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神域:アポカリプス  作者: 八魔刀
第一章 絶悪の神子
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第1話

 この世は神で溢れている。概神(がいしん)――概念が超常の力を手に入れたことによって上位種の生命体として顕現した存在。その誕生は人類が生まれるよりも遙かに前であり、その姿を直接人の前に晒したことは伝説上でしか語られていないが、存在するのは確かだ。

 概神は己の領域を持つ。領域内の地には主である概神の力が広がっており、その地で生まれる命は例外無くその力の影響を受けている。中には影響を強く受け、領域が発する力を持って生まれてくる命があり、その領域の主に因んだ超常の力を発現させることができる。その者達は神を信じる者、『信徒(しんと)』と呼ばれる。信徒を神の子と崇める者達もいれば、忌み子と怖れ嫌う者達もおり、そこはその領域に住まう者達の文化や歴史によって異なってくる。

 概神の領域を人は『神域(しんいき)』と呼び、神域から得られる力を『神域エネルギー』と呼ぶ。

 此処、天原も漏れることなくある概神の神域に属している。その概神は『絶悪』という概念を司り、その理念は『絶対なる悪と成って悪を絶つ』ことである。故に、『絶悪』の神域から生まれる命が力を持つ場合、それは必ず悪鬼と化してしまう哀しき宿命を背負うのだ。


「……」


 川から少女を助け出したレンヴァルトは、その少女は『絶悪』の神域エネルギーを持っているのを見抜いていた。髪の色が変わったのも、おそらく神域エネルギーによる力が解けたからだろう。おそらくその力のおかげで生命力が高まって生き残ることができたのだ。

 それにしても――と、レンヴァルトは少女の体温を確かめながら、彼女の身に何が起きたのかを考える。

 少女が着ていた衣から見て、貧しい村の出ではないのは察することができる。上質な布が使われており、乾いた衣に着替えさせる際に見た身体もきちんと栄養が摂れた健康体だった。何故川に流されたのかわからないが、少女の家族が捜しているだろう。川を辿って行けば何か見つかるかもしれない。

 少女が目覚めるまでに調べて見ようかと思ったレンヴァルトであったが、その時少女が身動いだのを見て思い止まる。やがて少女は薄らと瞼を開いていき、ぼーっとした状態で目を覚ました。レンヴァルトは可能な限り少女を怖がらせないように注意して話しかける。


「起きたか?」

「……?」

「自分が誰かわかるか?」

「……? ………………っ!?」


 まだ頭が回っていなかったのか、ほんの少しの間呆けていたが、驚くような素早さで布団から飛び起きて壁際まで寄ってレンヴァルトから距離を取る。先程まで死にかけていたとはとうてい思えない動きに、レンヴァルトは目を丸くする。

 少女は怯えた表情をしながらも、注意深く周囲を見渡して逃げ道を見付けようとしているようだ。その様子に余程のことがあったのだろうと察したレンヴァルトは、少女からの警戒を解いてもらうために何も危ない物を持っていないことをアピールする。


「大丈夫だ、落ち着け。ほら、何も持っていない。嬢ちゃんは川に流されてたんだ。死にかけてたから助けた。大丈夫だ、何もしないから」

「……」


 少女はレンヴァルトの姿を足の爪先から頭の天辺まで見る。薄汚れた着物に無造作に伸びた髪と髭、至極色の瞳、天原人離れした顔と身体の大きさに別の意味で警戒しだす。

 端から見れば少女の歳はまだ五、六歳を過ぎた辺りだ。その歳で此処まで警戒心を見せられるのは対したものだとレンヴァルトは感心する。普通なら怖くて泣くか、言われるがままになるところだが、どうやらこの少女はとても賢いらしい。

 レンヴァルトは竈の鍋から大根の水炊きを椀に移し、床に置く。それから後ろに下がって少女に対して何もできない位置で立ち止まる。


「こんなものしかないが食え。元気が出る」

「……」


 少女は警戒を解かない。だが水炊きを見て腹が減ったのか腹の虫を鳴らす。椀にゆっくりと近付き、一瞬の動きで椀を引っ手繰って大根に齧り付く。熱いからハフハフとしながら小さな口で大根を食べていく。レンヴァルトは水瓶から水を椀に注いで少女の側に置くと、少女は水をグビッと飲む。食べて飲んでをしている様子からもう身体は大丈夫だろうと、レンヴァルトはとりあえずの安心を得る。同時に神域エネルギーが少女の命を繋いだのだと改めて確信する。普通の人間なら目を覚ますのにもっと時間が掛かるし、目覚めた直後にあんな動きができるわけがない。

 椀の大根を食べ終えた少女は水も飲み干してほぅっと一息入れる。余程腹が減っていたのだろう、先程までの様子とは打って変わって緩みきった顔をしている。


「悪いな、何の味付けもしていない大根で」

「……そんなことはない。感謝する」


 幼子にしては随分と流暢に言葉を話す。やはり何処かのやんごとなきお姫様なのかと、レンヴァルトは勘繰る。神域エネルギーを持っていることからも、それなりの立場にあるのかもしれない。

 神域エネルギーを持つ者は総じて早熟なことが多い。子供でも成人以上の肉体を持つことだってある。この少女もその例に漏れることなく、精神が肉体年齢よりも築き上げられているのだろう。


「俺はレンヴァルト。異国の人間で、今は此処で暮らしてる。嬢ちゃんは誰だ?」

「……」


 少女は一瞬口を開くが、迷いが生じたのかすぐに閉じてしまう。


「大丈夫。此処には俺しかいない。まぁ、名を明かせないのならそれでも良い」

「……きさり……綺咲人だ」

「そうか、綺咲人だな。それで、何があったのか覚えてるか?」

「……」


 綺咲人はまた黙ってしまう。表情から何も覚えていないからではなく、言っても良いのだろうかと迷っているのだろうとわかってしまう。おそらくではあるが、事情を話して助けてくれた恩人を巻き込んでしまうわけにはいかない、とでも考えているのだろう。

 レンヴァルトもレンヴァルトで考え始める。きっと綺咲人の身に起きているのは複雑で大きな事情を孕んだ面倒事なのだろう。それに何も関係無い、しかも異国の人間が介入するのは余計な面倒事を生み出すことになる。通常なら何も聞かず、村長に突き出すなり好きな所へ行かすなりするのが吉なのだが、レンヴァルトはそこまで非情ではなかった。


「……何か深い事情があるのはわかった。ま、落ち着くまで此処に居れば良い。金も食い物も無いが、雨風は凌げる。あぁ、着物も今干してるから乾いたら勝手に持っていけ。」

「……」


 それを聞いた綺咲人は、今自分が着ている物が大人の物だと気付き、レンヴァルトから身を隠すように袖や裾を押さえる。着替えさせられたのが恥ずかしいのだろう。ガキのくせにませた奴めとレンヴァルトは呆れ、床に腰を下ろす。

 ――下ろそうとして、ピタリと動きを止める。


「――綺咲人、お前……誰かに狙われてるのか?」

「ぇ――」


 言うや否や、レンヴァルトは綺咲人に一瞬で近付き覆い被さる。次の瞬間、小屋の入り口が薙ぎ払われるように吹き飛び、瓦礫が二人に襲い掛かる。レンヴァルトは綺咲人を庇って背中で瓦礫を受け止めた。瓦礫が止み、レンヴァルトは綺咲人を背後に回して入り口側を向く。

 レンヴァルトの視線の先には、黒い鎧兜に身を包んだ四人の武士が立っていた。その内の一人、一際大きな身体をしている武士が大きな刃をした薙刀を振り払った残心を取っていた。その武士はレンヴァルトを見て感嘆の声を漏らす。


「ほぅ? 殺気を感じ取ったのか? それにその顔……異国の人間か?」

「……何者だ?」

天ノ六人衆(あまのろくにんしゅう)……!?」


 レンヴァルトの背後で綺咲人が悲鳴に近い声を上げた。目の前の武士を見て天ノ六人衆と呼び、そう呼ばれた武士は「ふん」と鼻を鳴らす。


「我は雨宮家当主、雨宮雲門信盛が配下、天ノ六人衆の六介(むすけ)。我が主の命により、その小娘を連れ戻しに参った」


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