第23話 加速
街道を進んで、隣国の街に向かう。
ソフィアに教えてもらった辺境の街だ。
途中には、いくつか町や村があった。
でも、すべて廃墟。
何もかも朽ち果てていた。
ずっと昔に滅んだ感じだ。
ソフィアの言うとおりなのだろう。
壁のない町や村は、滅びるしかなかったんだ。
住人たちは、魔物の餌になったのか。
逃げ延びることができたのか。
それは、わからないけれど。
ひさしぶりの一人旅。
でも、異世界に来てから、一人旅をしたのは一日だけ。
クレーターを出た当日だけだった。
あとは、ソフィアがいた。 ソフィアと一緒だった。
そう思うと、ソフィアとの運命を感じる。
まあ、とびきりの美少女だからな。
無理にも、運命を感じたいのかもしれないけど。
でも、今だって、厳密にはひとりじゃない。
フードのなかには、雛竜がいる。 寝てるけど。
__そういえば、とうとう、出てこなかったな。
里にいる間、雛竜は、フードから出てこなかった。
もちろん、【卵ハウス】では、ふつうに暮らしていた。
朝は、ぼくの指をかじって、魔力を吸収。
ごはんも一緒に食べた。
でも、それは、ソフィアとふたりきりの時だけだ。
ドワーフたちの前では、とうとう姿を見せなかった。
なんだか、まるで、隠れているみたいだった。
ソフィアも、ドワーフたちに、雛竜のことを伝えていない。
それは、決して、忘れていたからじゃないと思う。
__なにかあるんだろうな。
でも、なんなのか。 それは、わからない。
だからといって、無理に知ろうとは思わない。
無理をすれば、どこかに歪がうまれる。
それに、知るべき時が来れば、自ずと分かるはずだ。
ここは、異世界。
未知の世界だ。
わからないのが、知らないのが、当たり前の世界だ。
雛竜とドワーフの関係だって、そのひとつに過ぎないんだから。
しばらく進むと、丁字路に出た。
辺境は、左。
山側だったはず。
この街道で、初めて、馬車と遭遇した。
何台も馬車を連ねた団体さんだ。
なんとなく、立ち止まってやりすごす。
歩いているひとはいない。
馬車か、騎馬か。とにかく馬だ。
何人かと目が合った。
どのひとも、目を丸くして、ぼくを見ていた。
たぶん、珍しいんだろうと思う。
ひとりで歩いているのが。
なにしろ、この世界は、世紀末設定らしいから。
団体さんが通り過ぎてから、歩き出した。
ひとりでのんびり歩くのも悪くない。
……と思ってたんだけど。
馬車が駆け抜けるのを見たせいだろうか。
何となく、走り出していた。
__おおっ、風になったようだ。
マジで、めちゃくちゃ速い。
女神の言っていた『パワーアップ』のせいか?
まさに、爆走。 アニメのようだ。
でも、ぜんぜん疲れない。
ほんとに、ぼくの体って、どうなってしまったんだろう。
さっきの馬車も、いっしゅんで、追い越した。
なぜか、みんな、こっちを見ていた気がした。
途中、大きな城塞都市があったけど、スルー。
たしか、辺境領の街は、さらに先のはずだ。
城壁前の騎士たちが、なんか騒いでいた気がする。
「きゅっ?」
軽快に走ってると、フードから雛竜が顔を出した。
「きゅっきゅっ!」
ナニを思ったのか。ぼくの耳にかじりついた。
魔力を吸ってるみたいだ。
お腹が空いたのかな?
__でも、元気になったみたいだな。
里にいる間、あまり元気がなかった。
しょんぼりしてるように見えた時もあった。
だから、ちょっと、ほっとした。
くちばしを離すと、今度は、翼を広げた。
……といっても、ほんとに小さな翼だ。
体も小さいけど、翼も小さい。
__どうするんだろう?
そう思っていたら、いきなり、ビュンと飛び出した。
ぼくの眼の前を、紙ヒコーキのように、まっすぐ飛んだ。
__もう、あんなに飛べるのか?
生まれてから、まだ、一週間くらいなのに。
でも、勢いは、続かないらしい。
すぐに、ぼくに追い越された。
「きゅーーーっ!」
なんだか、怒ってるみたいだ。
ふふふ…。 だが、甘やかすわけにはいかんのだよ。
ときには、厳しく突き放すのも、愛情だ。
ぼくは、そのまま走り続けた。
そのとき。
何かが、かちりと入った気がした。
__なんだ、今のは?
「きゅっきゅーーーっ!」
あっという間に、雛竜に追い越された。
さっきまでと、ぜんぜんスピードが違う。
__もしかして。
ぼくは、【雛竜の管理画面】を開いた。
いわゆる、マスター権限ってやつだ。
__やっぱり。
【加速の加護】が【ON】になっている。
自分で、【加護】を操作したんだ。
さすが、【古代竜】。
賢さのレベルが、違う。
でも、ぼくだって、まだ全力じゃない。
【加速の加護】なんて使わなくても、まだ、加速できるのだ。
相手になってやろうじゃないか。 ちょっと、おとなげないけど。
「きゅっ?!」
さらに、加速したぼくに、驚愕する雛竜。
しかし、【古代竜】の意地なのか。 雛竜も加速した。
雛竜の全身が、うっすら金色の光で包まれる。
__くっ! 魔力全開で、さらに加速したな!
まさか、己の魔力が、敵を利するとは。
しかし、ぼくにも、マスターとしての矜持があるのだ。
ぼくも、さらに加速した。
なんだか、とんでもない速度になっている気がする。
一人と一匹で、ムキになって加速したせいだろう。
あっという間に、辺境の街に着いてしまった。
__はあはあ。
異世界に来て初めて、『息切れ』を経験。
体が酸素を求めているらしい。
「きゅうきゅう…」
雛竜も、ぼくの頭の上で、息を整えている。
いや、肺は関係ないだろうから、魔力か?
そのうち、フードに潜りこんで、寝てしまった。
__ここが辺境領の領都か。
時間帯のせいだろうか。
城門前に並んでいるひとはいない。
__たしか、大銅貨三枚だったな。
事前に、ソフィアが貸してくれたお金だ。
ドワーフも、お金をくれたけど返した。
あくまでも、物々交換がいい。
ドワーフとのやりとりは、商売なんかじゃないんだ。
城門をくぐり、街に入る税を渡そうとしたが、誰も居ない。
少し待っていたら、おっさん騎士がやってきて、受け取ってくれた。
「すまねえな。 当番の若い連中が、詰め所に避難しちまったんだ。
とんでもなく速い魔物が、突っ込んできたと騒いでな。
門を守るのが仕事だろうに。 まったく、近頃の若いもんときたら……」
おっさんが、愚痴り出した。
「そうか。あんたも、災難だったな。
ところで、もう、街に入ってもいいか?」
愚痴を聞くより、さっさと街に入りたい。
だんだん、日も傾いてきてるし。
「あ、…ああ。 辺境の街へようこそ。
まあ、ゆっくりして行ってくれや」
「ああ、世話になる」
異世界では、二つ目の街。
ヒューマンの街だ。
まず、冒険者の登録をしよう。
そして、ソフィアと待ち合わせだ。




