第30話 祖父と祖母
また、すこし遅めに、冒険者ギルドに到着。
まだ、Fランクだ。
早いもの勝ちになる依頼が、そもそもない。
だから、ひとが疎らになる時間帯でちょうどいい。
ところが、今日は、けっこう冒険者が残っていた。
初めて見る大勢の冒険者は、新鮮というより鬱陶しかった。
人混みを見て、喜ぶような性格じゃないからな。
ぼくが、ホールに足を踏み入れると、視線が集まった。
なぜか、頭上には【雛竜】がいた。
「きゅっきゅっ!」
__あれ?
今朝は、向こうに残るんじゃなかったのか?
気まぐれだなあ。
でも、まあ、したいようにすればいいか。
「おい、マジで、白竜だぜ」
「どうせ、亜竜だろう?」
「ばか、白いワイバーンなんているかよ」
「見てみて、あの白竜の赤ちゃん。 赤いベスト着てるよ」
「かわいいわね」
みな、ひそひそ話している。
なんで、ふつうの声で話さないんだろう?
なんだか、誰かに遠慮してるみたいだ。
でも、ささっと道を開けてくれるのは、助かった。
人混みを、かき分けるなんて、うんざりだ。
「シュウ!」
よく通る声とともに、誰かが、ぼくに抱きついてきた。
いや、誰なのかは、わかってるよ。
でなきゃ、蹴り飛ばしてるもの。
「お前、こんなキャラだったか?」
ぼくの首に手を回して抱きついている、ソフィアに言った。
「しっ! 後ろで、お祖父様とお祖母さまが見ています。
このまま、わたしを抱きしめてください」
有無を言わさぬ低い声が、耳元に響いた。
「……わ、わかった」
ぼくも、小声で応えた。
「ついでに、キスでもするか?」
「焼きますよ」
どうやら、キャラは変わってないみたいだ。
「でも、いいのか?」
「何がです?」
「かなり注目を浴びてるぞ」
ホール内は、水を打ったように静まり返っている。
周囲から、痛いほどの視線を感じる。
嫉妬とか、憎悪とか、あと……殺意とか?
「え? ……か、かまいません。そのほうが効果的ですから」
どんな効果だ?
「では、あと、百かぞえたら、自然に離れましよう」
いや。 百かぞえてる時点で、すでに不自然だろう。
それに、このまま、百かぞえるのは、拷問に近い。
あちこちから、女性の黄色い声も聞こえてきてる。
すこし、強引だけど、ソフィアを引き剥がした。
「ああっ! あのクソガキ。戦姫さまになんてことを!」
「抱きつくのも許せねえが、ムリに離れるなんてぜったい許せねえ!」
「戦姫さまは、なんで、あんな薄情な野郎を選んだんだ!」
あちこちから、怒りの声が、湧き上がった。
それから、黄色い声も聞こえてきた。
「ねえねえ。アレって、戦姫ちゃんのほうが、積極的ってこと?」
「やるねえ。あの銀髪の子」
「さすが、竜の主?」
「戦姫ちゃんも、女の子なんだねー」
なんだか、ひどく誤解されたみたいだ。
ソフィアにも、後で文句を言われそうだし……。
__しかたがない。
ぼくは、ソフィアの手を握った。
もちろん、指を絡ませて。
『恋人にぎり』……だっけ?
いや、それだと、コンビニのおにぎりっぽいか?
ぜったい、売れないだろうけど。
そうそう、『恋人つなぎ』だ。 思い出した。
それから、ソフィアの手を引いて歩き出した。
ぼくたちと同じくらい。
いや、それ以上に目立ってる、ふたりのところへ。
お兄さんにしか見えない祖父と、お姉さんにしか見えない祖母だ。
ひとめでわかったよ。
存在感が違いすぎるからね。
このふたりがいたら、周囲のひとは、ぜんいんモブキャラだ。
いや、むしろ、路傍の石レベルか?
それくらい圧倒的な存在感をもつ、美青年と美女だった。
存在感も、ここまで来ると、威圧に近いんじゃないかな。
ぼくは、ソフィアの手を握ったまま、ふたりの前で立ち止まった。
わかってる。わかってるんだ。
ぼくは、こういう状況でも、悪い癖をどうにもできない。
この傲慢な喋り方を、改めることができないんだ。
だから、こうするしかないんだ。
ぼくは、ふたりを前にして、開き直った。
「悪いが、オレは、こういう喋り方しかできない。
さぞかし不愉快だろうが、孫のためと思って我慢してくれ」
「おやっ?」
「まあっ?」
美青年と美女が、ニタリと笑った。




