第41話 ヘビふたたび
風景が、風のように流れてゆく。
ふと、修学旅行を思い出してしまった。
京都行きの新幹線って、こんな感じだった気がする。
「もう、ふたつも、街を通過しちゃたよ。
いつもなら、どっちにも泊まるのにね」
「すでに、二日分を走破したってことか?」
「そうですね。 ありがたいことです。
街に入ると、不愉快なことが多かったので……」
最強の戦姫とはいっても、外見は、クール系美少女。
戦姫という立場で街に入れば、貴族を無視するわけにもいかない。
下心丸出しの貴族にでも、まとわりつかれたんだろうな。
「ソフィアちゃん……」
重くなりかけた空気を払うように、ゴーレム馬の声が聞こえてきた。
「前方に、多数の護衛に囲まれた馬車三台を発見。
魔物と交戦中と思われます」
「護衛が多いってことは、たぶん、高位貴族だね」
「おそらく、そうでしょう」
「護衛がたくさんいるなら、放置だ。
上空を通過して、先に進むぞ」
手を貸したことで、かえってトラブルになるかもしれない。
もちろん、ラノベの知識にすぎないが。
「了解しました」
馬車は、加速するとともに、宙に浮いた。
【姿勢制御魔法】のお陰で、車体が傾いたりしない。
高位貴族と思しき集団を飛び越え、ふわりと着地した。
その時、アネットが叫んだ。
「戻って! お願い! あの紋章には見覚えがあるの!」
お友達でもいたんだろうか?
「戻るにしても、状況判断が必要だ」
といっても。 ぼくは、まったく見てなかったけど。
「たしかに、そうですね。
最初は、ウルフに囲まれたのだと思います。
そして、その戦闘中に、ヴァイパーが襲って来たのでしょう」
__なんで、そこまで分かるの? ソフィア。
「もう、半分くらいのひとが倒れてるの。
だから、助けてあげないと」
窓から後ろを見ていたアネットが訴えた。
__しかたがない。
「オレが、行ってくる。 だから、ソフィアはここに残れ。
気になるなら、二階から、隠れて見ていればいい」
せっかく、戦姫の役を終えたんだ。
今は、こういうことに関わらせたくない。
「わかりました。 シュウ、おねがいします」
「シュウくん、ごめんね。 でも、助けてあげてほしいの」
「アネットも二階から見てろ。 ぜったいに来るなよ」
アネットにも、しっかり、念を押した。
味方のポンコツ属性は、どんな強敵よりも恐ろしいはず。
ぼくたちの会話を聞いて、すでに、ゴーレム馬車は停車していた。
馬車から降りて、歩きながら状況を確認した。
たしかに、半数くらいは倒れている。
騎士もいれば、魔道士もいる。
死んだというより、毒が回った感じ?
ウルフの死骸が、あちこちに転がっていた。
いちおう、ウルフは、ほとんど倒したんだな。
まだ、動ける半数で、二体のヴァイパーと戦っていた。
やはり、毒にやられているみたいだな。
みんな紫色で、宇宙人みたいだ。
たしかに、このままだと危ないかもしれない。
でも、いちおう、聞いてから参戦しよう。
あとで、もめたくないからな。
__誰に、聞けばいいかな?
みんな、必死な感じで、声を掛けにくい。
__うーん。 あのひとかな。
いちばん前で、剣をかまえてる青年にした。
なんだか、いいひとっぽいから。
「手を貸したほうがいいか?」
遠慮がちにきいた。
「何を言ってる! 君はまだ、少年じゃないか!
巻き添えを食うだけだ。 早く逃げ給え!」
毒を被って、宇宙人ぽいのに、このセリフ。
やっぱり、いいひとだったね。
ぼくは、しゃがんで、てごろな石をさがした。
「何をしてるんだ! は、早く逃げてくれ!
い、石なんから拾ってどうする!
そんなもので倒せる相手じゃな……」
ばーーーーーん。
まず、一匹目。
頭から上がふっとんだ。
それでも、にょろにょろしている。
__どっかにまだ、脳があるのかな?
念のため、もうひとつ、石を拾った。
ずずーーーん。
__あ。 倒れた。
もちろん、消えたりしない。
【収集】は【OFF】だ。
横取りしたとか、言われたくないから。
なぜか、しーんと静まり返った。
そして、みんな目を丸くして、ぼくを見ている。
もう一匹のヴァイパーも、びっくりしたんだろうか?
ぼくを、じっと見下ろしている。
動かないから、ちょうどいい。
ばーーーーーん。
また、首から上がふっとんだ。
ずずーーーん!
あっさり倒れた。
いちおう、周囲を見渡す。
伏兵がいると面倒だからね。
「潜んでる魔物はいませんよ。 シュウ」
ソフィアの声が聞こえてきた。
さすが、元戦姫。 よくわかってる。
「シュウくん。 毒消し足りてるか、聞いてみて」
アネットも、めずらしく気が利いている。
その時、馬車の扉が、けたたましく開いた。
そして、女の子が飛び出してきた。
「その声は! もしかして、アネットちゃん?」
ゴーレム馬車に向かって、たずねている。
「うん。 そうだよ。 エミリーちゃん、大丈夫だった?」
アネットが立ち上がって、姿を見せた。
たしかに、この状況で隠れているのは無理だろう。
「ありがとう。 大丈夫だよ。
アネットちゃんのお陰……だよね?」
ぼくを見上げながら、アネットにたずねた。
「うん。 でも、余計なことしちゃったかな?
だったら、ごめんなさい」
アネットの言葉に、いいひとっぽい青年が答えた。
「そんなことはありません。
あのままでは、お嬢様を守れたかどうか……。
ほんとうに感謝しております。
ありがとうございました」
やっぱり、まともなひとのようだ。
ちょっと、ほっとした。
「騎士長さん。 どうなの、毒消しの数は。 間に合うの?」
意外としっかりしてるのか。
女の子が、ちゃんと青年にたずねている。
「手持ちの毒消しだけでは、厳しいかもしません」
周囲を見渡しながら、青年が困ったように言った。
とはいえ、ぼくは、ポーションすら持っていない。
必要ないからね。
ソフィアは、とうぜん持ってるだろうけど。
いちばん元気そうな、この青年すら、毒を受けている。
となると、ほとんど全員分だ。
そんなにたくさんあるとは思えない。
「シュウが貰った薬草を使いましょう」
今度は、ソフィアが立ち上がって、姿を見せた。
「見て、戦姫さまだよ!」
「本当だ。 戦姫様がいらっしゃる!」
「戦姫様に会えるなんて!」
「本物の戦姫さまだぞ!」
今回は、不愉快なやつより、熱烈なファンが多かったようだ。
まあ、それはそれで、面倒ではあるんだろうけど。




