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神域:アポカリプス  作者: 八魔刀
第一章 絶悪の神子
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第9話

 三裟は神域エネルギー――神気を解放した。青い炎が風で煽られたように、爆発的に広がる。それは二人が立っている一帯を呑み込んでしまう威力なのだろう。

 だがその真価は発揮されることはなかった。レンヴァルトが神域エネルギーを、刀を介して放ち、爆発する炎を斬り裂いたのだ。黒いエネルギーが斬り裂いた青い炎を消滅させていき、やがて全ての炎を消し尽くした。それでも三裟の周囲は完全に燃えカスになっており、いくつかの建物が焼失していた。

 レンヴァルトは刀に込めた神域エネルギーを解き、少しばかり落ち着かない様子で呼吸を整える。対して三裟は口笛を吹き、興奮冷めやらぬ様子で拍手を送る。


「やるじゃねェか! 何だ今のは!? 俺の神気が掻き消されやがった! いんや、朽ち果てたって感じだな! それで四明をやったのか!」

「……」

「だがその力、何か嫌な感じだなァ。こう、腹の底からイケ好かねェって言うのか、俺の神気がどうもテメェのことを気に入らねェつってんだよなァ……」

「俺もお前のことは嫌いだ」

「ヘッ、そう言ってくれるな。俺自身はテメェのこと買ってるんだぜ?」


 三裟はニヤリとし、消えていた青火を再び身体中に纏わせる。レンヴァルトに神域エネルギーを使わせることに成功し、同じ方法でなら再び神域エネルギーを使わせることができると考えているのだろう。三裟の体内で神域エネルギーが昂ぶるのをレンヴァルトは見抜く。


 ――野郎……本当に町ごと焼こうとしやがった。そう何度もこの国で俺の神域エネルギーを使う訳にはいかない。四明の時は蛮行への怒りで思わず使ってしまったが……。


 レンヴァルトは内心で悪態を吐き、早急に三裟を討つ算段を整える。六介の時のように技だけで仕留めるには骨が折れそうであり、かと言って四明の時のように神域エネルギーを使うわけにはいかないと躊躇する。それだけの理由があるのだ。

 だがそれは三裟には関係ない。三裟の望みはレンヴァルトとの本気の戦い。殺し合いと言ってもいい。その戦いには神域エネルギーが絶対不可欠であり、それを使わない戦いなど戦いではないと考えている。その結果、無関係の命が散ろうとも知ったことではない。

 だからこそ、神域エネルギーの使用を制限しているレンヴァルトにとって今のこの状況は些か戦いづらいのだ。最悪、町が壊滅しても構わない。その後の問題は大きくなるが、無関係の人間が大勢死ぬよりは良い。綺咲人に余計な責任を背負わせないで済むからだ。

 レンヴァルトの勝利条件は一つ。『人的被害を出さずに三裟を討つ』ことだ。このまま戦いが激しくなれば、その条件を守り通すのが厳しくなる。

 ならばどうするか――。レンヴァルトも神域エネルギーを使用し、最強最速の一太刀で仕留める他無い。


「……まだ俺を見付けるなよ」


 意味ありげな独り言を吐き、レンヴァルトは刀の柄に両手を添える。彼の神域エネルギーが彼の身体の中で静かに駆け巡る。それを察知した三裟は一瞬だけ真顔になり、すぐに笑みを浮かべる、同時に青火を強くし、嬉々として型の構えを取る。


「先に言っておく」


 激突が始まる前、レンヴァルトが静かに口を開いた。


「あん?」

「俺の神域エネルギーはお前をただ殺すわけじゃない。お前という存在を終わらせる。その終わりはお前の魂をも終わらせる。その意味が解るか?」

「……どんな意味だ?」

「――お前に死後は無いってことだ」


 レンヴァルトの顔付きが変わる。人の情を捨て去ったような、冷徹で慈悲を完全に手放した目を三裟に向ける。その視線を受けた三裟は首筋がゾッとした感覚に襲われ、思わず固唾を呑んでしまう。そして己がそんな反応をしたことに驚きを隠せず、益々レンヴァルトを気に入る。


 初めてだぜ、心底怖ぇって思ったのは――。


 三裟は胸の内でレンヴァルトを称賛する。彼の目に映っているのは異国の強者でも、同じ神気使いでもない。己の命を狩り取る恐怖そのものだった。黒い神気が全身からユラユラと漏れ出し、それが死を司る神を幻視させた。

 その恐怖に打ち勝つために、三裟は自身の神気を限界以上に高める。その限界を超えた先に至らなければ、あの恐怖には勝てないと悟ったからだ。


 そうだ、それでこそだ――それでこそ戦いだ――。俺はこのために生きてきた――。


「行くぜぇぇえ!」

「――」


 三裟が踏み出す。レンヴァルトが踏み出す。これから放たれる一撃、その一撃で全てが決まる。最後に立っているのはどちらか一方だけ。その一方になるために、二人は力を振りしぼ――。


「――そこまでだ」


 レンヴァルトと三裟が激突する寸前、酷く場違いな声が二人の耳に届く。そして二人の間を赤黒い神気の斬撃が駆け抜け、二人の激突が阻止された。斬撃は地面を抉り、そのまま建物をも斬り裂いていき町の外側まで伸びていった。

 レンヴァルトは三裟から距離を取り、斬撃が飛来してきた方向を警戒する。

 その先にいたのは、屋根の上に立っている一人の男だった。黒い衣と赤い軽装の鎧に身を包んだ黒髪の武人だ。その佇まいからただ者ではないのは確かであり、ただの敵ではないのは明らか。六介、四明よりも格上の三裟より更に格上――二影よりも上の風格を持っている。


 天ノ六人衆の頭目か――。


 レンヴァルトは今この場であの男を討ち取るべきかと、刀を握る手に力を込める。

 だが、その考えはすぐに検める。

 何故なら、男の脇に抱えられているモノが目に入ったからだ。長い黒髪を垂らし、ぐったりとしている子供――宿に居るはずの綺咲人が抱えられていたのだ。


 ――俺は間抜けか!? 何でそれを考えていなかった!? 当て馬に当てられ、まんまと出し抜かれた!


 レンヴァルトは己の愚かさを呪った。二影の口から天ノ六人衆から一騎討ちを申し込まれたと思い込み、それが陽動だと予測立てるのを怠ってしまったのだ。これまでの落ちぶれた生活のせいで鈍ったなんて言い訳は効かない。招いてはいけない結果を招いてしまったレンヴァルトは激しい後悔と焦燥感に駆られる。

 その隣で、レンヴァルトとは違う理由で落ち着きを失いつつある人物がいる。その人物とは三裟であり、怒り心頭といった様子で戦いを中断させた男を睨み上げる。


「よォ……大将さんよォ……。いったい何してくれてんだァ……? えェ? せっかく、折角の決着が台無しじゃねェか、おォ?」


 今にも彼に飛び掛かりそうな剣幕だ。三裟の口振りから、やはりあの男が天ノ六人衆の頭目で間違いない。レンヴァルトは焦る気持ちを抑え付けて冷静に彼を観察する。

 外見の年齢は頭目にしては若めだ。レンヴァルトの外見年齢とそう変わらないだろう。酷く冷酷な顔付きをしており、赤い目には光が無い。腰には脇差し、綺咲人を抱えていない方の右手には赤い刀身に黒い亀裂が走っている刀が握られている。鎧は腕や胸、脛といった要所要所を守るようにして着けられており、黒い衣が暗雲のように風に揺られている。

 その男は今にも飛び掛かりそうな三裟を見下ろし、極めて冷酷な声色で告げる。


「貴様こそ何をしている? 主の命は神子の奪還だ。その命を忘れ、己の欲を満たそうなど、誰が許した?」

「この男を倒しゃァ、それができんだよ!」

「俺には天ノ六人衆の顔に泥を投げているようにしか見えなかったがな」

「ンだと……!?」


 三裟の口からギリッと歯を食い縛る音が鳴り、それはレンヴァルトの耳まで届く。あの男の言葉は相当彼の神経を逆撫でしているようだ。すぐに言い返さないのは、三裟自身にも思い当たる節があるからなのだろう。

 三裟は今にも怒りで爆発しそうな感情を何とか抑え込もうとし、何度も肩で息をする。その内に怒りが静まっていき、それに呼応するように三裟の青火が小さくなっていき、やがて消える。三裟は舌打ちを一つし、建物の瓦礫を蹴り飛ばして八つ当たりする。

 黒衣の男は三裟からレンヴァルトへと視線を移す。光の無い瞳がレンヴァルトに向けられ、何かを見定めるように見つめる。


「……貴様、何者だ?」


 そう訊かれ、レンヴァルトは彼の動きを見逃さないように注視しながら、綺咲人を助け出すための隙を窺う時間を稼ぐ。


「質問の意味がわからないな。名前を訊いてるのか?」

「戯れるな。貴様の戦いは見させてもらった。『絶悪』とは違う力を持つ貴様は何だ? その力、あまりにも異質だ」

「なら降りてきてもっと近くで見たらどうだ?」

「断らせてもらおう。俺は神子を一刻も早く殿の下へ届けねばならん」

「……綺咲人をどうしようってんだ? そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか? いくら俺でも、こう何度も焦らされちゃ苛立ちを覚える」


 レンヴァルトは静かに、密かに、悟られないように神域エネルギーを体内で高める。綺咲人が彼方の手の中にある以上、迂闊には飛び込めない。取り返す機会は僅かな一瞬だけだろうし、その一瞬を逃さないように集中する。


「戦だか何だか知らんが、その子を不幸にするつもりなら……お前の首を落としてでも止めるぞ」

「……不幸。不幸か。そんなもの、大義の前では些細な事だ。天原を守るには、何としてでも『絶悪』の力が必要なのだ。神子はそのために生まれ落ち、そのために捧げられるのが宿命。よそ者が我らの行く末に口出しするな」

「悪いがそうはいかないな。子供を犠牲にして得られる力など、あっちゃいけないんだよ」


 レンヴァルトはそう断言する。如何なる大義があろうとも、どんなに特別な力を持った存在だとしても、子供の命を捧げるなんてことは許してはいけないのだ。子供とは未来であり、次代を担う大切な存在。大人が守り、教え導かなければならない存在。そんな宝を大人の勝手で壊されるなんてことは絶対にあってはならないのだ。少なくとも、レンヴァルトはそう考えている。

 黒衣の男はレンヴァルトが何か仕掛けようとしているのを目聡く察し、刀を綺咲人の首筋へと宛がって牽制する。


「……神子が必要なんだろ?」

「正確には神子の肉体だ。魂はせめてもの慈悲で残しておいてやっているだけだ」

「……この外道が!」


 レンヴァルトは黒衣の男に対する激しい嫌悪感と怒りを吐き出し、今にも飛び出しそうな身体を必死に抑え付ける。衝動に任せて動いてしまえば、綺咲人の身が危ない。あの男は本気で綺咲人を殺すだろう。

 レンヴァルトが堪えているのを一瞥すると、男は三裟へと視線を戻す。


「三裟、せめて俺が去るまで足止めしろ。その後は速やかに城へと戻れ」


 レンヴァルトの隣で不貞腐れていた三裟は、黒衣の男からの指示にあからさまな苛立ちの態度を見せ、舌打ちだけをする。戦いを邪魔された挙げ句に説教とくだらない命令を下され、三裟は完全にやる気を無くしていた。

 男は綺咲人を抱えながらレンヴァルトへと背を向けた。


 ――今だ。


 直後、レンヴァルトは地面を蹴る。男が立っていた屋根までかなりの距離があったというのに、たった一度の跳躍だけでそこへと辿り着く。不貞腐れていた三裟でさえ、レンヴァルトの驚異的な身体能力に改めて驚きの表情を見せる。

 レンヴァルトは男の首を狙って刀を振るう。しかし、それは予測されていたのか、男は待ち構えていたかのように身体を反転させ、レンヴァルトの胸の中心に刀を突き刺した。刀はレンヴァルトを貫き、刀身の根元まで差し込まれていく。

 男は愚かなことを――とレンヴァルトを冷めた眼差しで見る。が、男は失念していた。レンヴァルトがこの程度で止まるような存在ではなかったことを。


「――っ!」

「なにっ――!?」


 刀で貫かれたことにより怯んでしまったが、レンヴァルトは何の問題も無く刀を振るう。男は刀を掴んだまま身体を反らして避けるも、レンヴァルトの蹴りが腹に抉り込みそのまま後ろへと蹴り飛ばされる。刀がレンヴァルトの胸から抜け、鮮血が舞う。

 男はすぐに体勢を整えるも、左腕に抱えていた重みが無くなっていることに気が付く。見るとそこに綺咲人の姿はあらず、レンヴァルトの腕の中にいた。先程の一瞬で、レンヴァルトは綺咲人を取り返していたのだ。


 何たる失態――。男は己の愚かしさを卑下する。


「貴様……!」

「この子は返してもらうぞ!」

「……よかろう。ならば――死ね」


 男はレンヴァルトに斬りかかる。応戦すべく、レンヴァルトも綺咲人を抱えながら刀を男に向ける。

 だがしかし――二人の激突は別の者によって阻まれる。レンヴァルトは腕の中で急激な神域エネルギーの上昇を感じ、黒衣の男もまた同じくその力に気が付く。その源は綺咲人であり、綺咲人から紅色の神域エネルギーが漏れ出していた。それを知覚するや否や、エネルギーが解放され、その衝撃にレンヴァルトと黒衣の男は吹き飛ばされる。立っていた建物の屋根も吹き飛び、爆音が町中に響き渡る。

 吹き飛ばされたレンヴァルトは地面に着地し、黒衣の男は別の屋根に着地する。三裟も何が起こったのか確認するため、驚きながらも静観する。

 瓦礫の上で、紅色に包まれた綺咲人が浮いている。黒髪は薄桜色に変色し、開かれた眼は黒から赤色に変わっていた。両頬には赤い爪痕のような痣が現れ、牙や爪まで伸びている。

 綺咲人の身に何が起こったのか、レンヴァルトは一目見て理解する。あの子から溢れ出ているのは『絶悪』の神域エネルギーであり、綺咲人の身体がそのエネルギーの力に適応するように変化したのだ。

 チラリと話は聞いていた。神子の力で化生を討伐していたと。その力が今このタイミングで発現したのだ。それが何を指し示すのか、レンヴァルトと黒衣の男は理解していた。


「ッ!」


 ギロリ――綺咲人の鋭い眼が黒衣の男を捕らえる。黒衣の男は瞬時に刀を構えた。その時既に綺咲人は黒衣の男の懐に潜り込んでおり、下から上へと蹴り上げる体勢に入っていた。放たれた強烈な一撃は幼子の力とは到底思えない程に凄まじく、黒衣の男の防御の上から上空へと蹴り上げた。


「ぐっ――!?」


 綺咲人の蹴りを受け止めた左腕は折れ曲がっていた。だが黒衣の男はそれを気にすることなく、跳び上がってくる綺咲人へと集中する。懐から数枚の札を取り出し、綺咲人目掛けて投げ付ける。札は綺咲人の近くまで到達すると綺咲人の周囲に散らばり、綺咲人を拘束するようにして赤黒い稲妻が発生する。


「く――ウガアアッ!」

「何だと!?」


 稲妻の拘束によって一時は動きを止めた綺咲人だが、咆哮を上げながら拘束を引き千切るようにして無力化した。


「馬鹿な……!? 神子の力が上がっているのか!?」

「アアアアッ!」


 驚く黒衣の男を余所に、綺咲人は宙を蹴って再び彼に向かって飛び掛かる。鋭く伸びた爪で切り裂こうと腕を振りかぶる。黒衣の男は目付きを変えてタイミングを計り、刀を振り――。


「綺咲人!」

「ウガッ!?」


 黒衣の男が刀を振るうよりも早く、飛んで来たレンヴァルトが綺咲人を抱き締めて代わりに刀で斬られる。背中を斬り裂かれたが構うことなく黒衣の男を蹴り飛ばし、綺咲人と一緒に地面へと落ちる。

 地面に落ちたレンヴァルトは自分の刀を地面に突き刺し、両手で暴れる綺咲人を抑え込み止まるようにと名前を呼ぶ。


「綺咲人! 止めろ! 力に呑み込まれるな!」

「ぐっ、アガァァ!」

「うっ……!?」


 尚も暴れる綺咲人はレンヴァルトの腕に噛み付き、牙が骨まで達する。血が綺咲人の口から滴り、それでもレンヴァルトは綺咲人の腕を離さない。

 今の綺咲人は完全に『絶悪』の力に支配されている。敵味方の判別もできておらず、自身を危険から守るために獣のように攻撃を仕掛けている。

 それに止めなければ綺咲人は黒衣の男によって斬られていた。最初は拘束しようとしていたようだがそれができず、斬って無力化しようとしていた。あの様子では予想外なことのように見えたが、それは重要ではない。

 綺咲人を守るためには、今の綺咲人の状態を治めなければならない。


「綺咲人ッ、落ち着け……! 己を取り戻せ!」

「無駄だ。その状態の神子に声は届かん」


 黒衣の男が折れ曲がった腕を強引に戻しながら近寄ってくる。


「まさか、自分で変化するとは。封印術も効かなくなっていた。神子の力が強くなったのか」


 状況は些か、かなり拙い。レンヴァルトの今の状況は綺咲人を抑え付けるだけで手一杯であり、黒衣の男は刀を鞘から抜いて近寄ってきている。綺咲人を離せば対抗できるが、離せば必ず先に黒衣の男へと飛び掛かり斬られてしまう。今までは寸前の所で何とかなっているが、それが何度も続くとは考えてはいけない。

 どうすればいいか考えている間にも、黒衣の男は近寄ってくる。今度は最初から綺咲人を斬り捨てるつもりでいるだろう。次奪われたら奪い返すチャンスは無いかもしれない。


「次は無い。神子は肉体だけを連れ帰る。貴様は此処で首を落としておく」

「それで死ねれば御の字だがな……!」

「そうか。なら感謝して死ね!」


 黒衣の男が一気に近付く。レンヴァルトは差し迫る危機に対して決死の覚悟で迎え撃つ。例え首を刎ねられてでも、この男だけは道連れにしてでも此処で殺すと。


「ッ! ウガアァァッ!」

「綺咲人!?」


 突如、綺咲人の神域エネルギーが高まる。すると地面に突き刺していたレンヴァルトの刀が呼応し出す。刀が紅色の神域エネルギーを放ち、綺咲人に伸びていき綺咲人の神域エネルギーと一体化する。すると刀が独りでに地面から抜かれ、綺咲人の手の中に収まる。その瞬間、今まで以上の神域エネルギーが瞬間的に吹き出し、綺咲人を抑えていたレンヴァルトは吹き飛ばされる。

 自由になった綺咲人は向かい来る黒衣の男に力の限り刀を振り下ろした。刀で斬るには距離があった。斬るにはもっと近付かなければならない。しかし綺咲人が放った斬撃は強大な神域エネルギーの刃となり、大地を駆け抜ける。黒衣の男は目を見開き、即の所で身体を地面に転がして避ける。斬撃は巨大な柱のようになり町の端まで駆け抜け、そのまま上空へと角度を変えて消えていく。斬撃が走り抜けた痕は大きく、町は分断されたようになる。

 その惨状を目の当たりにしたレンヴァルトは言葉を失う。確かに綺咲人の力は凄まじいものの、此処まで強大なものだとは思ってもみなかったのだ。


 ――何かが綺咲人の力を増大させている。


 その何かとは一目瞭然。レンヴァルトの刀だ。刀が綺咲人の力を増大させているのだ。黒衣の男もそれを察したのか、今の綺咲人がどれだけ脅威なのかを理解した。


「ウゥゥ……!」


 綺咲人は更に一撃を放とうと刀を振り上げる。

 その時、綺咲人の足下に何かが転がる。それは球体の物で、綺咲人の足下で止まると爆発を起こして白い煙が舞い起こる。球体は他にもあり、それら全てが爆発して煙りで綺咲人を包み込んでしまう。


「っ、新手……! 三裟!」

「チッ……ンだよ……。おい、『れんばると』! 必ず決着をつけてやるからな!」


 黒衣の男と三裟はその場から離脱した。彼等の気配が遠のいていき、代わりに別の気配が複数近寄ってくるのを感じた。綺咲人とレンヴァルトを、正確には綺咲人を取り囲むようにして至る所にいる。これ程の数の気配をレンヴァルトは察知できていなかった。

 だが今ならわかる――この気配の正体も。それはそれは懐かしくもあり、あまり顔を合わせたくないものだった。


「ウアッ! アアッ!」

「ッ、綺咲人!」


 煙に包まれた綺咲人は苦しそうな声を上げ、両腕を振り回して煙を払い除けようとしている。煙はレンヴァルトの鼻にも届き、煙の正体に気付く。


「神経ガス……!」


 煙を吸った綺咲人は身体から力が抜けていっているのか膝を突き、強大だった神域エネルギーが弱まっていく。そして綺咲人の手から刀が離れると、更に力が弱まる。レンヴァルトはその隙を見逃さず、綺咲人に近付いて首筋に手を添えて神域エネルギーを応用した技で意識を失わせる。

 眠った綺咲人を抱えると、綺咲人の顔付きが元に戻っていくのを確認する。痣は消え、牙も無くなり、爪も縮んだ。ただ髪色だけは元に戻ることはなかった。綺咲人の体内に流れる神域エネルギーも弱体化しているようで、今は大人しくしている。


「綺咲人……」

「やぁ、親友」

「――」


 煙が完全に晴れた頃、レンヴァルトの耳に脳が蕩けるような、甘美な男の声が届いた。レンヴァルトがゆっくりと顔を上げると、金と銀の髪を持った佳人の男が立っていた。天原には似つかわしくない異国の服を着て、銀の杖を突いたその男はレンヴァルトに微笑みかける。翡翠色の瞳でレンヴァルトを映し、レンヴァルトは凍ったように動かなくなる。

 佳人は不思議な雰囲気を纏いながらレンヴァルトが抱える綺咲人に目をやり、状態を確認する。白い手袋をした手で綺咲人の顔に優しく触れ、うんと一つ頷く。


「ガスが効くかわからなかったけれど、まだこの子には通用したようだね。あぁ、安心してくれ。少しばかり濃度が高い物を使用したけれど、体内の神域エネルギーを抑制するだけの物だから」

「……」

「しかし驚いたよ。国境で強大な神域エネルギーを感じ取ったから駆け付けてみれば、まさか君が押されてるなんて。さては、少し見ない間に平和ボケでもしたかい?」

「……」

「うん? どうして返事をしてくれないんだい? 僕と君の仲じゃないか」


 先程から佳人はニコニコとレンヴァルトに話しかけているが、レンヴァルトは表情を硬くしたまま口を開く様子を見せない。その表情は、何か後ろめたいものが見え隠れしているように窺える。

 佳人はやれやれと肩をすくめ、指を鳴らす。すると彼等を取り囲むようにして隠れていた気配が動き出し、姿を現す。現れたのは全員同じデザインの白い服を着た金髪の女性達であり、全員腰に剣を携えている。中には弓を携えた者達もおり、警戒心を露わにして待機している。

 その内の数人がレンヴァルト達に駆け寄り、負傷者を運ぶための簡易器具である担架を側に置いた。彼女達はレンヴァルトから綺咲人を掠め取るようにして受け取ると担架に綺咲人を寝かせ、何処かへと運び出す。

 レンヴァルトは一瞬抵抗しようとも考えたが、佳人の視線による制止と彼が綺咲人を悪いようにはしないとわかっているからそれを止めた。


「さて、色々と積もる話もあるだろうけれど、先ずは帰ろうか」

「……帰る?」

「うん。僕達『天星』が間借りさせてもらっている阿坂に、だよ」


 阿坂――そこは綺咲人と目指していた目的の場所。

 彼は、佳人はその阿坂を拠点としている。

 レンヴァルトはそれを聞き、堪忍したように溜息を吐く。その顔は今まで逃げていたナニかに追い付かれてしまった逃亡者のようだった。


「……この町はどうする?」

「酷だけど、僕にはどうすることもできないよ。此処はあくまでも濃上の領地。下手に手を出せば戦争の口実になるだろうし、濃上の主に任せるしかないさ」


 そう言われてしまえば、レンヴァルトにもどうすることもできない。町の人達への罪悪感に引っ張られながら、レンヴァルトは佳人達と共に町を出るのであった。

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