第19話 ドワーフの里
「戦姫殿。ご無事でしたか」
小柄な現地人が数人。駆け寄ってきた。
身長のわりに、体が太い。
デブではない。
レスラーとか、武道家のような体格だ。
「よいところに来てくださった。助かりましたぞ」
ソフィアに深々と頭を下げると、ぼくの方を向いた。
「貴殿にも、なんと礼を言えばよいやら。
ブラックワイバーンには、手を焼いておったのです。
まさか、皆殺しにしてくださるとは。
貴殿は、里の恩人。
里には、武具を求めに来られたのであろう。
剣でも盾でも、望みのものを、遠慮なく言ってくだされ」
__え? いいの。
ぼくは、遠慮なく言った。
「剣も盾もいらない。フライパンを頼む」
「 「 「 「……はあっ?」 」 」 」
ドワーフたちが、呆れたように声をあげた。
無遠慮だったろうか?
「里まで来て、フライパンを頼んだのは、おぬしが初めてじゃ」
じいさんが、腹を抱えていた。
里長だったか。族長だったか。
とにかく、いちばん偉いじいさんだ。
そんなに人気がないのか。フライパン。
首をかしげているぼくに、ソフィアが教えてくれた。
「ふつうは、武具を頼みにくるのですよ。
でも、たいていは、門前払いされるだけです」
なるほど。 ドワーフといえば、やっぱり武具なのか。
でも、剣や盾じゃ、ホットケーキは作れない。
今のぼくに必要なのは、調理器具だ。
ああ。でも、刃物は要るよな。
包丁がないと、野菜も切れないし。
よし、あとで、頼んでみよう。
「フライパンは、ワイバーン討伐の礼の一部。
なのに、対価を貰っては、礼にならんではないか」
対価の相談をしたら、じいさんが、頑として断ってきた。
「いや。ぜひ、受け取ってくれ。
実は、包丁とか、頼みたいものが他にもあるんだ。
受け取って貰えないと、頼めなくなる」
さりげなく、包丁も強請っておいた。
それに、ぼくとしては、『999キロ』を少しでも減らしたい。
あと、『999リットル』も。
そういえば、家具なんかは、どうなんだろう?
ドワーフって、木工も得意なんだろうか。
「…ふむ。そういうことなら、しかたあるまいて」
なんとか、納得してくれた。
これで、なんでも頼める。
もちろん、断られるのは覚悟のうえだ。
「して、何を対価としてもらえるのかの?」
「そうだな……。まず、塩、砂糖、胡椒なんかはどうだ?」
粉や粒ばっかりだな。
でも、粉や粒なら、何でも作れそうだ。
それも、999キロ。
なんだか、自分が工場のように思えてくる。
「ほんとうかい?」
返事は、後ろから聞こえてきた。
振り向くと、鼻息を荒くしたばあさんがいた。
「もちろんだ。大きな容器はないか?
壺でも、瓶でも、何でもいい」
「あたしらは、ドワーフだよ。
そんなもの、いくらでもつくれるに決まってるじゃないか。
ちょっと、あんたたち、この子に見せてやっておくれ」
ばあさんが、胸を張った。
「まかしとくれ」
「あたしもやるよ」
「ここは、腕の見せ所だねえ」
おばさんたちが、元気よく答えた。
いつの間にか、集まっていたらしい。
いともたやすく、おばさんたちは、魔法陣を操った。
みるみるうちに、大きな瓶が、いくつも完成していった。
「あんたたち。少し張り切りすぎたんじゃないかい?」
大きな瓶を見て、ばあさんが困ったように言った。
「ちょっと、大きすぎたかい?」
「たしかに、塩や砂糖の入れ物じゃないねえ…」
「こりゃあ、アタシでも入れそうだよ」
「大丈夫だ。大きいほうが、都合がいい」
ぼくは、【倉庫の管理画面】を開いた。
そして、【自給自足用タブ】をクリック。
__まず、『塩』だ。
大きな瓶だけに、口もでかい。
これなら、ぶちまけたりしないだろう。
大きな瓶の上に、魔法陣が輝く。
ドサドサドサッ!
瓶の中に、塩の四角い塊が落ちていく。
しまった。スーパーの袋型のままだった。
それでも、あっという間に、瓶がいっぱいになった。
砂糖も胡椒も、同じように瓶に詰め込んだ。
まもなく、調味料入りの大瓶が、三つできた。
「なんだい、この白さは!」
「これが、砂糖だっていうのかい?」
「塩だって、ほら、こんなに真っ白だよ!」
「こっちは、ほんとに胡椒だよ!」
「これが全部、胡椒だなんて、とても信じられないよ!」
おばちゃんたちが、大瓶を囲んで、吠えだした。
粉や粒が、こんなに喜ばれるとは。
「戦姫ちゃんが、選んだ男っていうからさ。
ちょっと、ひやかしに来たつもりだったけど。
たしかに、これは、すごいわ」
「ブラックワイバーンを皆殺しにしたんだろう」
「森の奥まで、木をなぎ倒したっていうじゃないか」
「たしかに、戦姫ちゃんが、気に入るはずだねえ」
「ついでに、うちの娘も、もらってくれないかねえ」
ぼくは、戦姫ちゃんのお気に入りらしい。
真に受けるつもりはないけど、悪い気はしない。
当の戦姫ちゃんは、真っ赤になって、ワナワナ震えているけど。
「必要なのは、フライパンの類なんじゃろう。
これじゃあ、塩だけでも、もらいすぎじゃ。
どうしたものかのう…」
困り果てたように、じいさんが言った。
これなら、他にも何でも頼めそうだ。
「それなら、家具も頼む。
食べ物も、可能なら頼みたい。
だから、いま、渡したものは、遠慮なく受け取ってくれ」
「……それでも、もらいすぎには違いないのじゃが。
おヌシが、それでよいというなら、言葉に甘えさせてもらおう。
その代わり、後で、ワシらからも何か贈らせて欲しい。
このままでは、ドワーフの名折れじゃからのう」
なるほど。それもそうだ。
プライドって大事だから。
「わかった。それで結構だ」
交渉は、ひとまず、円満に終了した。




