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神域:アポカリプス  作者: 八魔刀
第一章 絶悪の神子
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第15話

 雨宮家が治める領地、濃上――。

 雨宮信盛が根城としている出雲城とは別の、特別な儀式のために建造した塔の頂上。

 そこでは信盛が巨大な祭壇を前に座禅を組んでおり、彼の周囲には『絶悪』の神気が濃く漂い、信盛に何かを語りかけている。信盛はその声に耳を貸し、ゆっくりと何度も頷いている。取り憑かれている様子はなく、老人とは思えない覇気を身に纏っている。

 そこへ、黒衣に全身を包んだ影が背後に現れる。


「殿――一真様からご報告です。神子を確保。間も無く此方へ帰還致します」

「――そうか。なら全戦力を塔に集結させよ。正面の防御は五奇(いつき)に任せる」

「は――」


 影は消え、信盛だけになる。信盛は祭壇の上、黒雲に覆われている空を見上げ、気を引き締めた表情を見せる。


「時が来た……。『絶悪』の概神よ、約定に従い、(その)が選びし神子を捧げる時が。(その)の力、天原のために……」


 信盛の言葉に呼応するかの如く、黒雲から赤黒い稲妻が光る。

 あの黒雲の向こう側に何かが潜んでいる――それは信盛が言う『絶悪』の概神なのか。

 信盛は神気を更に研ぎ澄ませ、概神に捧げる神子の到着を今暫く待ち続ける――。



    ★



 レンヴァルトは駆ける。阿坂の国境を越えて濃上に入り、綺咲人が連れ去られたであろう出雲城を目指して休み無しで走り続ける。既に日は傾き、薄暗い夜へと移り変わっていた。山を、森を、川を越え、とうとう出雲城が見える地点まで辿り着く。

 流石に休み無しで走り続けたレンヴァルトは汗を流し、肩で息をして疲れを見せていた。神域エネルギーを用いて身体能力を向上させ、馬よりも速い脚で此処まで走り続けた。それがどれだけ異常なことなのか、誰も指摘できる者はこの場にはいない。

 レンヴァルトは感覚を研ぎ澄ませ、遠くに見える出雲城に集中する。城から綺咲人の神域エネルギー、もしくは敵の神域エネルギーを感じ取ろうと試みる。

 しかし、綺咲人の気配どころか敵の神域エネルギーすら感じ取れなかった。何かで気配を隠しているのかと考えたが、すぐにそうではないと気が付く。城から少しズレた位置に気配が集中しており、更にそこから『絶悪』の神域エネルギーが異様に濃く出ているのを察知する。その濃さにレンヴァルトはハッとし、握っている刀がカタカタと震えているのにも気が付く。


「お前もわかるか? 『絶悪』の概神の気配……まさか、奴らがやろうとしてる事って……」


 気配がする場所の空が黒く濁っている。夜になるというのに、その一帯だけが不自然に明るく、また赤黒い稲妻が黒雲の中で迸っていて、まるで異界が広がっているように見える。レンヴァルトはその黒雲の向こう側に、概神の気配を察知した。

 通常、そんな事は絶対に有り得ない。概神とは確かに存在するが、その姿や気配を人の前には決して晒さない。少なくとも、伝説でしか語られていない程度には姿を見せていない。見せる時は己の神域に神域の法則を捻じ曲げてでも大きな影響を与える時だけだ。しかし、そんなことをすれば世界事態にも影響を与えてしまい、他の概神の神域にも影響が出る。そうなれば概神同士での争いが引き起こされてしまう。

 まさか、九条家はそれを狙っているのか――レンヴァルトは改めて事態の深刻さを知る。仮に予想が当たっているとすれば、これはただ綺咲人を助けるだけの戦いではなくなる。世界の命運を懸けた一大決戦になるだろう。


 そろそろ体力が戻ってきた頃、レンヴァルトは今一度大きく息を吸って気を引き締める。そして目を見開き、一気に力を解放して大地を駆ける。土煙を上げながら気配が集約されている場所へと一直線に向かう。

 それを察知したのか、『絶悪』の気配が強く動き出す。レンヴァルトの進行方向に怪物と化した雨宮家配下の武士達が群れを成して現れる。『絶悪』の神域エネルギーに身を喰われ、暴力の化身となった物の怪を前に、レンヴァルトは己の神域エネルギーを遠慮無しに使用する。漆黒のエネルギーがレンヴァルトから発生し、衝撃波を撒き散らしながら突貫する。


「もう遠慮はいらねぇ! 邪魔をする奴は――終わらせてやる!」

『ウォォォォ!』


 レンヴァルトは群れに突っ込む。神域エネルギーによる暴風のような攻撃と刀から放つ斬撃を同時に行い、圧倒的な力による中央突破を狙う。刀を一振りすれば斬撃が神域エネルギーと共に物の怪どもを一気に薙ぎ払う。それだけでも凄まじいものだが、レンヴァルトの驚異的な動きが彼の力をより一層強力にしている。

 無数の群れの中で全ての敵の動きを完璧に捉え、そこから予測し、常に先手を打ち続け、人間離れした素早さで撃破していく。

 その姿は正しく怪物と呼ぶに相応しい。敵も怪物だが、今のレンヴァルトの方が怪物に見える。綺咲人を救うために己が持つ力を発揮する姿には鬼気迫るものがある。彼の神域エネルギーによって斬られた物の怪らは消滅していき、『絶悪』の力が削がれていく。

 しかしそれと同時に、レンヴァルトに向けられる『絶悪』の気配が強まっていく。レンヴァルトが力を使えば使うほどにそれは強くなっていき、彼の動きを抑圧しようとしているようだ。

 その証拠に、レンヴァルトは得も言われぬ重圧感に襲われていた。目の前にいる物の怪らからではなく、別に存在している気配の主からだ。


 ――見付かった。だがもうどうでもいい。俺を見付けたのなら、精々怯えてろ。


 レンヴァルトは更に神域エネルギーを解放していく。今まで逃げ回っていたツケを払うかのように、鈍った戦士としての勘を取り戻していくかのように刀を振るっていく。物の怪はレンヴァルトに手も足も出せず、一方的に殲滅されていく。レンヴァルトの勢いは止まらず、『絶悪』の気配がより強く集まっている塔の姿がはっきりと視界に映る地点まで到達した。

 最初の軍勢を殲滅し終えたレンヴァルトは一度立ち止まり、聳え立つ禍々しき塔を見上げる。その塔からはっきりと綺咲人の気配を感じ取れる。それ以外に、強大な『絶悪』の神域エネルギーも【二つ】、そしてそれらより更に大きな気配が【一つ】――。

 レンヴァルトは眼前に広がる更なる物の怪の軍勢に目をやる。雨宮家の全戦力は『絶悪』の力によって人間を捨てた。彼の前に立ちはだかるのは正真正銘、【鬼】という奴だ――。


「フー……。この感覚、200年ぶりだな」


 レンヴァルトは呼吸を整え、体内に廻る神域エネルギーを研ぎ澄ませる。瞳孔が縦に割れ、全身から発せられる神域エネルギーによってコートがはためく。


「……待っていろ、綺咲人。すぐに行く」


 レンヴァルトは地を蹴った。鬼の軍勢に斬り込み、真っ直ぐ塔へ向かう。鬼の命を断ち切り、返り血を受けながら突き進む。もはや鬼では彼を止めることは不可能。ほんの少しの時間稼ぎ程度にしかならない。


「――……クハッ」


 知らずの内に、レンヴァルトの口からは笑いが漏れていた。牙を見せ、徐々に戦いに酔いしれていくように笑みが浮かんできていた。戦い方にも変化が現れ始める。最初は全くと言って良いほど無駄の無い動きだけで一撃の下に葬っていた。だが今では戦いの中に楽しみを見出し始めている。自分がどれほど鬼より勝っているのか技を見せつけ、自分がどれほど鬼より恐ろしい存在なのかを知らしめ、自分の力に悦を得始めている。

 嘗て、レンヴァルトは戦士だった――。戦いこそが生きることであり、戦いのために生きてきた。今までの生活で鳴りを潜めていた本能が刺激され、表に現れてきたのだ。


 戦士レンヴァルト――レンヴァルト・シン・エラフィクス。


 この男もまた、強さと戦に飢えた獣だったのだ。

 軍勢の末尾まで到達し、大きな一撃と共に突破する。そのまま走り抜けていき、塔の正門が前に現れる。その門から塔の中に入れるのだろう、一人の武士がその門の前でレンヴァルトを待ち構えていた。

 鉄鎧で身を固め、六介よりも小柄だがそれでも大柄の部類に入る男であり、両手には戦斧が握られている。

 その男はレンヴァルトの前に立ち塞がり、大声で名乗りを上げる。


「我こそは天ノ六人衆が一人、五奇(いつき)! 此処から先は我が一歩も通さ――」


 一瞬のことだった。レンヴァルトは大男の間合いの外から刀を振るった。すると神域エネルギーの斬撃が放たれ、大男はそれに反応することができずに己の身体に通してしまう。斬撃は大男と彼の背後にある門を両断し、レンヴァルトはそのまま門を蹴り飛ばして塔の中へと入っていく。

 大男――天ノ六人衆の五奇はレンヴァルトの敵になることなく、斬られたことにも気付くことなく、仁王立ちした状態のまま塵へとなって消えていくのだった。




 塔に侵入したレンヴァルトは上階へと登る階段を見付けては駆け上がっていく。内部には鬼を配置していないのか、殆ど姿を見かけなかった。そのまま上階へと登り続けていると、一際広い階層へと躍り出る。走っていた脚を止め、警戒は解かずに歩み進める。

 歩みの先には菖蒲を斬り、綺咲人を連れ去った黒衣の男が腕を組んで静かにレンヴァルトを待っていた。

 彼の正面で立ち止まり、レンヴァルトは少し乱れた呼吸を整える。綺咲人の気配は黒衣の男の背後にある階段の先からしている。そして、この塔で綺咲人を除いて強力な『絶悪』の気配を放っている存在もそこにいる。

 黒衣の男は閉じていた目を開き、腰の刀に手を添える。


「――二影も貴様には歯が立たなかったか。なら五奇にも無理な話か」

「……お前に訊きたい事がいくつかある」

「訊くのは自由だ」


 レンヴァルトはズボンのポケットからある物を取り出し、黒衣の男に投げ付ける。男はそれを受け止め、何を投げられたのかを確認する。

 それは紅玉だった。レンヴァルトが菖蒲から譲り受けたあの紅玉だ。男の手の中で美しい紅の輝きを灯す紅玉が男の顔を反射させる。


「お前と会った時から薄々と感じていた。お前の気配だけ、他の六人衆とは違う。他の奴らは『絶悪』に身を委ねてるが、お前は違う。お前――『絶悪』に【支配】されてるな?」

「……」


 男は何も言わず、レンヴァルトから視線を外して紅玉を見つめる。

 構わず、レンヴァルトは続ける。


「それから、菖蒲がお前の名を呼んでいた。それもただの知り合いって感じじゃない。雨宮の人間だからってだけで済むような雰囲気でもない。そしてこれは綺咲人の力が強くなってから気が付いたが……何故、お前の気配と綺咲人の気配が似通ってる?」

「……ふん、くだらんことを」


 男は紅玉を投げ返す。レンヴァルトの話を鼻で笑い、刀を鞘から抜いていく。赤黒い刀身から神気が迸り、レンヴァルトへの殺意を表す。レンヴァルトも紅玉をしまって刀を持ち上げる。


「俺は『絶悪』の刃。我が主、雨宮信盛様の懐刀。ただ、それだけだ」

「……悪いが、お前に対する義理は持ち合わせてねぇ。綺咲人を優先させてもらう」

「世迷い言を。貴様が真に『絶悪』の敵に相応しいかどうか、この俺、一真が見定めてやる!」


 黒衣の男――一真が仕掛ける。赤黒い神気を稲妻のように発しながら迫り、刀を振り下ろす。レンヴァルトも漆黒の神域エネルギーを刀身に纏わせ、一真の刀を迎え撃つ。二つの力がぶつかり合い、広間を激しく揺さぶる。



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