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30歳アイドル×10歳娘=20歳ユニット、M&Dデビューします!

作者: 宵月しらせ

ママはいつもあたしを応援してくれる。

だから、今日はあたしがママを応援するーー。

 ママはあたしのアイドルです。

 とっても美人で、いつもがんばってて、でも疲れてる時も笑顔を絶やさない。

 すごくすごくカッコ良くて、かわいいあたしのアイドルです。

 でも、ママは自分の夢を終わらせようとしています。


 そんなのダメッ!

 だからあたしがママを助けてあげるのです。

 そう、その時あたしは、ママのアイドルになるのです!




「アイドルのライブ、生で観てみたいなぁ」


 おうちのリビングでアイドルの動画を観ながらそうつぶやいた。

 すると、キッチンでお料理をしていたママがこっちにやってきた。


「アイドルに興味あるの?」

「あるけど……」


 そう、アイドルは大好き。

 中でも好きなのはガデフラ。特に初瀬リリちゃんが大好き!

 背が高くてすらっとしていて、かわいくて、歌もダンスもすっごく上手。他のアイドルたちも、リリちゃんはまじめでやさしくて、完璧なアイドルだって言っている。あたしはそんなリリちゃんが大好き!

 今観ていたのもガデフラの動画。

 いつか生で観てみたい。でも、ガデフラのチケットはなかなか手に入らない。ファンクラブに入っていても抽選になるくらいレアらしい。しかも、結構高い。


「観に行けるよ」

「本当?」

「うん」


 ママが笑顔でうなずく。


「じゃあ今度の日曜日に出かけるよ」


 日曜日ってことは、ガデフラの武道館ライブがある日だ!

 どうしてママはそのチケットを持っているんだろう? 職場の人からもらったとか?

 わかんないけど、すっごく楽しみ!




「はじめまして、三日月琴葉です。小学五年生です。趣味はアイドルの動画を観ることで、リリちゃんみたいなアイドルになりたいです」

「なにやってるの、琴葉?」


 土曜日の午前中、キッチンの机でお手紙を書いていると、ママが覗き込んできた。


「リリちゃんにお手紙書いてるの」

「リリちゃん? ガデフラの初瀬リリ?」

「うん!」

「ファンレター送るのか。いいねぇ」

「送るっていうか、プレゼントボックスに入れるの」

「プレゼントボックス? なんのこと?」


 ママが首を傾げる。

 アイドルのライブとかだと、会場の入り口にプレゼントを贈るための箱があるってネットで観た。

 危険な物があるかもしれないから、直接渡すことはできなくて、箱に入れて一度スタッフのチェックを受けるのだそうだ。

 ママはそのことを知らない? それとも……今日行くのはガデフラのライブじゃない?

 ……そっか。

 やっぱりチケットが手に入らなかったんだ。


「ううん、なんでもない」

「あ、この前の話をガデフラのライブの話と勘違いしちゃった? ごめんね、ちゃんと言わなかったから。今日行くのってガデフラのライブじゃないんだ」

「……別のアイドルのライブってこと?」

「うん、ガデフラとはくらべものにならないくらいしょぼいんだけどさ……いい?」

「いいよ。リリちゃんに会えないのは残念だけど、アイドル生で観たいから!」

「ありがとう。……その期待を裏切らないアイドルに会えるといいんだけど」




 午後になって、ママに連れられて新宿まで来た。あるビルの地下のお店に入る。

 分厚い扉を開いた先は、テニスコートくらい大きさのホールになっていた。

 スポーツするところ? でも立派なスピーカーとかがたくさんある。音楽するところ?


「ここはライブハウスだよ」


 と、ママ。やっぱり音楽の場所らしい。


「まだ営業時間前みたいだけど、入ってもいいの?」

「いいんだよ、ここはママの職場だからね」


 ママはいくつかのパートの仕事を掛け持ちしている。ここもそのひとつってこと?


「ママはここで何の仕事してるの? レジ? お掃除?」

「何の仕事って、そりゃ……ま、もう少し待ってな」


 ホールを抜けると廊下があって、その奥に部屋があった。“出演者控室”と書かれている。ママはそこのドアを開けた。

 控室の中には、女の人ばかりが十数人もいた。狭い部屋なのでぎゅうぎゅう詰めだ。

 中学生くらいの人から、どう若く見積もっても三十才くらいの人まで年齢層は様々。でも、みんなそこそこは美人。


「やっほー、みんな元気?」


 ママはみんなに挨拶する。パイプ椅子に座っていた人の肩を手でポンと叩く。


「やぁ、るみちゃん。今月お誕生日だって? アラサーの世界へようこそ。折り返しすぎたら三十まではあっという間だよ」

「高峯さん、いきなりそういう話はやめてください。誕生日は来週なので、まだ折り返しの手前です」


 高峯さん?

 それはママの旧姓だ。

 なぜるみさんはその名前を知っているのだろう?


「私の年齢のことより、高峯さん、聞きましたよ。プロデューサーが飛んだらしいですね」

「ああ、それね。わたしもビックリさ」


 飛んだ? 飛行機?


「大丈夫なんですか?」

「九割方ダメ。未払いのギャラを回収できる見込みはないし、今後の予定は真っ白」

「あ~……じゃあ今日は最後の思い出作りですか。長い間……本当に長い間、お疲れさまでした」

「まだ一割は諦めてないけどね。まぁ思い出作りってのはその通り」

「それで、そちらの子は?」

「わたしの子ども」

「はぁ………………え? 高峯さんの子ども!?」


 るみさんはあたしとママの顔の間で何度も視線を往復させた。

 他の人たちもすごい勢いでこっちを見てくる。

 なに? あたしがママの子どもなのがそんなに不思議?


「結婚してたんですか? っていうかお子さん結構大きいですね!」

「わたしが二十歳の時に産んだ子よ」

「若っ! あれ、ってことは、芸歴よりも?」

「芸歴よりもこの子の方が若い」

「うわぁ…………」


 どういうこと? なんでるみさんはそんな残念そうな目でママを見るの?

 それに芸歴って?


「ママ、一体ここはどこなの?」

「ここはアイドルの楽屋よ。みんなここで準備をするの」

「アイドルの楽屋? ここにいる人ってみんなアイドルなの?」

「そうよ」

「ママも?」

「もちろん」


 ママが……アイドル? まだ頭が追いついてこない。


「ま、アイドルって言っても地下だけどね。地下アイドルって知ってる?」

「うん。いつからアイドルなの?」

「高校生の頃からよ。まぁ途中で数年休業して、そのまま引退を考えたこともあったけど、気が付けば戻って来ていた」

「どうして教えてくれなかったの?」

「だってさ、ママなのにひらひらの衣装着て踊ってる姿、カッコ悪いでしょ」

「そんなこと……」


 ないよ、と言おうとしたけど、言葉が出てこなかった。

 カッコ悪いとは思わない。

 けど、その姿が想像できない。


「今まで秘密にしてたのに、どうして今日教えてくれる気になったの?」

「プロデューサーが飛んで……連絡がつかなくなってさ。簡単に言うと、ママがいた事務所が倒産」

「転職できないの?」

「移籍ってこと? まぁ探せばできなくもないんだろうけど、もう三十才だしさ、簡単には見つからないと思う。お金もキツイしさ。衣装もメイクも自分持ちだし。まぁトータルでは、一応黒字ではあるんだよ。でも、アイドルを続けるために正社員にならないでバイトばっかりだからさ、稼ぎ損ねってのも考えると赤字かな」

「えっと…………」

「まぁそろそろ潮時ってわけ。プロデューサーが飛んだのは良いきっかけと思うことにして、もう引退して地に足をつけて生きようかな、って。だから、今日はママの卒業式。いきなりの話で驚いてると思うけど、琴葉がきてくれてよかったよ。これで心置きなくステージを去れる」

「ママ…………」




 開演の時間が近づき、ママは衣装に着替え始めた。

 ひらひらがたくさんついた青色のかわいい衣装。これぞアイドルという感じだ。

 それからいつもよりしっかりとお化粧をした。


「厚化粧って思ってるでしょ? でも、ステージだとこれくらい派手にしないと目立たないのよ」


 ママはそう言うけど、やっぱり厚化粧は厚化粧だ。

 でも、そんなママもすっごくかわいい。




 ライブが始まった。

 このライブは、ひとつのアイドルグループの公演ではないようだ。たくさんのアイドルグループが共同でやっていて、出番を交代しながら進んでいる。

 ママはソロのアイドルだ。前はグループだったらしいけど、今はひとり。プロデューサーが飛ぶくらいだから、きっと前からお金の問題とかがあったのかもしれない。若い人たちは早めに去って、他に行くところがないママだけが残った……そんなところかもしれない。

 でも、ママのステージはすごかった。

 ママが出ると、ファンたちがママの名前を大きな声で呼んだ。人数は、二十人、三十人くらいはいる。

 会場には五十人くらい人が入っているので、半分くらいのお客さんがママのことを知っていることになる。

 ママは人気者なんだ。すごいなぁ。


「今日も来てくれてありがとう! 知ってる人もいるかもしれないけど、うちの事務所がちょっと大変なことになって、もしかしたら今日がみなさんの前に姿を現す最後になるかもしれないです。十六才でデビューして……まぁ今も十六才なんですけどね? まぁそれから地下一筋……地上には縁がないアイドル人生でしたが、悔いが残らないように、最高の今日にしてやるぜ!」


 スピーカーから音が流れ始め、ママが歌い出した。

 ママの歌はとても上手……あたしはそのことを誰よりも知っている。

 ママの子守唄を聞いて育って、今も毎日一緒に歌っているから。

 でも、今日のママの歌は、一段と心に響いた。

 おうちで歌っているのとは違うから。

 きっとこれがアイドルとしてのママの歌だからだ。



 続けて三曲歌った。三曲目の後半は泣き出してしまい、しっかり歌えていなかった。

 会場からは「がんばれー」という温かい声援が聞こえてきて、ママはもっと泣き出してしまった。


「ありがとう、みんな。長いことやってきて、何者かになれたわけじゃない。でも、みんなの心に少しでも残ってくれたなら、わたしには十分だ。聞いてください。次が、次が最後の……最後の…………」


 やめないで!

 客席から声があがった。

 一人がそう言うと、他の人も続きあっという間に大合唱になった。

 さっきまでママを知らなかった人までそう言っている。


「ありがとう。でも、人生には卒業しないといけない時があって……だから……」


 ママはやめたくないんだ。

 アイドルをもっと続けたいんだ。

 だったら応援しないと!

 だって、アイドルはみんなを応援する人だから!

 あたしはママのアイドルになりたい!

 いつかじゃなくて、今ならなくちゃいけないんだ!


「やめないで!」


 あたしも叫んでいた。

 そしてステージに上がっていた。

 誰だ、あの子……という声が客席から聞こえてくる。

 それに怯まず、ママに近づいてもう一度叫ぶ。


「やめないで! アイドルを続けて、ママ!」


 一瞬の沈黙の後、客席から大きなどよめきが起きた。

 しまった、ママはアイドルだから、子どもがいるなんて知られたらまずいんだ。

 でも、もう言っちゃったからしかたない。それに、今はそんなこと気にしてる場合じゃない!


「ママがすごいアイドルなのがわかったよ! リリちゃんよりもっとすごい! だからママにアイドルを続けてほしい」

「そう言ってくれてありがとう、琴葉。でもね、さっきも言ったように、年齢的にそろそろキツイのよ」

「じゃあ、あたしも一緒にやる!」


 あたしは客席と、それから舞台袖を見た。舞台袖には結構な数の人が集まっていた。他のアイドルとか、その事務所の人っぽいのもいる。


「三日月琴葉、小学五年生です! ママは三十才だけど、あたしは十歳。合わせて四十才で、二で割ったらニ十歳です。だから、ママと一緒にアイドルやります!」


 会場がシーンと静まり返る。

 ……ダメなのかな?

 あたしじゃママを助けてあげられないのかな?


 ――パチパチパチ。


 拍手の音が聞こえてきた。


 ――パチパチパチ。

 ――パチパチパチ。


 最初は一人だけだたけれど、だんだん広がっていく。

 やがてお客さん全員が拍手するようになった。


「そっか、琴葉はママとアイドルやりたいか」


 ママが言った。

 もう泣いている声じゃない。


「ガデフラの初瀬リリよりママが好き?」

「うん!」

「ガデフラにスカウトされても断る?」

「ママも一緒なら入ってあげてもいい」

「そっか。しょうがない。子どもの夢を応援するのが母親の一番の仕事だ。ガデフラの目に留まるくらいのすげぇアイドルになれるように一緒にアイドルやろうか」

「うん!」

「ってことで、引退は撤回します! そしてここに新たなユニットの誕生を宣言します。名前は……Mothe&DaughterでM&D、読み方はマードでどうだ! これでいいってやつは、人生で一番でっかい拍手をしながら、大声でマード! って叫べ!」


 客席から拍手が起き、数人がマード! と叫ぶ。


「まだまだ声出てないぞ! っていうか叫んでない人も結構いるな? まぁいきなりの展開でびっくりしてるのもわかるけど、人生にはノリと勢いで突っ走らないといけない時もあるんだからね。考えてる暇なんてないない、さぁ叫べ。ここにいる他の事務所の人に勢いで契約結ばせちゃうようなビッグウエーブを起こしてくれ!」


 拍手はどんどん大きくなっていき、マード! マード! という叫びは会場を震わせるほどになった。

 それが何分も続いた。

 収まったのは、舞台袖からスーツを着た男性が現れた時だった。

 その人はマイクを手にして、こう言った。


「ちょっとズルい気はしますけど、これだけの盛り上がりを生んだのは評価します。とりあえずうちで面倒みましょう!」


 するとこの日一番の大きな拍手が起きた。

 こうして、あたしはママと一緒にアイドルをすることになりました。




 ママはあたしのアイドルです。

 あたしはママのアイドルです。

 そしてあたしたちは、いつかみんなのアイドルになります。

最後まで読んでくださってありがとうございます。

「母と娘が一緒にアイドルをするなら、どういう始まりが似合うだろう?」

そんな疑問からこの物語は生まれました。

誰かの夢が、別の誰かの夢になる――かもしれない。


そんな可能性に、少しでも心が動いてくれたら嬉しいです。

機会があれば、私の別の作品も読んでみてください。

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