第19話
今までの戦いでは見せてこなかった量の神域エネルギーを解放し、レンヴァルトの背中からは放出され続ける神域エネルギーの翼が形成される。それによりレンヴァルトは飛行を可能とし、信盛の周囲を飛び回る。
「ヌゥゥゥ! 蚊蜻蛉ガァ!」
無論、信盛がそれを許容するはずもなく、大太刀を振るい且つ雷を全方位に放つことでレンヴァルトを叩き落とそうとする。レンヴァルトは大太刀と雷を避けながら飛び、何度も何度もあらゆる方向から斬撃を浴びせる。その斬撃の波に押され、信盛は崩れた屋上へと降りてしまう。高所を取ったレンヴァルトに対し、信盛は雷を周囲に生成して雷槍へと変化させる。それを連続掃射してレンヴァルトを撃ち落とそうとする。だがレンヴァルトは翼の神域エネルギーを更に放出してその尽くを叩き落とす。同時に信盛までの道筋を見出し、一瞬にして信盛の懐に潜り込む。
「ゼアァ!」
レンヴァルトの刀が獣の頭に突き刺さる。深く捻じ込み、骨と肉と脳が潰される音が鳴る。そのまま身体を回転させて頭部を断ち切り、振り抜いた刀を信盛の人型の胸へと突き刺す。
「捕ラエタゾ!」
「ッ――」
信盛は大太刀を捨ててレンヴァルトの刀と腕を掴む。引くことも払うこともできず、そのまま胸に突き刺さった状態で固定される。
「聞イテオルゾ! コノ刀デ神子ノ力ガ増大シタトナ! ナレバ、コレモ取リ込メバ儂ノ力ハヨリ盤石ナモノトナロウ!」
胸に突き刺さっている刀が引き摺り込まれる。レンヴァルトは抵抗しようと力を入れるが、既に刀は鍔まで取り込まれてしまっており、このままでは自分の手も取り込まれてしまうと考え刀から手を離してしまう。その直後、信盛はレンヴァルトを振り回して床に叩き付け、屋上の端まで放り投げる。
得物を失ったレンヴァルトは落ち着いて体勢を宙で整え、床に滑るようにして着地する。信盛をキッと睨み付け、刀が完全に信盛の体内へと取り込まれるのを目視で確認する。
「コレデ貴様ハ終ワリダ!」
「――フッ」
笑った――。
武器を失い、信盛の力を増大させる失態をしたというのに、レンヴァルトは笑った。
窮地に立たされているのはレンヴァルトのはずなのに、逆に信盛を追い詰めたような笑みだ。
どうしてそんな顔ができる――信盛は困惑する。
レンヴァルトの様子が気に食わない信盛は問い質す。
「貴様、何ヲ笑ッテオル!? 貴様ノ刀ヲ取リ込ミ、儂ハ更ナル力ヲ得タノダゾ!?」
「馬鹿が。その刀は取り込まれたんじゃない。くれてやったんだよ」
「何……!? マ、マサカ!?」
信盛はあることに気が付く。
だが時既に遅し。
「――いつまで眠りこけてる。さっさと起きろ、綺咲人!」
その時、信盛の胸から刀の刃が突き抜けた。
「ヌゥアッ!?」
その傷口から紅い神域エネルギーが血のように噴き出す。信盛は痛みと苦しみで傷口を押さえるも、刀が内側から動き出して信盛の胸を切り開いていく。
「貴様ァァァ! 刀デ神子ヲォォォ!」
「綺咲人が生きてるのはわかってた。あとはお前のどこに取り込まれてるのか正確に見付け、神狼で目覚めさる。あとは御覧の通りってな」
「馬鹿ナ! 神子ハ儂ガ完全ニ取リ込ンダ!」
「化け物如きが使徒を喰えるとでも思ったか、馬鹿が! そのまま斬り裂け、綺咲人!」
「ヌ――ガァァァ!?」
「――ァァァアア!」
信盛の胸が切り開かれ、中から二本の角が生えた綺咲人が刀を握って飛び出てきた。床に落ちる前にレンヴァルトが素早く滑り込んで受け止め、信盛から離れる。咳き込んでいる綺咲人の安否を確認するために顔を手で掴んで視線を合わせようとする。
「綺咲人、綺咲人! しっかりしろ! 俺がわかるか?」
「ぅ……ぁ……おじ……さん……?」
綺咲人の意識はしっかりしていた。角は生えてはいるが、神域エネルギーも暴走状態ではなく安定している。外傷も無く、もう大丈夫だとレンヴァルトは胸を撫で下ろす。
「おじさん、私……」
「……もう大丈夫だ。遅くなって悪かった」
「……ううん」
綺咲人はそのまま眠ってしまった。力を急激に覚醒させられて身体が追い付いていないのだろう。安心しきった顔で眠る綺咲人の額を撫で、床に寝かせてコートを被せる。刀はそのまま綺咲人の手に握らせたまま鞘に収め、立ち上がって信盛へと身体を向ける。
信盛は開いた傷を再生させ、苦しそうにしながら大太刀を握り締めている。レンヴァルトが漆黒の神域エネルギーを揺らめかせながら歩いてくる姿を見て後退りしてしまう。
綺咲人を失ったことによって得た力は急激に衰えていき、先程の再生だけで大部分を消費してしまった。その証に、獣の下半身は消え去り完全な人型の姿になっている。まだ力は残っているとは言え、もはやそれは風前の灯火とも言えよう。
それでも信盛は退くわけにはいかなかった。天原を異国から守るために今まで数え切れない命を犠牲にしてきた。その犠牲のおかげで此処まで辿り着けた。此処で諦めてしまえば、その犠牲はただの無駄死になってしまう。
それは濃上の領主として、武士として、男として断じて許されるものではなかった。
信盛は決死の覚悟を以て、レンヴァルトに挑む。一振りの大太刀を両手で握り締め、呼吸を整えながら構える。
「儂ハ……儂ハ負ケヌ……! 天原ヲ守ルタメニ……!」
レンヴァルトは両手に神域エネルギーを集める。何かを掴むような動作をして握り込む。
「【絶対なる悪と成って悪を絶つ、それ即ち『絶悪』なり】――。お前はまさに『絶悪』の体現者だよ。だが天原を本当に守りたかったのなら、悪に成るべきじゃなかった。悪で危機を脱することはできても、悪だけじゃ何も守れやしない。それを俺の友は命を懸けて証明した」
握り込んだ神域エネルギーが形を成す。それは剣へと成り変わり、黒塗りの剣身に紫色の亀裂が全体に走っている双剣へと。
これがレンヴァルトの本来の得物であり、これからがレンヴァルトの本気だということだ。
双剣にレンヴァルトの力――『終焉』の神域エネルギーが込められていく。
信盛も己に残る『絶悪』の神域エネルギーを大太刀に込め、雷が刀身から吹き荒れる。
「その友のためにも、お前の『絶悪』を此処で――終わらせる」
「コノ――異国ノ化ケ物メガァァァァ!」
信盛がレンヴァルトに向かって吠える。雷の大太刀を振りかぶり、死力を尽くした一撃を放つ。雷は強力な波動斬撃となってレンヴァルトへと押し寄せる。
しかし、その攻撃は塔の下から噴き出した赤黒い稲妻によって打ち消される。その稲妻からは悪の気配は感じられず、信盛の前に立ち塞がってレンヴァルト――綺咲人を守るように広がる。
「オノレ――コノ親不孝者メガァァアァ!!」
その稲妻の後ろで、レンヴァルトは静かに身体を捻り、神域エネルギーを解放する。
「我は刃で殺さぬ。我は魂で殺す。それが汝への手向けなり――双牙・黑竜閃」
レンヴァルトは回転するように双剣を振り払う。『終焉』の神域エネルギーが二体の竜の姿となり信盛に向かって放たれる。竜の咆哮が信盛の耳を劈き、竜の二つの口が信盛を噛み砕く。竜は信盛を貫き、信盛の力全てを剥ぎ取って喰らっていく。信盛は絶叫しながら竜の衝撃を全身に受け、やがて変化していた身体も力を喰らい尽くされて元の老人へと戻る。
竜の咆哮と衝撃音が止み、竜の姿も天へと消えた後に残ったのは、静寂と乾ききった姿の信盛だった。信盛は少しの間立ち続けたが、力無く前のめりに倒れ伏す。
「……」
戦いが終わった。
レンヴァルトは双剣を手から消し、倒れている信盛に背を向けて綺咲人に歩み寄る。
「……」
だがすぐに再び双剣を取り出す。
レンヴァルトの視線の先には、綺咲人が。そして綺咲人のすぐ側に、赤い炎の模様が入った羽織を羽織った男――三裟がいた。
レンヴァルトは舌打ちをし、そういえばアレから姿を見ていなかったなと、忘れていたことを思い出す。
三裟は最初の様子とは違い、真剣な表情で黙ってレンヴァルトを睨み付けている。あの好戦的な男が寡黙を貫いている様子にレンヴァルトは眉を顰め、何を考えているのか警戒する。
それはすぐに杞憂となる。
「――カァ~~! 止めた止めた!」
「……?」
三裟は大きく息を吐いて手をバタバタと振る。その場にドカリと座り込み、空を仰ぐ。
「こりゃ勝てねェわ。あんなの見せられて、テメェに挑むような奴は馬鹿か間抜けだわ」
「……男らしくないな。そこは強い奴に挑みたいとか何とか言うところじゃないのか?」
「ハッ、勝てねェ戦いに挑むのは後ろに守るべきもんがある時だけでィ。今の俺にゃあ、んなもんはねェ。それに俺ァもう六人衆でも何でもねェし、アレを見ちゃあ、俺がいかに下にいるかわかっちまった。修行のやり直しだな」
まるで毒気が抜けたようなスッキリとした顔で三裟はそう言う。敵意も完全に無く、それが演技だとも思えないと判断したレンヴァルトも警戒を解く。
三裟は空を見上げながら、レンヴァルトに尋ねる。
「なぁ、どうやったらそんなに強くなれんだ?」
「……聞かない方が良い」
「ちぇ、わーったよ……。ところでよ、あれ死んでんのか?」
「あれ……?」
三裟が指した方へと顔を向ける。
そこは確か信盛が倒れた場所だ。『終焉』の神域エネルギーを受けた以上、肉体は消滅するはずであり、もう既に遺体は無いはずだ。
だがそこにはまだしっかりと信盛の肉体があった。しかも、消滅が始まっていない。
ありえない――レンヴァルトはすぐに臨戦態勢を取る。
レンヴァルトの気配を察知した三裟も驚きながら立ち上がって拳を構える。
すると、信盛の身体が直立不動のまま立ち上がった。
まだ生きている――否、そうではない。彼はもう死んでいる。生命力は感じられず、まるで人形のようにカタカタと動いている。
信盛の眼がギョロリと動き、レンヴァルトを見る。
『――終焉の徒よ。爾の呪いを受けし者よ。汝は世に存在してはならぬ』
信盛の声ではない。男とも女ともわからぬ声が、信盛の身体を利用して話している。
その気配を、レンヴァルトはすぐに察した。
「『絶悪』の概神……!」
「おいおい……嘘だろ?」
信盛――『絶悪』の概神は尚も言葉を紡ぐ。
『爾は我らが敵。爾の徒もまた我らの敵。我らは爾を排除する』
「ああ、そうかい。是非そうしてもらいたいな」
『爾を排除する。爾の呪いも例外ではない。我ら概神、終焉を許さない』
そう言い終えると、信盛の身体が青い炎に包まれて消し炭になる。
それが終わると、黒雲の空が轟々と渦巻きだし、レンヴァルトと三裟に途轍もない重圧が襲い来る。
「っ……!」
「ぐぅ……!? ンだこれ!?」
レンヴァルトは歯を食いしばって耐えているが、三裟は片膝を突きそうになる。
二人が空を見上げると、渦巻く黒雲の中心辺りから何かが現れ始める。
眼だ。赤く光る超巨大な眼だ。酷く恐ろしく鋭い眼光をした獣の目だ。あんな巨大な眼が存在して良いものなのかと三裟は言葉を失う。
アレはダメだ。勝てる勝てないじゃない。戦ってはいけない。戦うという思考すら許されない。逃げるという思考もいけない。何もしないのではなく何もできない。してはいけないのではなく、しないことが自然の摂理。そう何者かに言い聞かされて思考を放棄させられる。
だがレンヴァルトだけは違う。彼だけは双剣を強く握り締め、空から見下ろす巨大な眼に睨みを利かす。
「……三裟」
「ン……ンだよ……?」
「もう綺咲人を狙う理由もその気も無いな?」
「ね、ねェよ……!」
「なら、綺咲人を連れて阿坂へ行け」
「は、はぁ!? 何言ってやがんだ!?」
三裟は驚愕する。
それもそうだろう。今のレンヴァルトを見れば誰でもわかる。
アレ相手に一人で戦うつもりだ。
双剣を肩に担ぎ、今にも落ちてきそうな空の眼を睨む。神域エネルギーも昂ぶっており、アレを相手に一切腰が引けていない。
三裟はレンヴァルトの戦いを見て、彼がとんでもなく強い男だと理解した。
だがその理解はまだまだ不完全だった。まだ三裟はレンヴァルトという男を理解していない。
「アレと戦う気なのか!?」
「いや、流石の俺も今の状態で正面切って戦う気はない」
「は――いや、そ、そうだよな!? だったら――」
「もう逃げるのは止めだ。この子を守ると約束したからには……避けられない戦いだ。ちょっと帰ってもらうだけさ。日が昇る頃には戻る」
そういうレンヴァルトの目を見て、三裟は何かに気が付く。あの町で戦った時には見られなかった、燻ったナニかが無い。真っ直ぐ正面を見据え、力強い光で満たされている。
この神子の存在が、彼をそうさせているのだろうか。
三裟は少しだけ黙って考えたあと、綺咲人を抱き上げる。
「絶対生きて戻ってこいよ……。強くなってまたテメェに挑んでやる」
「……そん時は、俺を殺せるようになってろよ」
「ぜってー殺してやっからな」
三裟は綺咲人を抱えた状態で走り出し、屋上から飛び降りた。三裟ならば、無事に地上に着地できるだろう。
三裟の背を見送ったレンヴァルトは空に佇む『絶悪』の概神へと顔を戻す。黒雲からは眼だけでなく、獣の影もはっきりと映るようになってきた。
挑むにはあまりにも強大。人間一人が死力を尽くしても戦いになんてならないだろう。
だがレンヴァルトは笑みを浮かべ、肩をグルグルと回して慣らしていく。
「これまで様々な使徒を相手にしてきたが、概神を直接相手にするのは二度目だな。一度目は手も足も出なかったが……今なら追い返せそうだ!」
レンヴァルトはその場で大きく踏ん張る。神域エネルギーが高まり、レンヴァルトの全身を包んでいく。力が極限まで高まり、一気に解き放つ。衝撃が天原中に駆け抜け、大地を揺らす。漆黒の神域エネルギーの光が空を貫き、空が鳴く。
その光の中を、ナニかが昇る。それは人でも獣でも化け物でもない、聞いたこともない咆哮を轟かせながら空を覆う『絶悪』の概神へと向かっていく。
それが空とぶつかった時――世界は転換を迎える。
全世界に存在する数々の神域が呼応し、大共鳴を行う。神域エネルギーが増大して神域を更に満たし、生命に漲る力を授け、中には概神と直接交信する生命まで出現した。
ある者は言う――これは神託であると。
ある者は語る――これは禍の前触れだと。
ある者は謳う――これは新たな概神の誕生だと。
何れにせよ、この出来事により世界は更に加速する。
まだ未開の地である場所も、種も、あらゆる存在が一つの認識を持った。
これから世界は大きく変わる。望もうと望むまいと、その変化により様々な運命、宿命が動き出すのだ。ならば、それに対して準備をしなければならない。
世界は――新たな力を求め始めたのだ。




