第42話 街まで同行
「君が、噂の婚約者だったんだね。 どうりで、強いはずだよ」
毒から回復して、顔色のよくなった青年が笑った。
見るからに好青年って感じだ。
それにしても、もう噂になってるとは。
しかも、ぼくが、ソフィアの婚約者になってる。
たぶん、ソフィアの祖父が、意図的に流した『噂』だろう。
これで、ソフィアは、婚約者のいるお姫様だ。
もう、縁談なんて持ち込めないはず。
持ち込めば、ハイ・エルフに、喧嘩を売るようなものだから。
ソフィアに言われた通り、妖精から貰った薬草を使った。
毒消し用の薬草は、たくさんあった。
もちろん、薬草のまま使ったわけじゃない。
「『全自動錬金釜』も、お祖父様から届いています。
これを使いましょう」
なにやら、ふっくら炊きあがりそうな名前だった。
使い方は、カンタン。
①全自動錬金釜に、毒消しの薬草を入れる。
②釜の内部が、くるっくるっと、数回まわる。
これで、必要な魔法水量が、算出される。
③釜に、必要な量の魔法水を入れる。
④蓋をして、完成を待つ。
これで、毒消しが完成だ。
日本の全自動洗濯機のように、手間いらずだった。
これなら、誰でも使える。
つまり、誰でも薬を作ることが、できるようになるのだ。
この魔道具が普及すれば、薬師は廃業になる……はずだった。
しかし、錬金釜だけあって、大きな【魔力】が必要だった。
【魔力量】ではなく、【魔力】。 つまり、パワーの方だ。
ふたりの族長が、試しに使ってみたところ。
ふたりそろって、体調を崩して寝込んだそうだ。
薬を作るどころか、薬の厄介になる魔道具であることが判明した。
その結果、やはり、お蔵入り決定となった。
くるっ…くるっ…と回る、錬金釜を眺めながら。
ぼくは、ソフィアの淡々とした語りに、耳を傾けていた。
__なるほど。
コレって、けっこう、危険物だったんだ。
まあ、ちゃんと使えたから、いいんだけどさ。
ちなみに、薬草によって、上級・中級・下級が決まるそうだ。
妖精から貰った薬草は、すべて、上級用だった。
騎士や魔道士に、薬草を飲ませた後のこと。
次の街まで、同行してほしいと頼まれた。
毒は消えたけど、体力は削られたまま。
騎士も魔道士も、馬に乗るだけで精一杯って感じだ。
しかたがないので、引き受けることにした。
要するに、ゆっくり走ればいいだけだし。
「なんだか、のんびりだね」
アネットが、外の景色を見ながら言った。
さっきまで、流れ去っていた景色が、止まって見える。
「こういうのも、いいですね」
ソフィアもくつろいでいる。
「きゅっきゅっ!」
「ガウっ!」
ちび二匹も、起きてきた。
高速移動中は、二階の隅で寝ていたんだ。
__そうだ。 いいこと思いついた。
「ソフィア、ちびたちに名前をつけてくれ」
移動中は暇だから、ちょうどいい。
のじゃロリ女神にも、言われていたし。
「シュウ。 何を無責任なことを。
主が決めてあげなくて、どうするのです」
ひとことで撃沈。
ソフィアの冷たい視線が突き刺さった。
__しかたがない。
自分で考えよう。
ええと……、二匹とも白いから。
【古代竜】を、『ハク』。
【フェンリル】を、『シロ』にした。
けっこういい名前だな。 定番だし。
ところが、二匹に、さんざん噛みつかれた。
どうして? 何が気に入らないの?
__それなら。
【古代竜】を『ビアンカ』。
【フェンリル】を『ヴァイス』にした。
二匹とも、尻尾を振り出した。
くくっ……。
日本語を、外国語に替えただけなのにね。
『ビアンカ』も『ヴァイス』も、『白』って意味だ。
【神獣】だ何だといっても、しょせんは『ケモノ』だな。
でも、意味が同じだからな。
さっそく、どっちがどっちだったか、わからなくなってきたぞ。
まあ、いいや。
そのうち、思い出すだろう。
次の街までは、ゴーレム馬車が先行した。
低速でも、雑魚は跳ね飛ばせる。
【結界】という鎧を着ているから、馬車は無傷。
数匹、跳ね飛ばすと、あとは逃げて行く。
すべてを跳ね飛ばす必要はなかった。
ぼくは、二階で、魔法の練習をしていた。
【氷礫】を、パチンコ玉サイズにする練習だ。
「氷礫」
眼の前に、【氷礫】が出現する。
今は、身長よりけっこう低くなった。
パチンコ玉は、はるか彼方だけど。
精神を集中。
『小さくなーれ』と念じる。
この繰り返しだ。
しばらくして、次の街に到着した。
侯爵領の領都。 もちろん、城塞都市だ。
途中で野営にならなくてよかった。
この大人数で、野営するのは、さすがに面倒だ。
侯爵令嬢自ら、馬車で、城門前に迎えに出ていた。
もちろん、騎士たちが護衛に付いている。
馬車から飛び出したエミリーが、令嬢に駆け寄った。
「ベティちゃん! 待っててくれたの、ありがとう!」
ベティと呼ばれた少女は、落ち着いた口調で答えた。
「ずいぶん遅いので心配しました。
いま、迎えに出ようと準備していたところです。
何かあった……ようですね」
ちらりと、エミリーの護衛たちを見て、眉をひそめた。
みんな、まだ、パープル宇宙人だ。
最優先で、街を目指したから、しかたがない。
「うん。 最初はね、ウルフに囲まれたんだよ。
ウルフは倒したんだけど、ヴァイパーの毒にやられたの。
こっちのスキを伺ってたみたいで、二体もいたんだよ」
「二体もですか!」
侯爵令嬢の、護衛騎士が驚いていた。
「よく、ご無事でしたな」
「うん。 偶然、アネットちゃんが通りかかってね。
すぐに、助けてくれたの。
実際に、ヴァイパーを倒してくれたのは、戦姫さまの……」
「まあっ…、戦姫さまが倒してくださったのね!」
「……婚約者さんだよ。 それも、二体とも。
石ぶつけて、ばーんって首を飛ばしたの。
その上、上級の毒消しまで作ってくれたんだよ」
「……ええっ? エミリー、いったい何を言ってるのですか?」
理解し難いんだろうか。
侯爵令嬢は、首をかしげながら、何度も聞き返している。
エミリー嬢は、身振り手振りで、『ばーん、ばーん』やっていた。
ぼくたちは、さっさと、お暇することにした。
街までは、無事に届けたんだ。
もう、用はないはず。
そろそろと馬車を出したが、あの好青年に見つかった。
「お待ちください! お預かりしているヴァイパーはどうすれば…」
「預けてなどいない。 アレは、お前たちの獲物だ」
「し、しかし、倒してくださったのは、シュウ殿ではありませんか」
「倒れる寸前だったんだ。 横取りなんてできるか」
「そ、そんなことは……」
「いらないなら、捨ててくれ」
「ま、まさか! わかりました。お言葉に従います。
で、では、せめて、上級の毒消しの代金を…」
「そっちは、学院が始まってからでいい。
アネットにでも渡してくれ」
「し、承知しました。 何から何まで、ありがとうございました」
「気にするな。 たまたま、あの場に居合わせにすぎない。
感謝するなら、女神にでもするといい」
さっさと馬車を出して、その場を離れた。
長居は無用だ。
アネットも、それで構わないらしい。
侯爵令嬢は、相変わらず、エミリー嬢とお話中だ。
いまだに、『ばーん、ばーん』やっている。
それを遮ってまで、挨拶する必要はないそうだ。




