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神域:アポカリプス  作者: 八魔刀
第一章 絶悪の神子
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第20話

 燃え落ちた蒼雲城の跡地――。

 生き残った阿坂の者達を天星は援助しながらを夜を明かした。

 残念ながら九条家の重鎮達は殆ど討たれてしまっており、残っている家臣達も数少ない。事実上、九条家は没落したと言える。これから阿坂の行く末がどうなるかはまだわからないが、恐らくは他の国に吸収されるだろう。

 現在はレクターが場を仕切ってはいるが、異国の組織がこのまま阿坂に居座れるわけにもいかず、阿坂の一報を聞いた天原の中枢が追い出しに来るだろう。

 しかし、目の前で死にかけている者達を放っておくことは天星として許せないとし、今も尚、貴重な物資を惜しむことなく使用して事に当たっている。

 レクターは屋敷で天星の者達に指示を出し、忙しそうに職務を全うしている。少しばかり休む時間ができたのか、縁側まで足を運んで外の空気を肺に入れて吐き出す。


「お疲れだな?」


 すると、彼の隣からそんな声が飛んでくる。

 縁側には先客がおり、座って茶を呑んでいた。

 その男はレクターに向かって揶揄いの笑みを浮かべ、レクターは苦笑して彼の隣に立つ。


「これぐらいどうってことないさ。ただ、そろそろ故郷の菓子が食べたくなってきたかな?」

「諦めるしかないな」

「……傷の具合はどうだい?」


 彼――レンヴァルトは右肩に手を添え、確かめるように肩を回す。


「まだ少し痛むが……その内慣れるだろ」

「まったく……君が身体の半分を消し飛ばして戻ってきた時には、流石に言葉を失ったよ」

「俺が死なないってのはよく知ってるだろ?」

「ああ、知ってるよ。いつだったかな、君が自分の頭でフットボールをしてるのを見たのが今でも衝撃的だったよ」

「ハッハ、あの時はちょっと死ねないことに病んでたからな」

「だけど、今回は事情が違う。今回の相手は使徒じゃなく、概神だったんだから。概神は君を殺せる、そうだろう?」


 レクターは温和な表情から一変し、真剣に怒っているとわかる表情を浮かべてレンヴァルトを睨み付ける。そんな顔をされると、レンヴァルトもバツが悪そうな顔をして視線を逸らす。


 あの戦いの最後、レンヴァルトは『絶悪』の概神に単身で挑んだ。その衝撃はシルヴェスがいた阿坂にも届き、流石のレクターも動揺を隠すことができなかった。部下達に心配されながらも、レンヴァルトの帰還を信じて職務を全うしていたのだが、レンヴァルトが重傷を負ったまま戻ってきた頃には心の余裕なんてものは消えていた。

 その後、レンヴァルトは気絶するように深い眠りについた。消し飛んでいた半身は再生していき、その日の昼頃には「腹が減った」と普通に起きていた。

 その際、先に起きていた綺咲人に大泣きされ、何度も殴られていた。


「君は強い。それは知っている。君が負けるなんてことは思考の片隅にも置いていない。けれど、相手が概神なら別だ。概神の力であれば、君を殺せる可能性がある。今回は運良く生き残れた。次は無いかもしれない。無茶をするなとは言わない。無茶をするための準備はしていってくれ」

「……お前のそういう理解があるところ、昔から嫌いじゃない」

「僕は本気だよ。君の無茶は今に始まったことではないし、その無茶は必要なことが殆どだからね」

「……ま、善処はする」


 二人は穏やかな晴れ空を眺める。

 昨日の動乱が嘘だったかのように綺麗な青空をしており、小鳥の囀りも聞こえてくる。


 レンヴァルトは『絶悪』の概神を追い払うことができた。勝ったとも負けたとも言えない状態ではあったが、こうして生きて此処にいられている。それは奇跡に近いことだ。レンヴァルトでなければ綺咲人は信盛に完全に取り込まれ、信盛は『絶悪』の化身となって天原全土を掌握し、世界に向けて力を振り下ろしていた。それによって引き起こされる争いは、こんな平穏な時間を世界から消し去っていたことだろう。


 結果的にレンヴァルトは世界を救ったと言えよう。

 だが、新たな問題も生まれてしまった。


「ところで、例の件だが――」

「あぁ……本部から報告が来たよ。世界各地の神域が活性化した。それにより生態系の変化や大地の変動、更には後天的な神域エネルギー保持者が確認されたよ。それが原因で混乱が広がっている。おかげで天星は此処以上に大忙しさ」

「……そうか」


 レンヴァルトは目を伏せる。仕方のない事とはいえ、己の戦いが原因で世界に混乱を招いてしまった。

 レンヴァルトが『絶悪』の概神と戦ったことにより、世界に存在する神域が大共鳴を起こしてしまい、神域エネルギーを活性化させたのだ。その結果、その影響を受けた生命体や大地が変化していき、本来なら先天的でしか得られない神域エネルギーを後天的に得てしまうという事例が幾つも確認されたのだ。

 ただ得られるというだけならば大した問題ではない。問題なのは、得た者の立場やその神域での文化や伝統、信仰などといった国内問題だ。

 神域エネルギーが齎す恩恵は計り知れない。力によっては概神の真似事さえ可能であり、扱う者によって善き力にも悪しき力にもなる。その地の考え方によっては神域エネルギー保持者は迫害の対象にもなり得るし、概神以外が手にするのは禁忌だとする所もある。また、人間以外の生命体も神域エネルギーを得られる可能性があり、野生動物が神域エネルギーを得た場合は生態系を破壊したり人を襲う怪物にだってなることがある。

 世界は突然の異常現象に対処しなければならなくなり、天星はそれを専門とした組織であるが故に全職員を動員することになってしまっている。


「天原から撤退するのか?」

「それはまだ早計だね。事の中心は此処だ。僕達が来る以前から天原には問題があった。確か、綺咲人ちゃんの力を利用して何かと戦わされていた――とも。おそらくそれは、『終焉』の残滓である『デーマン』だと睨んでいる」


 デーマン――その単語を聞いた途端、レンヴァルトは目を鋭くさせる。


「そんな馬鹿な。だとすれば、俺が気付かないはずがない」

「君は200年以上も戦いから逃れていたんだ。勘も鈍るはずさ。それに、向こうは君を恐れてる。君の気配を察知して逃げ隠れしていたんだろう」

「……なら、俺も残るべきか」

「いや、それは無理だろう」


 レンヴァルトの提案に、レクターはきっぱりと否定する。それに「え?」とレンヴァルトは面食らう。レクターは「忘れたのかい?」とレンヴァルトを少し呆れた目で見る。


「君は『絶悪』に見付かったんだ。暫くは『絶悪』の神域に留まれない。いくら概神を追い払ったとはいえ、君のその宿命は変わらない」

「……あぁ。そうだったな」


 そう、レンヴァルトはもう天原には留まることはできない。

 レンヴァルトの正体は『終焉』の使徒。『終焉』の概神は万物に終わりという【死】よりも恐ろしい概念を与える。故に、他の概神から敵意を持たれており、隙あらば殺そうと命を狙っている。

 それは使徒であるレンヴァルトも同様であり、己の神域に入ったことが判れば忽ちに命を奪いにかかる。それを避けるため、レンヴァルトは天原では神域エネルギーを使用せず、気配を隠して過ごしていたのだ。

 そして、今回の戦いでレンヴァルトは『絶悪』の概神に居場所を突き止められ、終いには直接対決までに至った。完全に身を隠すためには天原から、『絶悪』の神域から出て放浪の身にならなければいけない。


 それに――と、レクターは付け加える。


「綺咲人ちゃんを、天原に残しておくのは賢明じゃないと思うよ」

「……」


 綺咲人は雨宮家の、信盛の隠謀から解き放たれた。あの子を『絶悪』の使徒だと知る者はもういない。だがこのまま天原に残しておけば、邪な考えを持つ者や『絶悪』を盲目に信仰する信徒に何かしらの手段で知られてしまった場合、再び綺咲人の安全は脅かされるだろう。

 それに、概神自体が綺咲人を放置し続けるとは考え難い。だからこそ、綺咲人を守り続けるためには『絶悪』の神域から出た方が賢明なのだ。


「使徒の最期は悲惨だ。僕も君もそれは痛いほど知っている。けれど、だからと言ってその最期を素直に受け入れるなんて、何だか癪じゃないか」

「……本当に良いのか?」

「僕を誰だと思ってるんだい? 僕は君の大親友であり、君の大ファンであり、大の英雄コレクターだよ。誰にも手出しさせないさ」

「……ほんっと、最後だけは余計だ」


 そう言うと、レンヴァルトは立ち上がる。その顔は何だか嬉しそうにしており、少しだけ吹き入れたような笑みを浮かべている。


「なら、あとは任せた」

「あぁ――10年だ。10年で天原の文明を他国に引けを取らない程に高めてみせる。雨宮信盛殿の御覚悟に泥を塗らないよう、細心の注意を払ってね。天原の伝統や人は、僕も大変気に入っているしね」

「……程々にな」

「大丈夫。戦力には困っていないよ。あの三裟って破天荒な若者、意外にも義理人情に溢れてるし、天星の女性達に良い格好しようと働いてくれてるから」


 レンヴァルトは苦笑しながら、その場を後にした。



 レクターと別れ、次にやって来た場所はある一室だ。

 襖の前で一度立ち止まると、少し躊躇ってから襖に手を掛ける。開いて中に入ると、そこには綺咲人が鎮座しており、その前には白布が被された菖蒲の御遺体が寝かされていた。天星が菖蒲の身を綺麗にしてこの部屋に安置してくれていたのだ。

 綺咲人はそのすぐ横で座り込み、ジッと黙って菖蒲を白布越しに見つめていた。

 レンヴァルトは菖蒲の心中を察し、何と声を掛けて良いのか躊躇う。やっと再会した親しい相手とその日の内に死別してしまった。それも、自分を渦中にした出来事でだ。最後に言葉を交わすこともできず、戻った時には失っていた。

 本来なら、菖蒲の隣には一真も安置するつもりだった。だが天星が捜しに来た時には発見することができず、甲胄の破片と赤黒い刀身をした一真の刀だけが改修された。

 あの戦いの最後、赤黒い稲妻が信盛から綺咲人を守った。あれは確かに一真の神域エネルギーだった。死んだはずの彼の力がどうして現れたのか、一真の父親としての最期の意地だったのか、神域エネルギーが奇跡を呼び起こしたのかもしれない。その力を使ったことで肉体が消失したとしても、何もおかしくはない。

 一真の刀もこの部屋にあり、菖蒲を見守るようにして置かれている。菖蒲を斬ってしまった刀ではあるが、その持ち主のことを想うと、それが正しいと感じたからだ。


「綺咲人……」


 綺咲人には、レンヴァルトの口から全て伝えた。

 一真が綺咲人の父親であること。一真は信盛によって『絶悪』に支配されてしまっていたこと。一真と菖蒲は最期まで綺咲人を想い続けていたこと。隠すことなく話聞かせた。

 それを聞いた当初、綺咲人は受け止めきれずに呆然としてしまった。母を殺した一真に対して恨みも抱いていたことだろう。それが操られていた実の父だという事実は、綺咲人の心が受け入れるのは難しい。

 それ以降、綺咲人はずっと口を閉ざしてこの部屋に閉じ籠もっている。幼いが早熟している子であるゆえに、胸中で様々な感情が噴き出し、その処理に専念しているのだろう。

 レンヴァルトは綺咲人の背中を見つめ、隣に腰を下ろす。

 綺咲人は反応せず、ただ黙り続ける。


「……綺咲人。そのままで良いから、話を聞いてくれ」

「……」


 無反応。だがレンヴァルトは続ける。


「俺は……天原を出る。数年――少なくとも10年は戻るつもりはない」

「っ……」


 漸く、綺咲人が反応を見せた。

 何かを怖がり、不安がっている眼でレンヴァルトを見上げる。


「俺は『終焉』の使徒ゆえに、一つの場所に留まることができない。生き続ける限り、俺は世界中を彷徨うことになる」

「……」


 綺咲人は顔を伏せる。

 レンヴァルトは眉尻を下げ、腕組みをして続きを話す。


「それから……お前も天原を出て行くべきだ。天原――『絶悪』の神域に留まれば、再び概神が何かしてくるかもしれない。邪な者がお前を狙うことだってあり得る。だから――」


 ギュッ――。


「っ……」


 レンヴァルトは言葉を止める。

 綺咲人がレンヴァルトのシャツを小さな手で握り締めていたからだ。肩も僅かに震えており、嗚咽が耳に入る。

 きっと綺咲人は、また独りになってしまうと思ったのだろう。母を失い、拠り所を失い、知らずの内に父も失った。天涯孤独になってしまった今、頼れるのは自身と同じ存在であるレンヴァルトだけだと察しているのだ。


だからこそ、綺咲人はレンヴァルトに置いて行かれたくないという意思を、シャツを掴むことで示したのだ。


 レンヴァルトは口を開けて固まり、どうやら回りくどい言い方をしてしまったなと後悔する。

 優しい笑みを浮かべ、綺咲人の頭に手を乗せる。慈しみを込めて肌触りの良い髪を撫で、安心させるように想いを伝える。


「――お前が良ければ、俺と来るか? いや――俺と一緒に行こう」

「――っ!?」


 綺咲人はバッと顔を上げ、大粒の涙を流しながらレンヴァルトを見上げる。

 そして嗚咽を大きくしながら何度も頷き、やがて大泣きしながらレンヴァルトにしがみ付いて顔を押し付ける。

 そんな綺咲人をレンヴァルトは何度も撫でてあやし続ける。

 そして、目の前で眠る菖蒲と一真の刀に心の中で誓いを立てる。


 ――一真、菖蒲……お前達の娘、雨宮綺咲人はこの俺、レンヴァルト・シン・エラフィクスが命に替えても護り続けると誓おう。使徒の宿命からこの子を必ず解き放つ。


 レンヴァルトの想いに、一真の刀が煌めいた気がした――。



 その後、菖蒲と一真の葬儀が小さいながらもレンヴァルトと綺咲人の二人で行われた。

 九条家の側室に入っていたとしても、雨宮の人間。詳しくは雨宮の血筋ではないが、雨宮家の家系に一度は入った身。九条家を滅亡させた一族から出て来た者となれば、ぞんざいに扱われる可能性もあり、また、綺咲人たっての願いで一真と一緒に葬儀を執り行うことにしたからだ。


 天原の葬儀は火葬となっており、菖蒲の御遺体と一真の甲胄の破片を一緒に燃やした。一真の刀だけは強い神域エネルギーが未だに込められており、ならばと形見として綺咲人の手に遺すことにした。母を殺した刀ではあるが、この惨劇を決して忘れない証として、悲しみを乗り越えるための決意として、綺咲人が決めた。

 母の形見としては、あの紅玉だけになる。あれは母から貰ったものであり、最初で最後の贈り物だった。


「綺咲人」

「はい……」


 高く大きく燃える炎を前に、レンヴァルトは膝をついて綺咲人と目線を合わせる。


「これから俺は、お前に使徒の力の使い方を教え込む。俺は世界に大きな変化を与えてしまった責任を取らなきゃならない。当然、戦いがある危険な旅路だ。その中でお前を鍛え上げる」

「……はい」

「使徒の宿命は悲惨だ。だが少しでもマシな人生を送りたいのなら、必死になれ。俺も必死になる。約束できるか?」

「――はい、師匠(ししょう)


 そう強く頷く綺咲人にレンヴァルトは笑みを見せ、火葬が終わるまで二人で見守った。

 火花が夜空に昇る光景は、菖蒲と一真の魂が黄泉の国へ導かれる様子を表しているかのようだ。

 火葬が終わり、灰となった遺骨を壺に詰め、遠く離れた海を見渡せる場所へと埋めた。

 これから綺咲人はこの海を越えて世界を旅する。その様子を母と父に見守ってもらえるようにという願いも込めて。


 それから二人は天原を旅立つ。

 天星の船に乗り、レクターに見送られ天原を出立する。


 これから二人に待つのは変化が加速した混乱した世界。

 数多の概神が己の神域のために、そして『終焉』を排除するために動き出した動乱の世界。


 レンヴァルトは逃げることを止め、新たに護るべき存在を背に、世界へと挑む。

 綺咲人は己の宿命を乗り越える力を手に入れるため、恩人であるレンヴァルトと共に歩むために、世界へと旅立つ。


 概神と神域が二人に、そして世界に与える運命は果たして。


 これは、始まりにすぎないのだ――。




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