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神域:アポカリプス  作者: 八魔刀
第一章 絶悪の神子
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第3話

「――ハァ。スゥーー……はぁ」


 戦闘の緊張が解けたのか、大きく脱力して呼吸を繰り返す。額に流れる汗を拭い、半壊した自分の小屋を見て天を仰ぎ見る。やってしまったのは仕方がないと自分で自分を納得させ、感情を呑み込む。

 小屋へ戻ると、綺咲人が目を丸くして待っていた。もしかして今までずっと見ていたのかと、子供に殺し合いを見せてしまったと少し後ろめたい気持ちになるレンヴァルトだが、避けられないものであったと正当化させた。

 床に腰を下ろすと、綺咲人は恐る恐るといった様子でレンヴァルトに近付く。


「……天ノ六人衆に……勝ったのか……?」

「みたいだな」

「……おじさんは何者だ?」

「……それより、これからお前さんはどうするつもりだ?」


 レンヴァルトは周りの惨状を指して綺咲人に訊ねる。もうこうなっては此処で落ち着いて過ごすなんてことはできない。雨宮家と言えばこの国、濃上を治める領主であり、その家臣を殺したとなれば何処までも探して追いかけてくるだろう。逃げるのなら早いとここの場から去った方が良いだろう。雨宮家が手出しできそうにない場所まで逃げるとして、それは何処になるのかわからない。

 綺咲人は黙ったままレンヴァルトの隣にぺたんと座り込み、膝を抱えて崩れた入り口から外を眺める。そのまま二人は少しの間黙り続けるが、やがて綺咲人からレンヴァルトに話しかける。


「おじさん……どうして私を助けた?」

「……子供を見捨てたとあっちゃ、寝覚めが悪い」」

「だがその所為でおじさんも雨宮家に追われることになったぞ?」

「その果てに死ねるのなら、それはそれで良い終わり方かもな」

「死に場所を求めてるのか?」

「さぁな。そうかもしれないな」


 レンヴァルトは自嘲するように答える。現実を受け止めているというよりも、どこか人生を諦めているような物言いだ。綺咲人は小屋の中を見渡し、レンヴァルトの存在を証明するような物が何も無いことに気付く。まるでいつ死んでも良いようにと、予め用意しているように思える。

 綺咲人は考える。天ノ六人衆に圧勝するような男が目の前におり、その男は子供を見捨てられない性分であり、その身一つでいつでも出て行けるような状態。

 これは天命なのかもしれない――綺咲人は幼くも聡明な頭で思慮を廻らせる。


「おじさん、私を外に連れてってくれ」

「……?」


 綺咲人は懐から一つの巾着を取り出す。口紐を解いて中身を掌に落とすと、それは紅く輝く玉石だった。天原の外で硝子細工の玉があるのをレンヴァルトは知っているが、綺咲人のそれは硝子ではなく間違いなく鉱石類だ。宝石か何かだと思われるが、それにしては【神域エネルギー】の気配が微量だが漂っていた。

「これは紅玉。天原でもかなり貴重な金石。売れば一財産は築ける」

「……そんなもの、子供が大人に見せびらかすんじゃない。盗まれるのがオチだ」


 差し出す綺咲人の手を優しく押し返し、巾着の中に紅玉を仕舞わせる。しかし綺咲人は小袋をレンヴァルトに差し出す。


「これをやる。その代わり、私を濃上の外へと連れて行ってくれ」

「どうして俺に頼む?」

「天ノ六人衆に勝てる強者は天原にはおじさんしかいない。私は捕まるわけにはいかない」

「どうしてだ? 奴らは何故お前を狙う?」

「私が――『絶悪』の神子だから」

「神子……?」


 レンヴァルトは聞き慣れない言葉に目を細める。いったい何のことだと疑問に思っていると、綺咲人はいきなり裾を捲り上げて右脚を晒し出す。脚の付け根辺りを見せつけるように、大きく広げる。

 いったい何の真似だとレンヴァルトは驚くが、綺咲人の内股にあるモノが見えて驚く。

 それは赤い痣のようなモノで、よく見ると角が生えた獣のように見える。レンヴァルトはそれが何なのかを知っている――。


「お前――『絶悪』の使徒(しと)なのか?」


 使徒――それは概神の神域から力を持って生まれた生命体ではなく、概神から直接力を与えられて生まれた生命体を指す。概神と同じ神域エネルギーを身に宿し、生み出し、自在に操れる存在。神から使わされた者として名付けられたものであり、数百、数千年に生まれるか生まれないかの特別な存在だ。

 レンヴァルトは当初、綺咲人は信徒ではないかと考えていた。川から助け出した際に髪の色が変わったこと、綺咲人から神域エネルギーを感じ取ったことからそれは予想できた。

 だが痣は見落としていた。痣の発現は概神から直接力を与えられた証であり、概神によってその痣の形は変わる。綺咲人の痣は『絶悪』から力を与えられたことを示している。

 綺咲人が使徒であるのならば、狙われる理由は大凡予測できる。大抵の国では、使徒はその希少性と特別な力故に大事にされてその国のために働くことになる。中にはそれを嫌って抵抗する者もいるが、その場合は使徒と国との戦争になるか一方的な暴力と隷属になる。

 綺咲人の様子から察するに、天原か濃上かはわからないが無理矢理に隷属させようとしているのだろう。でなければ、綺咲人を力尽くで連れ帰ろうなんてしないはずだ。


「使徒、というものはわからない。だが私が神子で、生まれた時から城の日が当たらない場所に閉じ込められてきた。異形の化生が現れた時だけ外に出されて力を使わされた」

「化生……? それは最近噂になってる『鬼』とかいう奴か?」


 町で聞いた噂の鬼。人や村を襲い、確かな被害が出ているのにその存在は確認されていない。鬼以外の化け物がいるという話も聞いたことがないレンヴァルトは、綺咲人のいう化生が鬼なのかと訊ねる。

 だが綺咲人は首を横に振る。

 そして信じられない内容を口にする。


「鬼は雨宮家の人間。おじさんも見ただろ? 天ノ六人衆が化け物になるところを」


 確かに、六介は人間の姿から化け物のような姿に変わった。肉体が肥大化して正しく鬼のような姿に。身体能力も向上し、特殊能力も得ていた。ただ、あれは神域エネルギーを取り込んだことによる変化に過ぎず、厳密に言えばまだ人間の種別に入る。それでも、何も知らない者が見れば確かにあれは『鬼』だろう。


「だが鬼は民達を襲ってるって話だ。濃上を治める側の人間がそんなことをして何になる?」

「そこまで私にもわからない。だが信じてくれ! アイツらは人間ではない! 人の皮を被った鬼だ!」

「……」


 綺咲人はレンヴァルトの着物を掴み、懇願するように縋り付く。目には涙を浮かべており、表情も酷く怯えている。これが演技ならば大した役者だと褒め称えられるが、レンヴァルトは綺咲人が本当のことを言っているのだと思った。

 事実、六介は神域エネルギーを使って変異し、レンヴァルトを殺してまで綺咲人を狙った。鬼がどうとかは別にして、使徒である綺咲人を狙っているのは真実であり、綺咲人を連れて行かれたら碌な結末は待っていないだろうというのはわかりきっていた。

 だがしかし、それがレンヴァルトに関係があるかと問われれば、関係はないだろう。レンヴァルトは現在は天原で暮らしているが異国の人間ではあるし、天原に親しい人間も居ない。天原で暮らせなくなれば海を渡って違う国に行けば良い。

 ただしそれは、目の前の幼き少女を見捨てるという選択になる。それでは先程レンヴァルトが口にした寝覚めの悪さに直結するだろう。

 面倒事に巻き込まれ、いや、首を突っ込んだか――と頭を抱え、レンヴァルトは大きく溜息を吐く。


「宛てはあるのか?」

「西に阿坂(あざか)という国がある。そこは濃上と睨み合ってると聞いた。そこに逃げ込めば……」

「睨み合ってるってことは、敵国だろ?」


 現在、天原では国同士での争いは頻発していないが、時折小さな戦が起きているのをレンヴァルトは知っている。各国が権力を強めていき、天原を治める将軍よりも強くなる兆しが見え隠れしている。

 それは異国の存在が原因である。天原は未開拓地ではあるものの、その存在自体は知る所には知られており、ひっそりとやって来ては秘密裏に取引をしている国もある。中には己が信奉する概神の神域を拡大するために天原を手に入れようとしている勢力まで出て来ている。その結果、異国の技術や考えを取り入り始めた国が一つ、また一つと台頭し始め、挙げ句の果てには小国同士で潰し合いも起き、潰えた国の人間が生きるために賊に身を落として天原の各地に散っている始末だ。

 濃上もその流れに身を置いている国の一つだ。将軍家と懇意にしているとは言え、戦力も権力も将軍家に迫る勢いで、大衆の中には将軍家を乗っ取ろうとしているのではないかという噂話もある。


「……私の母上が阿坂に嫁いでいる。母上だけは私を心配してくれていた」

「なるほど。阿坂か……馬でもない限り七日は掛かるぞ」

「だが私にはそこしかない! 私はもうあんな所に戻りたくはない!」


 綺咲人はとうとう大粒の涙を流す。子供を泣かすつもりは無かったレンヴァルトは動揺し、袖で涙を拭い取る。


「わかったわかった。どうせ俺も此処にはもう居られないんだ。阿坂に連れてってやる」

「本当か!?」

「その代わり、向こうに着いたら俺の住処の口添えしてくれ。母親が嫁いでるんだろ?」

「これは要らないのか?」


 綺咲人は紅玉が入った巾着を掲げる。


「それは取っておけ。いざという時、阿坂への取引材料になるかもな」

「~~~っ! 感謝する! れんばると!」

「レンヴァルトな、レンヴァルト」


 どうどう、と興奮のあまり飛び跳ねそうになる綺咲人を落ち着かせながら、レンヴァルトは彼女に不思議な縁を感じ始める。

 一人の落ちぶれた戦士は、一人の生きる道を探す少女と邂逅した。これが二人に何を齎すのか、二人がどんな結末を迎えるのか、それは誰も知らない。世に存在する概神でさえもそれは例外ではない。しかし全てを見通す概神が存在するのならば、もしかすると二人の運命を知って傍観しているかもしれない。概神とは、人類の道程をこよなく愛する存在なのだから。

 その愛が――いったい何を指しているのかは、また別の話ではあるが。

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