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神域:アポカリプス  作者: 八魔刀
第一章 絶悪の神子
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第0話


 彼は戦士だった――。この世に生まれ落ちてからずっと戦いだけが彼の全てだった。肉体を鍛え上げ、精神を鍛え上げ、命懸けの戦いを繰り返して来た。

 彼は最強の戦士だった――。戦士の称号を戴く者達は大勢いたが、その中でも彼は別格だった。一人の戦士が剣の一振りで一人を討ち取るのなら、彼は一振りで百人を討ち取る。その強大な力は然ることながら精神力も凄まじく、どんな苦難・強敵・絶望とも言える壁を前にしても屈することなく果敢に挑み続け、勝利をその手に掴み続けてきた。

 彼の人生は戦いだらけだった――。戦って戦って、戦って戦って戦って、更に戦って戦い続けた。その果てに、彼は数度の敗北と挫折を経験した。戦士としての彼はもうおらず、ただの浮浪者へと変わってしまった。戦いも、戦う動機も、生きる目的も見付けられずに無意味な時間を過ごすだけの存在へと。

その戦士の名は、その男の名は――レンヴァルト。レンヴァルト・シン。



    ★



 その幼い少女は駆けていた。雨が降る森の中の険しい道を、草や泥で上等な着物や身体を汚しながら、何かから逃げるように駆けていた。少女から少し離れた方角からは複数の足音が聞こえ、少女を追いかけるように迫ってくる。


「ハァ、ハァ、ハァ……!」


 少女はその足音に追い付かれないよう、懸命に走る。逃げる、逃げる、逃げる――。やがて少女は崖に行く手を遮られる。崖下には雨の影響で濁流と化した川がある。逃げ道が無くなった少女は絶望の顔を浮かべる。


「見付けたぞォ!」

「っ!?」


 後ろから追いかけてきた存在の声が聞こえて少女は振り向く。黒い鎧兜で全身を包んだ武士という者達が少女を追い詰める。少女は彼らの存在に気圧され、後ろが崖だというのに下がってしまう。


「ぁ――!?」


 少女は崖から足を滑らせてしまい、その身を中に放り投げてしまう。武士らが少女を捕まえようと近寄るが、その時には既に少女は崖から落ちてしまう。濁流にその身を呑み込まれ、姿を消してしまった。

 武士達は崖を見下ろし、舌打ちを一つして忌々しそうに唸り声を上げる。その内の一人が他の武士達に指示を出す。


「探せ。『絶悪(ぜつあく)』に愛された神子だ。そう簡単に死ぬまい」


 武士達は少女を探し出すため、下流へと足を向かわせるのだった。



    ★



 黎歴(れいれき)485年――。

 『終焉』という概念が神として具現化し、世界を滅亡させようとして人類がそれを阻止してから485年。人類はその歳月を掛けて世界を復興し、飛躍的に科学文明を発達させてきた。科学技術が発達したことで人類の開拓の歩幅が広がり、数多くの大陸や島を発見していった。それにより数多くの国や文化、種を認知していき世界の解釈を改めた。

 世界と文明が広がっていく中、まだその変化にあやかれていない地が多く存在する。そこは未開拓地とされ、他国との交流も無く文明レベルは485年前からそう変わっていないとされている。

 そして此処――極東と呼ばれる地にある島国『天原(あまはら)』も、その未開拓地である。機械という機械は無く、全て人の手だけで物が造られている。更にこの天原では島国の中に更に数多くの国々が存在しており、それら全てで天原という国を為している。

 その一国、濃上(のがみ)という名の地がある。雨宮(あまみや)家が統治している国であり、天原の中でも大きな国だ。濃上は天原を統治し、天原の象徴でもある将軍家と懇意にしているため他国に対しても大きな権力を有している。広大で豊かな土地であり、人も物も将軍が居座る都には劣るも多い。

 そんな濃上で、ある噂話が流れている。それは鬼が出るというものだった。鬼というのは化け物の類いであり、人や家畜を喰らう悪しき存在。その姿をはっきりと見た者はいないが、小さな村が襲われたり、知人が行方不明になったと思えば肉片となって現れるという事件が起きている。加えて、黒くて大きなナニかが人を襲っている現場を目撃したという話が流れてきた。それが回り回って鬼という噂へとなった。

 これを重く見た雨宮家当主である雨宮雲門信盛(うんもんのぶさか)は民達の平穏を守るため、家臣達に噂の調査と解決を命じた。そしてそれと同時に、信盛は家臣達にある命を下した。とある土地の一角を切り拓き、何かを建造させ始めた。

 濃上の民達には何が起きているのかわからず、平穏とは逆の不安な日々を送っていた。


「……」


 濃上と別の国の境にある山。名も無き山だがそれなりに大きく、そして険しくて森も深い。特別な用が無い限り誰も立ち入らない、そんな山だ。その山にたった一人だけ、いつからかは不明だが山にある廃れた小屋に住み着いている男がいる。天原の人間と同じ黒髪だが、身体付きや顔付きは異なる国のもの。天原では見ない至極色の瞳を持ち、ボロボロの着物の下に隠れている肉体は完璧なまでに鍛え上げられている。背丈も大きく、天原の大人の男を優に超えている。


「ふんっ」


 その男は今、小屋の前で斧を振り下ろして薪を割っている。無造作に伸びた髪を項で束ね、同じく無造作に伸びた髭に滴る汗を袖で拭う。もう随分と多くの薪を割ったようで、彼の背後には薪が積み上がっている。

 薪割りを終えた男は薪を幾分か小屋の中に持ち運び、竈へと放り投げて火を点ける。その後に簡単な朝餉を作って済ませ、外にある大岩の上で座禅を組んで過ごす。それが男の日課だ。

 座禅を終えた男はまた小屋の中へと戻り、ボロボロで小汚い棚を漁る。


「……」


 何一つ食糧が入ってない状態に目頭を押さえ、寝床に置いてある刀を腰に差してから外へと出る。懐にはなけなしの銭を忍ばせ、眩しい日差しに顔を顰めながら険しい山道を降りていく。

 男が向かった先は山の麓にある村だ。それなりに人が住んでおり、市場や飯屋も営業している。異国の男が天原人の格好で刀を差して村の中を歩く姿が珍しいのだろう、村人達はジロジロと男に視線を送る。男はそれを気にすることなく陰気な顔で歩き続ける。

 そのまま男は八百屋、魚屋と巡り、最後に酒屋へと向かう。酒屋の前で懐に残った銭を確認すると、もう酒が買えるかどうかの銭しか残っていない。男は小さく溜息を吐くと、確認している酒屋の店主に話しかける。


「おやじ」

「ん? おぉ、何だアンタか『れんばると』さん」

「……レンヴァルトだ。ま、この国じゃ発音しづらいだろ。それより、これで買えるだけの酒をくれ」


 そう言ってレンヴァルトは銭を店主に渡す。掌に落とされた銭を確認した店主は顔を顰め、落胆したような素振りを見せる。


「これじゃあ、一杯引っ掛ける程度しか買えんなぁ」

「徳利一合分はあるだろ」

「最近また値が上がってね。はた迷惑な噂のおかげで以前のように卸せなくなったのさ」


 レンヴァルトは舌打ち一つする。その噂とは『鬼』のことだ。『鬼』が出るからと品を運んでくれる商人達が遠くの場所まで売ってくれないのだ。自分の酒蔵を持っていれば話は別だが、生憎とこの村の店にはそういった物が無い。


「どうりで野菜や魚も高くなってるわけだ」

「そういうことだ。悪いが諦めてくれ」

「……この間荷運びを手伝ってやったろ?」

「その分はもう支払った。一杯なら出してやれるが?」

「……いや、別に良い」


 店主から銭を返してもらい、レンヴァルトは買った野菜と魚の干物が括り付けられている縄を肩に担いで小屋に戻る。道中でレンヴァルトのことを知る村人達から挨拶を投げ掛けられては返し、村の子供達に集られると干物を一匹分け与えたりと優しさを見せ、その様子からレンヴァルトの人柄が窺える。どうして異国の人間が天原という地に居るのかは不明ではあるが、村の人達にはある程度受け入れられているらしい。

 村を出て山道に入り、帰路である川沿いを歩いていると、見慣れないものが目に入る。昨晩は雨が降っていたから上流から何か流れ着いたのだろうかと思い、特に気にせずに素通りしようとしたのだが、それが明確に判るとレンヴァルトは足を止めた。

 子供だ――それも女の子。薄桜の髪をした幼い女の子が川岸の岩に引っ掛かっていた。


「おい、嘘だろ」


 レンヴァルトは急いでその子に駆け寄り、川から引き上げる。顔は川に浸かっておらず呼吸はできていたようで、少女は生きてはいた。だが冷たい川水に長時間浸かっていたために身体は冷え切っており、唇も真っ青になっている。生きているのが奇跡のようだが、このまま放っておけば死んでしまうだろう。


「何で子供が――」


 そう言いかけて、レンヴァルトは目を僅かに見開く。少女の薄桜の髪が根元から色を変え始めたのだ。筆が墨を吸収していくように髪は黒く染まっていき、頬に走っていた赤い紋様も消えていく。


「これは……『神域(しんいき)エネルギー』?」

「ぅ、ぅぅ……」


 少女の呻き声が鳴る。レンヴァルトは少女を抱え上げ、走って山道を駆け上がる。今は急いで手当をしてあげなければ手遅れになってしまう。


「頼むから腕の中でくたばるなよ」


 レンヴァルトは少女に声を掛けながら、村の男達では到底できないような速度で山道を進んでいくのだった。


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