき一団に追われる姿を視界に捉えた。


「誰か、誰か……」

「誰も助けになんざこねぇんだよ! おら、さっさと捕まれや!」


彼女の後ろからぞろぞろと現れたのは、粗末な鎧と汚れた布をまとった野盗。

悪意と欲望が濃縮された獣じみた瞳で、獲物を逃すまいと殺気を滲ませた。

少女の黒のブラトップはずりさがり、黄と黒の縞模様のバギーパンツは泥で汚れていた。

昆虫の翅脈を模したロングアームスカーフがちぎれそうなほど腕を振り、全速力で駆けている。

黒のブーツは片方が脱げたまま、しばらく逃げ回ったのだろうか。

脚には血が滲み、あまりに痛々しい。


「野盗だ!」

「どうしますか、団長?!」


団員がざわめいて手をこまねいている中、馬車のほろをめくったコートは、少女と目を合う。

瞳に大粒の雫を溜めた彼女を見た瞬間、彼の肉体は脳が指令を出す前に勝手に動いていた。


「おい、外道ども。女の子が嫌がってるじゃないか。遊び相手がほしければ、俺が代わりにしてやろうか?」


武器を片手にコートは馬車から飛び降りた。

そして少年が手にした長鎖付きの刺々しい鉄球―――巨大な鉄塊フレイルが地面に落下した時、地面からはドスッ!

鈍い音が耳に届いた野盗は、それを操るのが人を潰し、壊すのに特化した武器には似つかわしくない、あどけなさの残る少年であること。

そしてそれが直撃すればどれほどの威力があるのかと、驚愕して動きを止めている。


「……木みたいに突っ立って……あんたら、格好の的だ! 覚悟しな!」


少年は地面に沈む鉄の球体に向けて小走りし、勢いをそのままに前方へ蹴り上げた。

鉄球が唸りを上げて先頭の野盗に直撃すると、その男の防具をいとも容易く貫通して肉に突き刺さる。

呼吸を荒げて口許からは血を吐き、死後硬直のように痙攣した。

壮絶な光景を前に、途端に彼らの悲鳴が聞こえ始めた。


「退却だ、退却!」


攻撃した際に激しく舞い上がった砂埃が消えると、盗賊の姿は既になかった。


「逃げ足だけは早い連中だな。君、大丈夫? 立てる?」


優しく少女に手を差し伸べ、倒れ込む彼女が起き上がるのを待つ。

互いの視線が絡まったこの瞬間から、運命は胎動し始めた。

数奇な宿命を送る忌むべきニヒトの少年コートと、〝太陽の踊り子〟と称される少女の物語が。

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